「ヌスラ戦線」って何?

(写真:ロイター/アフロ)

2016年3月17日未明(日本時間)、シリアに潜入後消息を絶っていた安田純平氏が拘束されているとする動画が出回った。同氏は、「海外安全情報」や現地の情勢を無視する形でシリアに密入国した末にこのような事態に至ったが、同氏を捕えた犯行の主体として「ヌスラ戦線」なる団体の名前が挙がっている。今般出回った動画は70秒ほどにすぎず、動画中には動画の製作元を示す旗やロゴなどが一切見られないため、動画だけを判断材料に犯行主体やその意図を忖度することは不可能である。本稿では、基礎情報として「ヌスラ戦線」がどのような団体なのかについて紹介する。

「ヌスラ戦線」は、2011年にシリア紛争が勃発した後、これに乗じてシリアに進出しようとした「イラク・イスラーム国」が自らの悪評を隠すための隠れ蓑としてシリアに送り込まれた団体である。これが、2013年4月に「イラク・イスラーム国」が「イラクとシャームのイスラーム国」に改称してイラクとシリアにまたがって活動する意図を表明した際、その方針に反発した「ヌスラ戦線」の一部が独自の行動をとり、アル=カーイダに忠誠を表明したのである。このあたりの経緯は、『イスラーム国の生態がわかる45のキーワード』の15章、16章に簡潔にまとめてある。要するに、「ヌスラ戦線」は「イスラーム国」と同根の団体であり、戦術上の相違やイスラーム過激派の間でいずれがより多くの資源や名声を獲得するかという点で争ってはいるものの、世界観や思考・行動に様式に大差はない。

2016年にアメリカのInstitute for the Study of War(ISW)が発表した“Jabhat al Nusra and ISIS: Sources of Strength”と題する報告書は、「ヌスラ戦線」と「イスラーム国」はアメリカにとって同等の脅威であると位置づけた上で、「ヌスラ戦線」の概要を以下の通りまとめている。

目的:アサド政権打倒、シリアの世俗主義・民族主義の政体をイスラーム神権統治体制へと転換する、地元社会に受け入れられる「イスラーム首長国」を樹立する、シリアの「反体制派」と一体化しつつ「イスラーム首長国」の軍事力を確立する、シリアにおけるアメリカの影響力に対抗する、レバノンやヨルダンへ拡大する環境を醸成する。

組織の概要:2013年の時点で少なくとも3000人~5000人の構成員を擁する。2015年末の時点では、この数値から数千人増加していると思われる。構成員の少なくとも3割が外国人で、チェチェン、ウイグル、モロッコ、サウジ、ウズベク、ヨーロッパ諸国の出身者を含む。シリアにおける活動地域はアレッポ市、ラタキア県北東部、イドリブ県、ゴラン高原をはじめとするクナイトラ県。レバノンではシリアとの国境地域、トリポリ市、パレスチナ人難民キャンプ。なお、レバノンにおける「ヌスラ戦線」のネットワークは「イスラーム国」のネットワークと混じり合っている。

さらに、「ヌスラ戦線」はイドリブ県やアレッポ県などを中心に、武装勢力の連合体の主力を担うことによりシリアの「反体制派」と分かち難く一体化している。「国民連立」や「最高交渉委員会」のような国際的に認知されている「反体制派」の政治勢力も、アメリカなどが「ヌスラ戦線」をテロ組織とみなすことに反対するなどして、「ヌスラ戦線」を擁護している。「ヌスラ戦線」自身も、「反体制派」と一体化するとともに、攻撃の矛先をシリア政府とその支持者に限定することにより国際的に敵視されないように努めているが、それはあくまで現在の環境に鑑みた戦術的、機会主義的行動である。その一方で、「ヌスラ戦線」はアメリカからの支援を受ける「穏健な反体制派」武装勢力諸派をしばしば制圧・解体し、彼らの装備を奪取している。また、2015年3月末に「反体制派」が占拠したイドリブ県は、事実上「ヌスラ戦線」が支配力を独占し、公開処刑、イスラーム統治の強要、児童虐待など「イスラーム国」と同様の「統治」をしているとの情報もみられる。

「ヌスラ戦線」による外国人人質事件の実績を見ると、彼らは人質を捕虜交換や身代金の獲得などの取引材料として利用し、「イスラーム国」のように人質を殺戮することによって社会的な関心を集める戦術をとっていないように見える。しかし、「ヌスラ戦線」と「イスラーム国」の世界観や思考・行動様式には大きな違いはなく、両者の相違はあくまで現在の環境にどのように適応するかという戦術的なものに過ぎない。「ヌスラ戦線」が起こす人質事件に、身代金や交渉によって解決できるという楽観や安易な姿勢で臨むと、思わぬ事態の紛糾や悪影響が生じる可能性もある。