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シリアの「停戦」の行方

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
アレッポ市内とされる画像(写真:ロイター/アフロ)

はじめに

シリア北部の大都市のアレッポで、政府軍と「反体制派」との戦闘が激化して民間人を含む多数が死傷している。こうした事態の展開を受け、2016年2月27日に発効したことになっているシリアでの「停戦」が崩壊の瀬戸際にあると叫ばれている。一方、4月半ばに開幕した政府側と「反体制派」との協議「ジュネーブ3」も打ち切られ、再開したとしても「和平」に向けた進展は期待できそうにない。これらの動きはいったい何を意味しているのだろうか?

1.そもそも「停戦」はあったのか?

結論から言えば、そもそもシリア紛争において「停戦」なるものは初めから存在していない。2月27日に発効したことになっているのは、政府軍と「反体制派」武装勢力諸派の一部との間の敵対行為の停止に過ぎない。既に指摘した通り、この敵対行為の停止では「イスラーム国」とシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」との戦闘は対象外となっており、「停戦発効」以降も政府軍とこの両派との戦闘は続いていた。さらに悪いことに、「反体制派」武装勢力の実質的な主力は、上記のヌスラ戦線とこれまたアル=カーイダと近しい関係にある「シャーム自由人運動(アフラール・シャーム)」のようなイスラーム過激派である。イスラーム過激派諸派は、程度の差はあれシリア国外から流入している外国人のイスラーム過激派戦闘員の受け皿となっている。「ジュネーブ3」に「反体制派」として参加している「最高交渉委員会」は、このような現場の武装勢力に対して何ら統制力を持っておらず、彼らが「停戦」を受入れようが受入れまいが、政府との対話や交渉に出てきても来なくても、現場での戦闘停止や人道状況の改善に及ぼす影響は極めて小さい。「停戦」なるものを維持するためには、シリア政府軍やロシア、イランのような政府軍を支援する主体が「停戦を遵守する」こともさることながら、「反体制派」とそれを支援する諸国が「反体制派」の軍事的主力としてイスラーム過激派に頼るのを止め、イスラーム過激派と絶縁した上で「ちゃんと統制できる」反体制運動を作っていくことが必須である。ちなみに、アメリカ、サウジ、カタル、トルコなど「反体制派」を支援してきた諸国は、シリア紛争勃発以来「ちゃんと統制できる反体制派」の育成にことごとく失敗し、イスラーム過激派に資源が流入するのを半ば放置しているのが実態である。

2.「穏健な反体制派」による「イスラーム国」への戦術的支援

それでは、現在アレッポ方面で戦闘が激化していることはシリア紛争全般でどのような意味があるのだろうか?「どちらが先に手を出したか」との水掛け論に陥ったり、戦闘当事者が発信するプロパガンダに依拠して「どちらの方がより悪いか」を論じたりすることなく観察しなくてはならない。もっとも可視的な影響としては、アレッポ方面での戦闘激化により、シリア政府軍による「イスラーム国」に対する攻勢が停滞を余儀なくされていることである。シリア軍などは、3月から4月上旬にかけ、「停戦遵守」を口実にアレッポ方面からシリア中部に戦力を転配し、その結果パルミラ、カルヤタインという要衝の奪回に成功した。その後、政府軍はさらに東進してダイル・ザウルの包囲解除や、シリア砂漠に点在する拠点の奪取を企画していた模様だったが、これがアレッポ方面での戦闘激化のため実行が困難になった。経緯や当事者の意図はさておき、「反体制派」がアレッポをはじめとするシリアの北部や西部で活動を活発化させることは、「イスラーム国」のための援護射撃としての効果を持っている。

一方「反体制派」を称する武装勢力は、本来アメリカやトルコの全面的な支援を受けられる立場にありながら、「イスラーム国」との関係においてはシリア・トルコ国境地帯の小村の争奪という小競り合いに終始し、「イスラーム国」対策には事実上貢献していない。今般の情勢推移を見る限り、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」を主力とする「反体制派」と、「イスラーム国」とが政府軍を挟撃し、その戦力を分散させることにより勢力拡大を実現してきたという従来の戦略的構図が再確認されたと言えよう。こうした状況下では、アレッポに限定した場合でも戦闘を鎮静化させることは難しい。なぜなら、シリア北部、西部での「停戦」は実質的に「ヌスラ戦線」を保護することを意味するからである。シリア政府に「停戦維持」のための圧力をかけるよう期待されているロシアは、アメリカなどの「停戦維持」主張がアル=カーイダを擁護することにつながっているという矛盾を突き、「ヌスラ戦線」とそれに依存する「反体制派」武装勢力諸派たたきを加速させる方針のようだ。

おわりに

そもそも、当初からシリア国内で戦闘が止まることを全く意味していない「停戦」は、シリアでの紛争収束や「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派対策などの諸課題に有効に対処できない諸当事者が編み出した弥縫策の一つに過ぎない。この弥縫策は、シリア国内で実質的な基盤と影響力を持たない主体を「反体制派」としてシリア人民の代表者であるかのように処遇してきた弥縫策の延長線上にある。シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」が「反体制派」として肯定されてきたことも、「反体制派」の軍事的な失敗を糊塗するという意味を帯びている。「停戦」や「和平協議」のようなものを有意義な営みにするためには、「反体制派」とその支援者たちの側の矛盾や自家撞着を清算する必要があろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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