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シリーズ:ギャンブル依存問題を考える(5)

木曽崇国際カジノ研究所・所長

「本当の依存者支援の成果というのは、依存者が普通に社会に出て働くこと。どれくらいミーティングに参加したかではなく、支援を受ける人達がどれだけキッチリと社会に出ているのかのを評価しないといけないんです。」

本稿は「ギャンブル依存問題を考えるその1その2その3その4」の続きです。未読の方はそちらを先にどうぞ。

木曽:

しかし、依存者支援の形がそこまで多岐に亘ってしまった場合、政策としての評価の手法がなかなか難しいですね。その実績を何で測るか。ポイントはそこですね。

中村:

そうですね。私が一番怖いのは依存者への「支援活動」自体が目的化してしまうことです。支援組織が何人の依存者を受け入れたとか、一定期間に何回ミーティングをやったとか。逆に依存者に対して1年間ミーティングに行き続けているから良いんだとか。こういう実績評価手法の元では、特に支援組織側が「利用者を確保する」ような方向に動くのが怖いです。

ギャンブル依存者向けの支援施設というのはまだあまりないので事例は少ないですけど、例えばアルコールや薬物の依存者向け支援施設なんかで既に起こり始めているのは、そこに利用者が居て、ミーティングをやること自体が目的になってしまって、彼らが社会参加できるようすることが目的ではなくなっている施設がある。

そういう施設では、元依存者をスタッフとして雇用するような仕組みが出来ていて、依存者支援のコミュニティそのものが彼らの雇用を支えていたりします。そうなると今度は彼らの雇用の場を作ってゆかなければいけませんから、より沢山の支援者の対象者を呼び込み、延々とミーティングに参加させ、どんどん施設を増やそうとする。今の依存回復施設の利用の長期化というのは、そういうところがあると思うんです。

木曽:

確かに、多くの支援組織は依存者が一生涯ミーティングに関わって、参加し続けることを前提にプログラムを組んでいる「向き」がありますね。

中村:

でも、依存者がミーティングに来ていることは、本当は実績ではないんですよ。本当の依存者支援の成果というのは、依存者が普通に社会に出て、働くことです。どれくらいミーティングに参加したかではなく、支援を受ける人達がどれだけキッチリと社会に出ているのかというのを評価しないといけない。本当に評価されるべきはその日にミーティングに来た人ではなく、その日、仕事に行ってちゃんと社会参加した人でなければならない。

逆にいえばミーティングで上手く話せることと、社会参加出来ることというのは全くイコールではないんです。ミーティングで上手く話せなくて、また12ステップが全然上手くできなくても、社会に出て生き生きと働ける人は沢山います。逆にミーティングで素晴らしい話をしている人が、そこから出た途端に突然崩れるなんて話もいくらでもあるんですよね。

木曽:

ミーティングでは、そういう依存者に本当に必要な「社会参加の姿」を反映した評価軸にはなり得ない、と。

中村:

そこには思い込みがあると思うんです。施設に入所したら依存行動が止まった。そうしたらミーティングや12ステップが効いていると施設の職員も思うし、私達も最初はそう思っていたんです。でも、今ワンデーポートで見ていると、実は施設入所した時点で家庭環境や社会からのプレッシャーから解放されただけ。施設に居るとお金も管理されるし、構造化されるので、その中で生活すると安定する。仲間と出会うので楽になる。私達がやってみたら、実はミーティングだとか12ステップだとかよりも、こっちの方が大きかったのではないかと思うんです。

一方、施設を退所したら依存行動が再発した。施設を退所してミーティングに参加しなくなったからと思ってたけど、結局、人の目が届かないと自分を制御できないとか、知的な障害や発達の問題があるとか。その他「人から頼まれると断れない性分」で仕事の負荷がかかり過ぎるとか。仕事がうまく出来なかったり、生活が上手くできなかったから依存行動が出たのであって、ミーティングに参加する/しないという問題ではないと今は思っています。

「その6」につづく

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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