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ギャンブル依存症対策: 公認心理師法案の早期成立を

木曽崇国際カジノ研究所・所長

厚労省の依存症に関する統計発表によって、俄かに盛り上がるカジノ合法化の反対論。例えば毎日新聞などは以下のように騒ぎ立てるわけです。

社説:ギャンブル依存症 深刻な実態を直視せよ

http://mainichi.jp/opinion/news/20140818k0000m070118000c.html

ギャンブル依存症は精神疾患の一つである。ギャンブルそのものを否定するつもりはなく、自分の責任で楽しんでいる人が大多数であるのは事実だが、薬物依存と同様にギャンブルをやめると手の震えや発汗などの症状が表れ、治療が必要になる人がいる。さまざまな刑事事犯や家庭内での暴力の原因にもなり、苦しんでいる家族は多い。日本の発症率は諸外国に比べ高いとされる一方で、治療に結びつく人は極めて低い。カジノ法案が臨時国会で本格審議されるが、ギャンブル依存症対策こそ急がねばならない。[…]

もちろん、言っている事は非常に正しくて、我々カジノ推進派だって同様に依存症対策の実施を願っているワケです。ところが反対派の論調というのは「依存症対策が不十分にも関わらず、カジノを合法化するなんてトンデモナイ」という反対論に帰着するのみで、肝心のどういう対策を行なうべきなのかに関しては全く言及しない。その種のものは、残念ながら「反対のための反対論」にしかならないのであって、なんら発展的な帰着を得ません。

幾つか前の投稿で書いたとおり、ギャンブル依存症というのは依存者自身の持っている家庭環境や労働環境、遺伝子的な特性などなど様々な複合要因によって生まれてくるものです。よって、その根源的な要因の解決には、ギャンブルに対する問題だけではなく、包括的な「心のケア」の問題として、包括的な対策を考えて行かなければならない。その原因を「ギャンブルの存在」だけに求めてギャンブル廃絶論を展開するなどというのは、ネットゲーム依存で引き篭もっている人の部屋に乗り込んで、回線を引っこ抜いて、PCを窓から投げ捨てれば問題が解決するのだと主張しているのと同じで、非常に愚かしい主張であるといえましょう。

カジノ合法化で新たな依存症は生まれない

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8487055.html

このような、カジノ合法化反対派による「反対のための反対論」の一方で、実は依存症を含めた「心のケア」対策に向けた準備は着実に積み重ねられています。その一つの果実として、今年の6月に国会に提出されたのが「公認心理師法案」です。公認心理士法案はその第一条に法の目的を以下のように定めています。

公認心理師法案

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18601043.htm

(目的)

第一条 この法律は、公認心理師の資格を定めて、その業務の適正を図り、もって国民の心の健康の保持増進に寄与することを目的とする。

これまで我が国の「心のケア」対策は、予防教育の観点から施策を行なう文科省の施策と、医療・福祉の観点から施策を行なう厚労省の施策に分断されていました。それら各心のケアにあたる職種に関しても、文科省系の民間資格である臨床心理士等と、厚労省系の団体が提唱した医療心理師案が個別に存在しており、それぞれが一種の縄張り争いを行なうなど、長らく混乱してきたのが実情です。

しかし、この種の縄張り争いというのは、現時点で心に病を抱えてケアを必要としている人達にとっては、全くもって利にならないもの。そのような小競り合いを解消し、予防教育から医療、福祉までがひと繋ぎとなった心のケアの提供を行なうことを目的として、各種利害者調整がなされ、最終的に提出されたのがこの公認心理師法案。公認心理師は、心のケアを専門とする国の定める資格者として、その最前線にあたる人材を公認するための非常に重要な制度です。

そして、前述のとおり奇しくもこの法案は今年6月の通常国会末に議連側から提出がなされているものであり、カジノ合法化のためのIR推進法案の成立と同様に、この臨時国会での成立が期待されているもの。この法案の成立によって、我が国は本格的な「心のケア」体制の確立に向って多きく動き出すこととなります。

一方、私自身も依存症対策の拡充を心より願うカジノ推進派のひとりとして、以下の提案をしたいと思います。

1)学校教育におけるギャンブルに対するリスク教育の実施

これは私自身も機会があるごとに主張をしてきていることですが、我が国におけるギャンブル依存症対策の最大の問題点は、学校の義務教育の中にあります。我が国の義務教育では酒、タバコに関するリスク教育に関しては、小学校、中学の体育、もしくは保健体育の時間のなかで取り扱うことが、文科省の定める学習指導要領に定められており、義務教育の範疇で扱われています。皆さんも覚えておられると思いますが、タバコで真っ黒になった肺だとか、酒の飲み過ぎでパンパンに腫上がった肝臓などを見せられた、あの授業です。

