Yahoo!ニュース

シリア:アレッポを救う「正義の味方」はいない

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

シリアのアレッポ市の東部での戦闘が激化し、本邦を含む各国の報道機関では連日医療施設の損害や子供を含む民間人の死傷者が大々的に報じられている。9月半ばにアメリカとロシアとの間にいったんは成立した「戦闘の停止」合意は破綻し、シリア政府とそれを支援するロシアは当面アレッポ市東部の制圧と、ダマスカス近郊の武装勢力の掃討に力を入れるであろう。シリア紛争の現場での勢力分布を見ると、「イスラーム国」の占拠する地域と、実質的にはイスラーム過激派を主力とする「反体制派」が占拠する地域が政府の制圧する地域を挟撃する形となっている。そして、シリア政府やロシアの立場から考えると、彼らが「反体制派」と「戦闘を停止」するなどして「イスラーム国」との戦闘に重点を置くと、その間に「反体制派」はサウジ・トルコ、欧米諸国からの援助を受けて体制を強化し、政府軍の背後を衝いてきた。逆に、政府軍と「反体制派」との戦闘が激化すると「イスラーム国」が政府軍の背後を衝き、占拠地域を広げてきた。現実の問題として「イスラーム国」と「反体制派」との混在地域がほぼなくなった2014年夏以降は両者の交戦は範囲や規模の面で小競り合い程度のものにとどまり、戦術的に「イスラーム国」と「反体制派」は連携しているかのように見える。アサド大統領は欧米諸国の報道機関とのインタビューで、再三シリア全土を政府の統制下に復させる旨表明しており、そうした観点からは戦力を集中して政治・経済・社会的な重要拠点であるアレッポやダマスカスの安寧を図るのはある意味当然のことである。

一方、シリア・ロシアの動きに対し「反体制派」に与する諸国、中でもロシア同様「戦闘停止」合意の当事者のはずのアメリカはどのように対応するのだろうか?[(http://www.meij.or.jp/kawara/2016_094.html もともとシリアにおける「停戦」なり「戦闘停止」が非常にあいまいなものであり、合意の当事者たちもそれが永続するとか、紛争解決に向けた次なる歩みにつながるとかは期待していなかっただろう]。しかし、「医療施設を攻撃して子供を殺す」シリア政府やロシアが「悪者」ならば、「正義の味方」たるべき欧米諸国はシリア人民のために何をしてやるのだろうか?各種報道を総合すると、今般の戦闘激化にあたりアメリカが検討しているロシアに対する措置はおおむね下記の三通りに分類できる。

A.シリア政府・ロシアによる攻勢の目的達成を阻む諸措置。

B.シリア政府・ロシアの攻勢から「反体制派」を庇護するための諸措置。

C.アメリカ・ロシアの二国間関係全般や多国間の枠組みでロシアに圧力をかける諸措置。

このうち、A.に分類できる諸措置には、「シリアについてのロシアとの二国間協議の停止」、「特殊部隊の派遣や増員を通じたアメリカによる軍事介入の強化」、「中東地域への海軍・空軍の増派」が含まれるだろう。B.に属する措置としては、「飛行禁止区域や安全地帯の設置」、「人道援助の積み増し」が考えられる。C.には、クリミア問題などを含め、アメリカ議会で取りざたされている対ロシア制裁法案の提出や審議の時期を取引材料とすることや、「シリア支援国会合」を通じた圧力強化が含まれる。「反体制派への援助の強化」、あるいは「サウジやトルコによる反体制派支援強化を黙認」、「シリア軍の拠点をアメリカ軍が攻撃」といった措置は、A.とB.との中間とみなすか、A.B.の両方に分類できると考えることができる措置であろう(詳しくはこちらを参照)。

