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「イスラーム国」の構成員名簿の流出の意味

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

名簿の流出

「イスラーム国」の構成員およそ2万2000人分の名簿が流出し、イギリスのテレビ局やシリアの「反体制派」寄りのニュースサイトなどで大きく取り上げられた。名簿には、氏名、組織内での通称、生年月日や国籍、出身地での住所、シャリーア(=イスラーム法)理解の水準、「イスラーム国」への合流を手引きした者の名前、合流に必要な推薦人の名前など23項目が含まれている。ニュースサイトのZaman al-Waslは、流出した名簿には重複が多いとして、約1800人分を対象にした分析記事を掲載、さらに殉教志願者(=自爆攻撃要員)122人分を公開した。それらを見る限り、23項目の多くが空欄となっており、イスラーム暦と西暦が混在する等記載の方法もまちまちである。しかし、それでも名簿には「イスラーム国」の実態を知る上で貴重な情報が含まれているように見える。

宝の山か、ごみの山か?

問題は、この名簿の信憑性である。信憑性が高いと判断できれば、これは「イスラーム国」についての分析や対策の上でまさに「宝の山」となろう。一方、これが偽物だったり、「イスラーム国」側の攪乱工作だったりした場合は、分析と対策を混乱させる「ごみの山」に過ぎない。名簿は、「イスラーム国」の拠点を制圧するなり幹部を逮捕するなりして押収されたものではなく、「自由シリア軍」から「イスラーム国」に移籍した者が「イスラーム国」から脱走する際に幹部から盗み出したものである。「イスラーム国」に移籍の末脱走という何ともいかがわしい人物が提供者である点が気にかかるが、シリアで活動する武装勢力の末端の戦闘員の間では眼前の利得や戦局に応じた移籍が横行しているため、情報提供者の経歴は、その人物がどこかの機関から送り込まれたスパイや工作員ででもない限り信憑性を判断する決定的な材料とはなりにくそうだ。また、流出した名簿には、「イスラーム国」のプロパガンダ活動で有名になったイギリス国籍の構成員の情報など、実在する人物についての記載も含まれているため、全てが虚偽というわけでもなさそうだ。名簿には「イスラーム国」が2013年4月~2014年6月まで用いていた「イラクとシャームのイスラーム国」との組織名が書かれているため、この形式の名簿に2014年後半以降の情報が掲載されているとなると信憑性は疑わしくなる。

上に挙げたサイトで分析対象となった約1800人は、その97%ほどが外国人でシリア人、イラク人の割合はいずれも1%台だった。世界各国から「イスラーム国」に合流した者については、「送出し側」の推計や捜査情報があるため、今般流出した名簿と捜査情報を照合していけば、信憑性を判断することができるだろう。名簿が信頼に足るものだった場合、これまで「送出し側」の情報や推計しかなかった「イスラーム国」の外国人構成員について、「受入側」の情報に触れることができるようになる。これは、「イスラーム国」への外国人の合流(『「イスラーム国」の生態がわかる45のキーワード』28章を参照)の実態を知る上で非常に重要である。

名簿流出の意味1:頭が悪いとテロリストになれない!

筆者も公開された122人分を一通り眺めてみたが、名簿が「イラクとシャームのイスラーム国」時代に作成されたものであろうことと矛盾する日付は見当たらなかった。公開された122人はいずれも自爆要員とされている。「イスラーム国」の戦果広報を観察すると、自爆要員として起用されるのはチュニジアやモロッコ、サウジアラビア出身者が多いとの印象が得られる(『「イスラーム国」の生態がわかる45のキーワード』26章を参照)。名簿に現れる者についても、7割以上がサウジアラビア、チュニジア、モロッコ、エジプト、リビア出身者に占められているため、名簿の信憑性が高ければ「イスラーム国」による自爆要員起用の実態解明は大きく前進することになる。注目すべき点は、122名の自爆要員の中で「シャリーア理解の水準」欄に記載がある者の大半が「(理解の水準が)低い」と記載されていることである。自爆攻撃とはそもそも実行者の生還を期待しない作戦であるため、これに起用される者は組織の運営に必要な人材ではない。名簿の記載内容によると、自爆要員の学歴や職業は様々であるものの、「イスラーム国」なりの基準で頭が悪いと判断された者が自爆攻撃要員に起用されている可能性がある。テロ組織を運営したり、その政治的メッセージを発信したり、組織に必要な資源を調達したりする活動に従事する者は、組織の思想信条をよく理解し、それを他者に伝える能力がある者で、そうした者はテロリストと呼ぶに値する。一方、そのような能力を持たないテロ組織の構成員は、単にテロリストにあおられ、動員されるだけだから、彼らはテロリストというよりは末端の戦闘員・構成員に過ぎない。イスラーム過激派の間では自爆攻撃は「殉教作戦」として重視され、実行者は「殉教者」として称揚されるが、組織にとっての価値という観点からは見れば自爆要員は末端の捨て駒に過ぎない。

名簿流出の意味2:どんな情報が有用か?

報道機関の中には、今般の名簿の流出を「イスラーム国」の統制の動揺を示す新たな兆候と評するものもある。しかし、名簿の信憑性が高い場合でも、含まれる情報が単に「イスラーム国」についてのうんちく話のネタを増やす程度のものならば流出の意義はさしたるものではない。名簿には「イスラーム国」への合流を手引きした者の名前、合流に必要な推薦人の名前、そして「イスラーム国」に合流する際に通過した経路についての項目があるため、名簿の分析が「イスラーム国」の人材供給の解明と対策に役立つ可能性が高い。潜入の経路にはシリアのラタキア県、イドリブ県、アレッポ県が記載されている場合が多かったが、これらは現時点では「反体制派」の活動地域・占拠地域となっている。2013年~2014年の時点での欧米諸国やトルコによる「反体制派」支援や国境管理が「イスラーム国」への人材供給に貢献していたとは否めない。特に、シリアとは陸続きのヨルダン出身者がトルコ経由で「イスラーム国」に合流していた事例もあったため、「イスラーム国」への経由地となっているトルコが、「イスラーム国」対策で果たすべき役割は重要である。

合流支援者や推薦人として頻繁に記載されている人物もいるため、このような人物を特定し、本人だけでなく彼らが持っているはずのネットワークに対策を講じることも、「イスラーム国」への人材供給を絶つ上で役立つだろう。資金提供者や資金調達の受け皿になる個人や団体のような情報が出てくると対策が一層進むことになろうが、「イスラーム国」ついての内部情報がどの程度流出したり押収されたりするかという点は、今後「イスラーム国」対策の進捗状況や「イスラーム国」の勢力を判断する上での重要な指標となろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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