一方、実は我が国の義務教育の中では、酒やタバコと同様に自らのリスクを訂正判断できる大人になってから、自己判断によって嗜むべきものとされているギャンブルに対するリスク教育は全く行なわれていません。我が国には、カジノ合法化の実現の如何に関わらず、沢山の賭博、およびそれに類する射幸性を持った娯楽が存在しています。ところが、我が国の青少年達は、そのような賭博に対するリスク教育を一切なされることなく、義務教育を終え、社会に放り込まれる。その先で様々な問題が起こるのは、ある意味で当り前の結果であって、このような義務教育上の不備こそが我が国におけるギャンブル依存症問題を大きくしている一因であるといえるでしょう。この点は早急に解消させなければなりません。

我が国では、文科省系の民間資格である臨床心理士を中心として、学校教育の中で「心のケア」を提供するスクールカウンセラーの設置施策が進められてきました。スクールカウンセラーは、これまでどちらかと云うと不登校やいじめ、自殺など、学校のなかで実際に発生する問題に対処する職種として利用されてきました。しかし、「心のケア」施策への本格的な着手にあたっては、現時点で学校のなかで起こっている問題のみならず、依存症を含む様々な心の病の予防教育の観点からも、新たな取組みがおこなわれることを期待します。

また、これら予防教育は職場はもとより、子育てや老人福祉など、根源的にストレスの多いとされる現場においても、同様に求められるものです。これら各分野においても、これまでは産業カウンセラーやケースワーカーなど異なる資格者の元で形ばかりの実施が行なわれてきたものではありますが、これら分野においても同様の予防教育の実施が期待されます。

2)依存症の社会的認知の向上

これはギャンブル依存症に限った問題ではないのですが、依存症のもう一つの課題が、これら「心の病」が病気として社会的に認知がなされておらず、問題行動に対する早期のケアが行なわれないという点です。依存症が病気である限りは、早期発見、早期治療が最も効果的なわけですが、我が国では殊にこの種の心の病を個人の性分や責任感の問題として認知することが多く、そもそも病院に相談にゆくという文化自体が存在しません。

一方で依存症というものは、個人が置かれている環境によって誰しもがかかり得るものであり、同時にギャンブルのみならず世に存在する多くの事柄に対して発生するもの。その他の身体の病と同様に。適切なタイミングで適切な処置が行われることが最大の問題解決となります。そして、この種の適切なタイミングでの処置を実現するためにも、依存症という病そのものの認知向上をより広く行なって行かなければならない。このような広報活動も、これから求められる依存症対策のひとつであるといえるでしょう。

3)依存症に対する研究・医療体制の充実

そもそも、依存症は様々な精神医療分野の中でも後発分野のひとつであり、我が国においても未だ本格的な研究・医療体制そのものが確立していない分野です。また、そのような依存症分野にあって、特にギャンブル依存症はその他の依存症と比べて、研究・医療体制が整っていないといわれており、上記の予防教育・広報分野とは別に厚生労働省を中心とした医療としての支援体制の拡充が必要となると思われます。

上記のような予防教育から医療・福祉に至るまでの一連の対策を行なうためには、政府補助も含めて大きな予算が必要となります。そのための財源に、カジノ合法化によって得られるカジノ税の一部を充当することも一案として考えられるでしょう。少なくとも、カジノ合法化を推進する議員連盟は、そのような意向を示しています。

そして、繰り返しになりますが、上記のような各種心のケアの充実や依存症に対する諸施策は、我が国でカジノ合法化が実現する/しないに関わらず、必要とされているもの。我が国にはカジノは存在せずとも、それに相当する賭博はすでに沢山存在していますし、また賭博のみならず世の中には依存の対象となる事柄というのはゴマンと存在しています。そのようにすでに存在している各種問題の解決を「ギャンブルが悪いからギャンブルをなくせ」「酒が悪いから酒をなくせ」などと、各依存対象の問題へと矮小化することは実質的な問題解決にはなんら繋がらない。今、必要なのは、我が国における包括的な「心のケア」体制を構築することであり、そのためのマイルストンとして今、国会に公認心理師法案が提出されているといえます。

依存症問題に心を痛める国民のひとりとして、今臨時国会における早期の公認心理師法案の成立を強く願って止みません。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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