Yahoo!ニュース

ポケモンGOと観光:「コンテンツ・ツーリズム」なるものの信憑性

木曽崇国際カジノ研究所・所長

さて、昨日は「ポケモンGOを観光振興や地域振興の文脈で語るのは時期尚早である」という趣旨のエントリを書きました。本日はそこから更に論議を発展させてゆきたいと思います。

ポケモンGOのようなゲームを利用した観光振興は、広くは「コンテンツツーリズム」と呼ばれる分野にあたる観光振興手法です。コンテンツツーリズムとは、かつてフィルムツーリズム、もしくはロケーションツーリズムなどと呼ばれていた映画やドラマの撮影隊を地域に呼び込み、その作品を通して地域への観光誘客をしようとする試み。それが近年、特にクールジャパンブーム以降、アニメや漫画などを振興の手段として新たに取り込み、コンテンツツーリズムなどと呼称されるようになりました。

このコンテンツツーリズムは、特にコンテンツ制作サイド、もしくは各作品のファンの方々からいわゆる「コンテンツのチカラ」を示す一つの論拠として異様に「持ち上げられる」傾向があるのですが、観光業界側の人間として私は今のところ話半分程度にしかその種の論を受け止めていません。

これは先のポケモンGOに関するエントリでも述べたことでありますが、この種のあらゆるコンテンツによって集められた観光客というのは、一義的にコンテンツ側にコミットメントのある観光客であって、必ずしもその地域内にリアルに存在する「コト」や「モノ」に愛着があるワケではありません。結局、彼らはその観光を通して相変わらず「作品」を見ているに過ぎず、必ずしもその観光行為が地域でのリアルな消費に繋がるとは限らない。それが、作品の舞台となった風景を写真に収めて、それで満足して帰られてしまうだけのものとなってしまえば、観光政策としては全く意味がないワケです。

また、これはコンテンツの宿命ではありますが、コンテンツには必ず賞味期限があります。勿論、「名作」と言われる作品の中にはその効果の残存期間が長いものも存在しますが、その効果は必ずいつかは潰えるもの。即ち、地域が「コンテンツ」を軸にして観光誘客を図るのなら、その効果が切れないうちに次々に新しい作品を呼び込む継続的な努力を前提とした観光政策を考えなければなりません。

このような前提で考えると、世の中で称賛されているコンテンツツーリズムなるもの全てが、地域の観光政策として意味のあるものとは言えない。先のエントリからの繰り返しとなりますが、コンテンツツーリズムの効果というのはまだまだ検証途中のものであり、流行りモノだからと言ってそこに安易に「全乗っかり」すれば良いものではないことが判ります。

といっても「全てのコンテンツツーリズムが意味ない」と言いたいワケではなく、そこには明らかに成功している事例もあるワケで、例えば個人的にコンテンツツーリズムの成功事例として注目してきた事例は幾つかあるワケです。例えば以下のようなもの。

北海道の観光キャンペーン:

これは恐らく全てのコンテンツツーリズムを目指す人達が参考とするすべき事例。現在、北海道は東南アジア諸国から「雪」を見る為に沢山の人達を集める観光目的地となっている事が有名ですが、実はこの背景にはコンテンツツーリズムによる地域イメージの拡散がありました。

北海道が自身の「情景」を東南アジアに拡散するキッカケとなったのが1997年に東アジア向けの放送チャンネルとして日本の総合商社や放送局が中心となって台湾に設立した衛星テレビ会社JET TVです。北海道のローカルテレビ局である北海道放送(HTB)は、このプロジェクトに数ある在京キー局と並んで地方局として唯一資本参画します。また、HTBはJET TVへの資本参画に合わせて、地元自治体および経済界を巻き込んで「東アジアメディアプロモーション北海道推進協議会」を設立、北海道の風景や特産品などを積極的に東アジアに向けて発信を行うワケです。

またこれに合わせて、北海道は地域全体で映画等のロケーション誘致に非常に積極的に動きました。1999年、北海道で撮影された岩井俊二作品「Love Letter」が韓国において記録的なヒットとなり、北海道に韓国人観光客が多数訪れるキッカケとなりました。その後、2008年には同様に北海道を舞台にした中国映画「狙った恋の落とし方。」が世界的にヒット。この作品によって、中国本土のみならず東南アジア一円の華僑文化圏の中で北海道の存在が知れ渡りました。現在では、特に雪の降らない東南アジア圏において、「人生初の雪を見る場所」として、観光地・北海道の人気が不動のものとなっています。

【参考】

「北海道アワー」の取組み ー北海道テレビ

http://www.soumu.go.jp/main_content/000058708.pdf

要は、コンテンツ・ツーリズムで地域が継続的に発展してゆく為には、一過性のものでしかない「個々の作品」に論議の焦点を当てるのではなく、地域が持つ独自の魅力があらゆる作品を通じて世の中に継続的に発信されてゆく為の「しくみ」に焦点をあてなければならない。その観点が、今語られている多くのコンテンツツーリズムには欠けていると感じるワケです。

「らきすた」「ガルパン」から始まって、現在観光振興の手段として俄かに注目されている「ポケモンGO」など、ここの所、しきりに語られているコンテンツツーリズムはどうもその辺の継続性が論議がなく、作品人気の瞬間最大風速でのみその効果が語られる向きがある。だとすれば、それはあくまで一過性のイベント的なものとして明確に捉える必要があるワケで、そのキャンペーンに要したコスト(人的コスト含む)が、どれ程のリターンを生むのかという短期の事業ベースで見ることが必要。それはそれで必要な商業上の視点ではあるのですが、そこで語られるのは未だに「集客があれば必然的に消費が…」とか「観光に物語性を…」とかボンヤリした事ばかり。それ故、私自身はこの種のコンテンツツーリズム論を未だ話半分でしか受け止めないワケであります。

ポケモンGOに関しては、位置情報を利用したARゲームの宿命としてプレイヤーが観光中もスマホの中の拡張現実世界に張り付いてしまうという観光資源としての決定的な弱点があるワケで、この種のものをどのようにリアル消費に結びつけるのかを地域としては別途論議をする必要があるし、それを「如何にゲームプレイに影響のない形で実現するか」がポケモンGOを集客ツールとして商業展開させる事を狙っているNinantic側の課題でもあると言えるでしょう。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

木曽崇の最近の記事