よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?

東京オリンピックとリエージュ劇場のロゴ。両サイトより

大きなトラブルとなった五輪のロゴ類似問題。素人目にはそっくりになロゴに対し、審査員をはじめ多くのデザイナー達が「まったく違う」と反論していたのが印象的でした。しかし、不透明かつ説明不足の審査委員会もあいまって、残念ながらこれらの発言は身内を守るものと解釈されてしまいました。また画像の盗用問題により、本来なら行われるべきだった、冷静な議論などは完全に失われてしまいました。

なぜデザイナーと世間において、これほど大きな認識の違いが生まれたのでしょうか?本稿では、デザイナーと世間の間にある「類似性のギャップ」に関しできる限りわかりやすく説明します。最大公約数的な意見としては、このような感じではないかと思います。

全体の構成としては、まず類似性は鑑賞者の文化背景に依存することを説明します。その上で、前提知識として、デザインの本質や、文字を用いたデザインの類似性についての基礎知識を解説します。その後、リエージュと五輪ロゴそれぞれの設計コンセプトを分析し、商業デザインにおける類似の基準を考えます。

お読みになるまえに

本稿は、デザイン業界と世間一般の「類似性に関するギャップ」を説明するものです。

問題を切り分けるために、トートバッグや空港写真などの盗用問題や、ロゴの良し悪し、作者の人格、審査委員会そのもの等については、本稿では扱っておりません。あらかじめご了承ください。

「井」は「#」のパクリか?

まず、みなさんに質問です。

漢字の「井」は、番号記号である「#」のパクリでしょうか?

要素だけで考えると、明らかな模倣に見えます。でも皆さんは「似てるけど明らかに別物だよね」と感じているはず。なぜ私たちは、これらが完全に違うモノだと直感的に理解できるのでしょう?

その理由は簡単で「私たちが日本語と英語の知識を持っているから」です。では逆に、文化を共有してない人々(たとえば宇宙人)が、これらの文字を見たとしたらどうでしょう?おそらく同じものだと思うはずです。つまり、あるモノと別のモノと同じに見えるのかどうかは、知識や文化に左右されるのです。

これらの違いを理解できるのは、私たちが文脈や前提を知っているから
これらの違いを理解できるのは、私たちが文脈や前提を知っているから

今回のロゴに関する会見では、「デザイナーから見れば似ていない」と主張するばかりで、どうして問題ないのかを説明されてませんでした。これではデザインの文脈を知らない人々からみれば、明らかに説明不足です。村社会の決まりごとを見せられたような気分になったのも仕方ありません。類似性の齟齬は、コミュニケーション不足が生んだ典型的なカルチャーギャップです。

今回のカルチャーギャップによる行き違いを解決する方法は2つあります。1つは「デザイナーが市民にわかりやすく説明すること」。もう1つは「市民がデザインについて理解すること」です。そしてこの記事は、まさに相互理解の足がかりを意図しています。

  1. モノの類似性は、見る人の文化的背景によって変化する
  2. デザイナーと一般市民の間でカルチャーギャップが起きてる
  3. 相互理解するにはデザイナーは丁寧に説明し、大衆も耳を傾ける必要がある

前提知識1:デザインとは何か

そもそもデザインとは何でしょうか。よく誤解されますが、デザインとはモノを綺麗にすることではありません。美しくすることはスタイリングという、デザインの仕事の一部分にすぎないからです。

デザインの日本語訳は、装飾ではなく設計です。そしてデザインの本質は「課題を解決すること」と「新しい価値を提案すること」です。美しくすることも、使いやすくすることも、課題を解決するための手段(差別化、ミスを無くす、欲望の喚起等)にすぎません。

現在のデザインはシンプルを志向する一方、シンプルな構成は20世紀に使い尽くされてしまいました。このため、現代のデザインにおける評価基準は造形部分だけでなく、ソリューションの落とし込み方や、コンセプトにたいする比重が増えてきています。このようなデザインの評価や倫理の軸においては、「アウトプットの形状が似通っても、そこに至るまでのコンセプトや道筋に独自性があれば違うものとして評価する」という暗黙の了解が生まれています。これは法律上は「同じアウトプットでも、自分で考え出した場合は著作権侵害とならない」というのが裏付けなのかと思います。一方で対外的な類似性の問題については、商標や意匠登録などで処理をします。商標の場合は、基本的に先に申請したものが勝ちとなります。

  1. デザインの本質は「課題解決」と「価値提案」
  2. 「美しさ」は「売る」や「文化レベルを高める」という課題への手段にすぎない
  3. いかに適切な手段で解決するかが重要

前提知識2:文字のデザインと類似性

アルファベットは26文字しかないため、文字を使ったデザインの類似性は非常にデリケートです。文字デザインでは歴史的経緯で様々な作法があり、オリジナリティと慣習の区別が難しいこと。そもそも26文字しかないため、バリエーションに限界があり類似しやすいことなどが原因です。

今回の類似性を理解するには、前提としてステンシル書体を知っていなければなりません。これは製図やレタリングで使われるステンシルテンプレートをモチーフとした書体の通称です。リエージュや、チヒョルト展の文字デザインは、このステンシル系の書体をベースにしています。

ステンシル書体。文字の接続部分に隙間がある
ステンシル書体。文字の接続部分に隙間がある

ステンシル書体の特徴は、文字の要所要所が分割されていることです。Tの文字の場合は、左右の水平部分が縦棒と分割されています。つまり、リエージュとチヒョルト展のロゴにあるTやLの文字の分割具合は、「ステンシル書体のお約束」なわけです。この「Tを分割する行為」そのものはデザイン上のオリジナリティではありません。このようなデザインのTを持つ書体は、数千個という単位で存在します。