すでに紛争の現場ではロシア軍が新鋭の対空ミサイルを展開したり、「無期限で」攻撃機部隊の派遣を決定したりして緊張が高まっているかのように見える。しかし、大統領選挙とその後の政権の体制づくりを控えるアメリカの事情と、上記の諸措置の意図や効果を検討すると、シリアを舞台にアメリカとロシアが軍事的に衝突したり、シリアにおける「戦闘の停止」を復活させたりするような結果につながるようには思われない。そもそも、シリア政府・ロシアの攻勢を挫く、あるいは「反体制派」を庇護する(つまりA.B.に属する措置)は、アメリカをはじめとする欧米諸国がシリアで軍事的に活動する意図や目的との整合性が問われる。欧米諸国は、シリア紛争勃発の初期からアサド政権に対し「ダメ出し」をして公式には「相手にしない」態度をとっている。にもかかわらず各国は自ら乗り出してアサド政権を打倒しようとも、それが可能になるほど「反体制派」を支援してもいない。また、欧米諸国がシリア領で軍事行動を行っているのは、あくまで「イスラーム国」対策が口実であり、シリア軍やそれを支援する諸勢力は本来の攻撃対象ではない。また、各国ともにアサド政権を打倒した後のシリアと周辺地域の政治や安全保障について何の構想も実現の手順も持っていないため、実際にはアサド政権が当面存続するのもやむなしとの態度である。こうした状況でシリア政府・ロシアの攻勢を挫こうとすれば、本来は一番の攻撃対象である「イスラーム国」などのイスラーム過激派への援護射撃にしかならない。

シリア領内に「飛行禁止区域や安全地帯」を設置するとしても、かつてイラクのクルド勢力がしたように現地でそれを防衛・維持管理できる主体は見当たらない。となると、トルコなどに「外注」するにしても、アメリカ自身が乗り出すにしても、一定の領域を占拠してそこにいる、そして将来押し寄せてくるであろう避難民を養うための軍事力や資金を長期にわたって提供し続けなくてはならない。つまり、現時点で「飛行禁止区域や安全地帯」を設置することはアメリカにとっては次の政権の手枷となりかねない。この観点から考えれば、アメリカが直ちにロシアとの軍事対決の姿勢を強め、それを契機に大戦に発展するとの見通しは現実的でないことがわかる。これに加えて、「反体制派」への援助は相当の割合で「イスラーム国」も含むイスラーム過激派に流出しており、どのような形であれ「反体制派」に高性能の兵器を供給することは、兵器が一定の割合で将来アメリカを攻撃するかもしれない団体の手に渡る危険をはらむ行為である。実際、つい先日もアメリカが高性能の対戦車ミサイルを提供した武装勢力が「ヌスラ戦線(シリアにおけるアル=カーイダ。現在は「シャーム征服戦線」に改称)」に寝返ってしまった。

こうして見ると、現在のシリア情勢に対しアメリカが応じることができる対策は即効性が期待できないばかりでなく、逆効果に終わりかねないものすらある。アメリカをはじめとする欧米諸国の対シリア政策はいよいよ行き詰まっているように思われる。結局のところ、アメリカをはじめとする欧米諸国やその同盟国の対シリア政策は、各国の都合や利益を最優先したものであるとともに、個々の政策や措置同士が相矛盾し、効果を打ち消しあいかねないものである。攻勢を強めるシリア政府やロシアを「悪の権化」とみなしたとしても、自らの負担や犠牲を顧みずにシリア人民を悪の手から守る「正義の味方」はどこにもいないのである。また、「反体制派」が占拠する地域に住む住民の半数がそこから脱出したいと望んでいるとの調査)もあるが、この調査結果を信じるのならば攻撃される医療施設や犠牲となる民間人は「人間の盾」として「反体制派」が軍事・広報目的で「配置」したものかもしれないと疑ってかかる発想を捨ててはならない。紛争当事者の悪行を抑える手立てを持たず、「かわいそうな」シリア人民に自ら救いの手を差し伸べようともせずに、勧善懲悪物語のごとく紛争当事者を非難するだけではシリア人民の苦境をいたずらに長引かせることにしかならないのである。このような状況だからこそ、予断や憶測を排した分析が必要となる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

髙岡豊の最近の記事