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本気で日本のカジノ市場4兆円の予測でいくのか?

木曽崇国際カジノ研究所・所長

先日、米国カジノ運営者大手、ラスベガスサンズ社が「日本での統合型リゾート開発には1兆円も厭わない」としたコメントを発表した事をご紹介しました。以下、その時に私の書いたエントリから。

日本のカジノ開発に一兆円を投じるか? 答えは「Yes」

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8268483.html

実は、こうやって事前のメディア報道等を使って入札ラインを大幅に引き上げてゆく競争の仕方は、ラスベガスサンズ社が世界の新規カジノ入札において最近良く行なっている戦略です。これは、ポーカーに例えるならば資金力のあるプレイヤーが大きくベット張って競合者を振るい落としているのと基本的に同じ。最終的に自分だけが残れば儲けもんです。

これに対して、他業者がどのように反応するか注目していたのですが、その数日後にマレーシアのカジノ運営大手ゲンティン社、米国のカジノ運営大手MGMインターナショナル社あたりは、かねてから小出しにしてきた投資意向額に関して上方修正を行い、ラスベガスサンズ社のベット額に近い金額の提示をし始めた模様です。私としては、ゲンティン社は付いてくるだろうなと思っていた一方で、MGM社の高額ベットは現在の同社の懐事情を念頭におくとあまり予測していなかったところで、ちょっと驚きをもって見守っています。

一方で、上記の一兆円投資発言がなされたカンファレンスを主催したフランスの大手投資銀行CLSAあたりからは、私としては根拠の見えない数字が発表されており、「なんだかなぁ」と思っているところ。以下、ロイターより転載。

日本へのカジノ投資額、必要ならいくらでも=ラスベガス・サンズ

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA1N03E20140224

[...]CLSAは、東京、大阪の二大都市と10の地方都市でカジノが設立された場合、ゲーム産業から年間で総額400億ドル(約4兆円)の売り上げが期待できると試算した。その規模は米国(600億ドル)、マカオ(510億ドル)に次ぐ世界第3位となり、シンガポールの70億ドルを大きく引き離す見込み。雇用や地方公共団体の税収拡大への効果なども期待できると指摘している。[...]

日本のカジノ市場は10軒で4兆円規模になるなどというCLSAの試算ですが、私としては完全に閉口してしまうような数字であります。カジノ市場4兆円という数字がどういった規模感の数字かというと、上記にもあるとおり国単位の規模比較では米国:6兆円、マカオ(中国):5兆円に続く世界第三位の数字となります。各国GDP規模などと比較すると何となくもっともらしく見えるかもしれませんが、一方で、米国およびマカオの市場統計を詳細に見てみると「????」な状況が判ってきます。

国名/カジノ市場規模/カジノ軒数/平均売上

米国 /6兆円/930軒/65億円

マカオ/5兆円/35軒/1,429億円

日本(CLSA予測)/4兆円/10軒/4,000億円

注1)各市場規模はどのみち為替によって変動するのでザックリと。

注2)米国統計は米国商業カジノと原住民カジノの合算値

注3)各統計はそれぞれAmerican Gaming Association, Gaming Inspection, and Coordination Bureau発表値を参照

注4)日本の規模は報道に基づくCLSA発表の予測値

まず、米国&マカオと日本の市場としての違いは、米国の一部地域、およびマカオにはカジノの開発件数そのものに対する法的な上限は設定されておらず、市場の大きさに合わせて比較的自由に施設開発が行なわれるのに対して(勿論、許可等は必要だが)、日本のカジノ法制は開発件数そのものにキャップが付けられる可能性が高いこと。そして、最大開発数に関しては「少数の導入から始め、経年の市場評価ののちに最大10程度まで増やす」という案が現時点では最有力とされており、その点においてはCLSAの予測は現実に即しているということになります。

一方、そのことによっておかしくなってくるのがカジノ毎の平均売上で、CLSAの予測に基づくと日本で開発されるカジノは各カジノが平均で年間4,000億円と、マカオ平均の二倍以上の売上を生み出すということになります。しかし、正常な市場感を持っている人間ならばこの数字がハチャメチャなのはすぐに判るお話。現在、世界で最大級と言われているカジノ開発がマカオ最大の統合型リゾート施設であるベネチアン・マカオという施設ですが、この施設の年間のカジノ売上が約3,500億円ですから(同社Annual Reportより)、日本に誕生するカジノは想定されている10軒全てがそれを凌ぐ規模の売上になる...「んなわけない」という話になります。

この種のいわゆる「トンデモ」な予測値として記憶に新しいのは、日本のカジノ合法化における波及効果が総計で7.7兆円にも及ぶとした「大阪商業大学商経学会論集 第5巻、第1号」に掲載された予測値。当該論文では、日本のカジノ市場が真水で3.4兆円、波及効果含めて7.7兆円に達するという予測を立てており、未だにこの数字が度々メディア等でも引用されている状況ですね。

CLSAが4兆、大阪商業大学論集が3.4兆と奇しくも似たような数字がはじき出されていますが、繰り返しになりますがこの辺の数字は適正な市場感のある人間からみたら大変違和感のあるもの。今後もこの辺の数字が繰り返しメディア引用等で使われるようならば、日本のカジノ合法化は期待と結果が大きく乖離することになるぞ、とだけ申し上げておきましょう。

経済界、カジノに熱視線 波及効果7兆7000億円試算も

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131112/biz13111222520022-n1.htm

…と、ここまでCLSA試算の問題点を述べておきながら何ですが、CLSAの気持ちも判らんことはないのですよ。なんせ、冒頭にお伝えしたとおりCLSAの主催したカンファレンスにおいてラスベガスサンズ社が1兆円などというトンデモナイ開発投資額を提示してしまったわけで、それをカジノ業界内で常識的に共有されている投資回収率に当てはめると、全体市場規模として4兆円くらいの数字が出てこなければ困るわけです。その辺は、商業ベースで調査を行なっている調査屋にとっては一番の悩みどころで、「これ絶対オカシイよなぁ」と判っていながらもクライアントの顔色を見ながら数字を弾かざるを得んこともある。勿論、その辺のクライアント側からの暗黙の圧力と「妥当な数字」の間にどのように折り合いを付けてゆくかというのが、最終的な調査屋の腕の見せ所ではあるわけですが、十中八九、今回の数字はそんな感じの担当者の苦悩の末に出てきた数字であると予想します。

但し、実は別所で行なわれたサンズ社に対するヒアリングなどでは、同社幹部から「1兆円という数字はあくまで当社の日本市場にどんな投資も厭わないというコミットメントを示すものであり、金額そのものに重要な意味はない」とか、「当社としては1.5兆円程度の市場規模を予想している」などというコメントが出ているなどという話も漏れ聴こえてきており、CLSAとしては大変残念な結果になっているところ。事実、CLSAと大阪商業大学論集以外の多くの調査研究では1兆から1.5兆円程度の数字を予測値として挙げるものが多く、私としてもせいぜいその辺を最大値としながらあとは開発要件や税率次第で下振れしてゆくのではないか?と思っておるところです。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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