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トランプ大統領の「テロ対策」における目覚しい成果

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

アメリカのトランプ大統領は、就任以来乱発ともいえる勢いで大統領令を出し続けている。その中には、「テロ対策」に関係するものも含まれるが、同大統領は短期的に見れば「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派に対しで目覚しい成果を上げているように見える。ただし、それは同大統領が就任後乱発した大統領令の効果ではないし、同大統領が本稿で指摘するような効果を意図して振舞っているかについても定かではない。

内容面では効果が薄い大統領令

アメリカの人々が抱く感情や印象に対する効果は別として、イスラーム過激派の思考・行動様式を観察する身から見れば、中東7カ国からの入国禁止、難民受入れ停止の大統領令は内外でアメリカの権益に対する「テロリズムの脅威」を低減する上ではほとんど効果はないと思われる。実のところ、入国規制の対象を「全ムスリム」にしても結果はさほど変わらないだろう。確かに、過去数年アメリカやEUで、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派の構成員や、イスラーム過激派を模倣した爆破事件や襲撃事件が発生している。しかし、事件に関与した人々の多くは、アメリカやEU諸国に入国して間もない人々ではないし、イスラーム過激派と組織的な関係を取り結んでいたとも限らない。一連の事件や昨今の治安上の懸念で問題となっているのは、アメリカやEU諸国に正当かつ合法的に暮らす人々であり、そうした人々の間にイスラーム過激派の資源調達や扇動の組織網が浸透していることなのだ。重要なのはアメリカでもEU諸国でも、自国内でイスラーム過激派による資源調達や送出し、扇動活動を適切に取り締まることであり、これをないがしろにして入国を規制すればよいというものではない。

トランプ大統領が打ち出した「テロ対策」や「移民・難民の入国抑制」関連の方針としては、シリア紛争について「安全地帯」を設置し、そこに避難民を収容しようとの方針もある。しかし、こちらも大して効果があるとも思われない。なぜなら、古くはアフガニスタンでソ連と戦った者たちから、現在の「イスラーム国」に至るまで、イスラーム過激派の活動家や戦闘員は移民・難民に偽装するような時間や手間がかかる方法を用いなくても、世界中を渡り歩いている。シリア紛争に限れば、外国人戦闘員の多くはトルコで合法的に出入国しているに過ぎない。移民・難民がアメリカに向かうことを阻むために「安全地帯」を設置したとしても、そこに十分な雇用と満足行く生活水準をもたらさなければ、避難民たちがより恵まれた地域を目指して移動することを止めるのは難しいし、莫大な費用がかかることだろう。

効能と副作用

それでは、いったい何がイスラーム過激派対策として効果を上げたのだろうか?トランプ大統領の活動のうち「テロ対策」で目覚しい効果を上げたのは、同大統領のそれこそ一挙手一投足とそれへの反応が報道機関、SNS、その他の媒体を席巻し、関心を集め、様々な議論を惹起したことである。イスラーム過激派は、様々な暴力行為と連動させて自らの示威や主義主張を広報し、政治的目標を達成するというテロリズムを行動様式として採用している。このテロリズムを実践するにあたっては、世論、特に先進国での世論の注目を集め、広報に役立てなければ、軍事的にはどんなに優れた作戦を成功させても「テロ行為」としては失敗に終わることになる。トランプ大統領と同大統領に関する話題に先進国の報道機関がかかりきりになっている状態で、「イスラーム国」の戦果や広報に報道機関が割く時間や紙面は大幅に減少した。ここで彼らが「逆転打」を狙って社会の注目を集めそうな作戦を実行した場合も、現状ではトランプ大統領がらみの話題に回収された議論になるだけで、作戦の効果は上がらない可能性が高い。この状況が続けば、イスラーム過激派の資源調達は滞り、各々の団体や活動家の威信も低下することになろう。また、自己顕示の手段としてイスラーム過激派に共鳴したり、イスラーム過激派を模倣したりする者も減るだろう。

しかし、トランプ大統領がこれまではイスラーム過激派に割かれていた報道の量や質を奪っている状態は、「社会の関心をひきつける」ために非常に似通った手法を用いる二者のうち、片方が別の競合者に対して優位に立った、というだけのお話に過ぎない。社会の関心をひきつけさえすればどんな主張や運動でもそれなりに流行する、という傾向を強化したという意味では、今後も同様の手法で勢力を伸ばそうと様々なテロリストが知恵を絞ることになるため、“「イスラーム国」後”の世界の平和と安寧を実現する上では悪影響を残すことにもなりかねない。SNS上での断片的な情報発信に報道機関や観察者が殺到し、大きく取り上げたことが「イスラーム国」を増長させた原因のひとつと考えるならば、今は報道機関や観察者がトランプ大統領の「つぶやき」に右往左往し、同大統領に勢いをつけている状態ということになろう。

“世界の「イスラーム国」化”の危機?

アメリカの社会や政治にはまるで門外漢の筆者から見ると、入国禁止の大統領令にまつわる論争は、トランプ大統領を支持する側も反対する側も「優れたアメリカ社会に機会や保護を求めて劣った社会から移民・難民がやってくる」、「アメリカ社会にもその理念を正しく実践していない偽りの構成員がいて、彼らの綱紀を粛正すべき」という発想に基づいて議論しているように見える。これには「世界はイスラームと不信仰との二項対立」、「ムスリムの中にもイスラームを実践しない偽ムスリムがいて、彼らを矯正・粛清することは正しい」という、イスラーム過激派の世界観と通底するものを感じる。理念・価値観を掲げて支持者を動員する手法に頼ったり、「分断・対立の深化」のようなお決まりのまとめに没入したりするのではなく、個別の政策の費用対効果を論じ対案を競ったほうが生産的で有益のように感じられる。移民・難民や人権についてどんな高尚な理念を持ち、そのために行動を起こしても、移民・難民に不満や偏見を持つ人々がなぜそのような感情を持つのか、それを解消するにはどうすればいいのかを考えないで罵倒や非難を繰り返すようでは、偏見や先入観だけを拠り所に移民・難民排斥を唱える主張と大差がない。また、自分たちだけを「正しい」側に位置付けて敵対者のみならず、制圧下のムスリム住民にも粛清の刃をふるうイスラーム過激派とも大差がない。相手方の考え方だけでなく存在価値すら否定する罵詈雑言の応酬となれば、入国規制に関する大統領令をめぐる論争は、アメリカだけでなく“世界の「イスラーム国」化”への懸念を惹起する。

繰り返すが、今般打ち出された入国規制は、「テロ対策」としては的外れで効果が薄い。その一方で、トランプ的手法は「現在流行中のイスラーム過激派から世間の関心を逸らす」という意味では大成果を上げた。しかし、メディア戦術によって社会の関心を惹きつけることを通じて自らの影響力を増幅させるという手法の有効性を確立してしまったという意味では、「テロ対策」としても長期的には弊害のほうが大きい。イスラーム過激派にせよ、トランプ大統領にせよ、報道する側、論じる側にこそもうひと工夫あったほうが良いのではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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