シリアの「停戦」はなぜ失敗し続けるのか?

(写真:ロイター/アフロ)

もう何度目なのか数える気も起きないが、シリアにおける「戦闘の停止」、あるいは「停戦」、または「沈静化」の合意が破綻し、戦闘が再燃した。「戦闘の停止」、「停戦」、「沈静化」、「和平」、「交渉」と聞くと、遠く日本にいる我々は破壊と殺戮が止み、何か前向きな進展があるのではないかと期待してしまうが、ことシリア紛争を見る限り、そうした期待は抱かない方がいいだろう。そもそも今般の「戦闘の停止」は初めから全くと言っていいほど成功の見込みがないものだった。しかし、問題は攻勢を再開したシリア政府や、それを支援するロシアを悪者として責めればよいという勧善懲悪ストーリーではない。

例えば、2016年前半の「停戦」期間中、シリア政府・ロシアは「反体制派」(実質的には「ヌスラ戦線」=現「シャーム征服戦線」などアル=カーイダと親しいイスラーム過激派諸派)への攻撃を鈍らせる一方で「イスラーム国」への攻撃を強め、世界的にも著名なパルミラの奪回に成功した。一方、「反体制派」は「停戦」期間中戦力を増強し、これが8月のアレッポ包囲解体のための大攻勢へとつながる。つまり、「停戦」といっても「イスラーム国」は対象外で戦闘は続くし、「停戦」当事者である各主体も戦局を自派に有利に導くための戦力整備の期間としてそれを利用するにすぎないのだ。さらに面倒なことに、アメリカは「ヌスラ戦線」をテロ組織に指定し本来はこれを討伐する立場にあるのだが、シリアにおいては「反体制派」と分かち難く一体化している「ヌスラ戦線」に対する攻撃には及び腰で、シリア政府やロシアによる「ヌスラ戦線」への攻撃をも「反体制派」への攻撃として非難してきた。2016年9月のアメリカとロシアとの合意に基づく「戦闘の停止」もこの経緯をそのまま継承し、「誰が」、「誰の何に対して」、「戦闘を停止」するべきなのか、実のところ極めてあいまいな状況にあった。中でも、シリア政府・ロシアが「テロリスト」として優先的に打倒したい「ヌスラ戦線(現シャーム征服戦線)」、「シャーム自由人運動」は、アメリカやトルコにとっては「穏健な反体制派」であり、現在問題となっているアレッポでの戦闘の当事者はまさにこの両者である。こうした脆弱な状況にあった「戦闘の停止」のさなかの9月17日にシリア東部のダイル・ザウルで発生したアメリカなどの連合軍によるシリア軍に対する「誤爆」事件がアメリカとロシア・シリア政府間の連携や「戦闘の停止」を長期間保つ機会をぶち壊しにした。

(参考:中東かわら版2016年94号

この事件は、アメリカ軍などの連合軍の航空機が、「イスラーム国」と交戦中のシリア政府軍の拠点を爆撃し、100名近くの将兵を殺傷した事件である。当然ながら「イスラーム国」は「誤爆」に乗じて進撃して戦果を上げたので、シリア政府やロシアからは連合軍が「イスラーム国」を支援したように見える。その結果、過去数日の国際場裏でのアメリカ、ロシア間のやり取りに反映されるように、「戦闘の停止」の当事者間の関係がとげとげしいものとなったのである。

戦闘の再開・激化の焦点となっているのは、紛争勃発前はシリア国内で最も人口が多かったはずのアレッポ市での戦況である。現在は9月半ばに包囲を再構築した政府軍が、「反体制派」が占拠するアレッポ市東部に攻勢をかけている局面であるが、これについての「現地情報」として衝撃的な動画や画像が各種団体によって世界的に発信されている。中でも注目を集めているのは、ノーベル平和賞候補ともいわれる「ホワイト・ヘルメット」との名称で知られる団体が発信する救護・救急の現場で子供が死傷する場面である。「現地情報」が事実の一端を表すものであろうと信じたい所ではあるが、ここは敢えて非情に徹して「ドキュメンタリーは事実にあらず」との報道や情報分析の基本中の基本に立って観察しなくてはならない。なぜなら、シリア紛争について発信される情報は、あらゆる当事者が敵方を貶め、自らの優位を確立するための情報戦としての意図や意味を持っているからである。また、「ホワイト・ヘルメット」についてはシリア政府やその支持者による誹謗・中傷の域を越えて、その発足の目的や活動の意図の疑義が呈されている。結局のところ、シリア紛争においては無辜・無謬で中立の当事者というものが存在することはほとんど想定できず、あらゆる当事者が多少の程度の差はあれシリア人民の生命・財産を犠牲にして自己の利益を実現しようとしている悲しい現実に直面せざるを得ない。そうなると、「イスラーム国」対策も含め、多少の損害や不条理に目をつぶり日本も含む「国際社会」にとってより負担が少ない方途が「解決」として浮上することも大いにありうることを指摘しておきたい。