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「イスラーム国」の広報の仕組みと機能を知ろう

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

フランスのニースで発生したトラックを用いた大量轢殺事件について、「イスラーム国」の自称通信社である「アアマーク」が「「イスラーム国」の兵士の一人が「イスラーム国」と戦う同盟国の国民を攻撃せよとの呼びかけに応えて行った作戦である」と「報道」した。

「イスラーム国」の自称ラジオ局である「バヤーン」も同様のニュースを読み上げた。これらが「事実上の」犯行声明として、ニースの事件を「イスラーム国」の作戦とみなす根拠となってしまったわけだが、「イスラーム国」のプロパガンダを安直に取り扱うことは、「イスラーム国」を増長させ更なる事件を誘発させる結果に終わりかねない。そのような事態を避けるためには、「イスラーム国」の広報の仕組みや彼らの広報部門の機能を知っておくことが有効である。

「イスラーム国」の広報

2016年7月、「イスラーム国」は「カリフ国の構造」と題する動画を発表した。それによると、「中央広報庁」なる部署が置かれており、その下に以下の諸製作部門が置かれている。

*アジュナード:「ナシード」と呼ばれる男性ボーカルのみからなる歌を製作する。

*バヤーンラジオ:自称ラジオ局。ニュースを読み上げる10分程度の音声ファイルや文書ファイルを発信する。

*ヒンマ文庫:「イスラーム法」の解釈などについての書籍・パンフレットを刊行する。性奴隷の許容、衛星放送の視聴禁止、墓地の破壊などについてのパンフが著名。

*ハヤート広報センター:主に英語の広報・脅迫動画などを製作。

*フルカーン広報製作機構:「イスラーム国」で最も重要な声明・画像・動画類を製作する。「カリフ」のバグダーディーや報道官の演説はこの部門名義で発表する。

*ナバウ:週刊の「新聞」。

*各州の広報部門:各地に存在する「州」が、主に地元の戦果について声明や動画・画像を発信する。

これらの機関に加え、動画では著名な英字誌『ダービク』やトルコ語、ロシア語、フランス語の雑誌も挙げられていたが、「アアマーク」は動画中では言及されなかった。また、他にも「イスラーム国」のプロパガンダに貢献する様々な製作者が存在する

どこで何が起きても「イスラーム国」の作戦にできる

下の画像も、「イスラーム国」の扇動・脅迫動画の一部である。これは、「イスラーム国」が攻撃対象として名指しした諸国の国旗であるが、全ての国名や位置が一致する人はそうはいないのではないだろうか。一見すると主要国とアメリカの同盟国を選んで挙げているようにも見えるが、選択の根拠は「よくわからない」のが実情である。ともあれ、60カ国余りが挙げられており、その意味では世界中のあらゆる国が「イスラーム国」の攻撃対象となっていると言える。このような状態は、世界を「正しいムスリム(=自分たち)」と「不信仰者・背教者(=敵)」の二分法でしか認識しない「イスラーム国」の発想からするとある意味当然ともいえる。

画像

それと同時に、この画像は世界中のあらゆる場所で「イスラーム国」による攻撃が発生しうるという伏線にもなっている。そして、個々の攻撃について上に挙げた広報製作部門がそれぞれの任務や目的に沿った「作品」を製作するのである。ところが、これらの広報製作部門の活度は、最近低下しつつある。例えば、2015年11月のフランスでの襲撃事件などの際は、各々の「州」が事件を題材とした広報映像を一斉に発信し、数日間で10件を上回る動画が出回ったが、2016年春以降はこのような広報キャンペーンは行われなくなった。「イスラーム国」の広報活動が低調になってきた原因としては、「イスラーム国」が広報の題材となるような戦果や業績を上げにくくなっていること、広報部門の製作能力の低下などが考えられる。

こうした状況で重要になるのが、「アアマーク」や「バヤーンラジオ」のような自称「報道機関」である。これらの機関が「報道」として様々な事件を「イスラーム国の兵士」の作戦として言及することにより、実際には無関係な事件をも「イスラーム国」の戦果として取り込むことが可能になるからである。「イスラーム国」の自称「報道機関」は、6月にアメリカで発生したナイトクラブ襲撃事件、そして今般のニースでの事件などで見られたように、このような戦果の取り込みの機能を果たしている。しかも、「アアマーク」や「バヤーンラジオ」の「報道」は、一般の報道機関が報じた既存のニュースを繰り返すだけでよく、「犯行声明」に説得力を持たせるための秘密の暴露や動画を伴う必要もない。「イスラーム国」は自称「報道機関」を使うことにより、非常に安上がりで、かつ手軽に世界中で作戦を実行しているかのように装うことができるのである。この手法に則れば、犯人がムスリムのあらゆる事件を「イスラーム国」の戦果と位置付けることが可能になる。そして、これによって量・質ともに低下傾向にある「イスラーム国」本来の広報活動を補うことができる。

思考停止が「イスラーム国」の延命に手を貸す

「アアマーク」や「バヤーンラジオ」の「報道」を鵜呑みにし、何の検証もしないことは、「イスラーム国」の広報に手を貸すことになりかねない。しかも、最近「イスラーム国」はテロ行為に必須の政治的メッセージの発信や作戦の信憑性の裏付けるための情報提供をほとんど行わなくなっており、「テロ組織」の広報活動としては今や瀕死の状態といってもよい。ここで「アアマーク」や「バヤーンラジオ」の「報道」に過剰に反応することは、「イスラーム国」の広報に非常に「楽な」手法を提供し、ひいては「イスラーム国」に力を与えることになる。「アアマーク」や「バヤーンラジオ」はあくまで自称「報道機関」であり、その役割や機能は上述の様々な広報製作部門と同一のプロパガンダ機関である。従って、彼らが発信する情報は全て「イスラーム国」にとって都合のよい情報・都合のよい解釈であろう。そのため、「イスラーム国」の支持者以外の者がこうした情報を取り扱う際は、様々な分析によって真偽や実態を検証することが不可欠である。世界各地で発生する「テロ」事件について、全て「イスラーム国」の仕業であるとの予断に基づき、「アアマーク」や「バヤーンラジオ」の「事実上の」犯行声明を待ちわびるような状態は、捜査機関、報道機関、そして筆者のような専門家にとって、かなり深刻な思考停止状態と言わざるを得ない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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