Tの水平部分にあるスペースは、ステンシル書体の作法であり作品の独自性ではない
Tの水平部分にあるスペースは、ステンシル書体の作法であり作品の独自性ではない
  1. ステンシル書体という書体ジャンルがある
  2. リエージュロゴ、チヒョルト展ロゴは、このステンシル書体に属する
  3. ロゴのTが分割されてるのは、ステンシル書体(のローマン系)の作法。

リエージュのコンセプトは合字

欧文には合字という、文字のペアを合体させる表現があります。

合字の例。文字ペアの合体は、欧文活字の普遍的な作法の1つ
合字の例。文字ペアの合体は、欧文活字の普遍的な作法の1つ

リエージュのロゴは、この合字という文脈でTとLを合体させたものがベースです。合字そのものはリエージュのオリジナルではありません。リエージュのオリジナリティは、「Tの右半分を上下反転して、1文字でTLの合字を表現した」という点です。また、隠し味として外円の同心円で、TLの曲線をあしらっています。リエージュのロゴにおける、デザイン上のポイントは以下の3点となります。

画像

よくみるとTの水平部分にスペースがあるリエージュにたいし、五輪ロゴでは水平部分が縦棒と密着しています。これはステンシル体がベースとなったリエージュに対し、五輪ロゴではDidotやBodoniなどのローマン体をベースにしているためです。

画像

以下の2枚の画像は、リエージュのデザイン展開です。これを見ると一目瞭然で、ロゴは明らかにステンシルをベースにしており、ステンシル穴を生かして他のものと重ねることを前提とした設計になっているのがわかります。正直、委員会は反論時にこちらの画像を説明するのがよかったのではないかと思います。

リエージュ名刺。実際に穴があけられていることからステンシルの文脈であることがわかる
リエージュ名刺。実際に穴があけられていることからステンシルの文脈であることがわかる

debe graphic designより引用

デザイン展開。後ろから色を重ねているのもステンシルベースの根拠。
デザイン展開。後ろから色を重ねているのもステンシルベースの根拠。

debe graphic designより引用

  1. ステンシル系の書体がベースであり、Tの分割の仕方はオリジナリティではない。
  2. TとLの合字を、独自解釈で発展させたのがオリジナリティ。
  3. Tの水平部分のカーブを、外円とうまくからめたのもオリジナリティ。

五輪ロゴのコンセプトはモジュール

画像

一方で五輪ロゴのコンセプトは、「モジュール(パーツ)の組み合わせ」と「オリンピックとパラリンピックの両ロゴの互換性」です。基本設計として3x3のマス目上のグリッドがあり、このマス目上に丸、三角、四角を配置していくことで、複雑な形を無限に生み出せること。その生み出した形で、ロゴだけでなくあらゆる付属デザインできる・・・というのがポイントです。

ロゴを構成する基本モジュール
ロゴを構成する基本モジュール

選考委員会が何度も強調していた「展開力」というのは、この点を指していたと思われます。モジュールの組み合わせで、ポスターも壁面も服も作れます。このためブランディングツールとして、柔軟性や統一感において強みがあります。この点が、従来のオリンピックロゴにないアプローチとして高く評価されたのだと思われます。

ロゴの最大のポイントは、無限のバリエーションによる展開力
ロゴの最大のポイントは、無限のバリエーションによる展開力

Art Annualより引用

「展開力」が高く評価された一方で、商標面では大きな課題がありました。それはアルファベットをモチーフにしている点です。アルファベットモチーフは、類似性のあるロゴが大量に存在しえます。また、そもそもアルファベットそのものを商標登録するのは難しい問題があります。結果、「モジュール」というコアコンセプトを守るために、表面上の意匠調整を受け入れたと思われます。

意匠の調整にあたり、亀倉雄策による1964年の東京オリンピックロゴが浮上します。

1964年の東京オリンピックロゴ
1964年の東京オリンピックロゴ

「亀倉オマージュ」として円の要素が追加することで、全体シルエットを「Tを連想させるなにか」へシフトさせ商標問題を回避しました。このような変更が許されたのも、コアコンセプトの「モジュール」という部分がしっかりキープされていたためでしょう。

2015ロゴに潜む亀倉雄策ロゴのオマージュ
2015ロゴに潜む亀倉雄策ロゴのオマージュ

コクブカメラさんのTweetより引用

ところが、商標回避のために行った修正が、予想外の展開を引き起こすこととなりました。商標チェックの外側からあらわれた、リエージュロゴの出現です。

画像

一部画像については、オリンピック動画、記者会見より引用

  1. モジュールという手法はオリジナリティではない。
  2. モジュールの組み合わせで、両ロゴを作ったのはオリジナル。
  3. 同じモジュールで、全ての周辺物も作る提案はオリジナル。
  4. 円による亀倉オマージュは、初期案の商標回避に後付けされた差別化処理でありオリジナリティ(だが、結局リエージュとかぶった)

商標調査について、なぜリエージュロゴは事前に発見できなかったのか

シンプルに、この世にある全てのロゴが多すぎるのです。世界に登録済みの商標はヘタをすると億単位です。1年に出願される意匠登録は日本で5万件ぐらい、中国で45万件ぐらいらしいです。(意匠と商標が混ざってたので一度外しました。)未登録の野良ロゴは、この数十倍存在すると考えられます。これはもう全部をチェックするのは不可能ですね。なのでリエージュのロゴのように、未登録のロゴを事前に考慮するのは、たまたま担当者がその劇場ロゴを知っていない限りは不可能なわけです。

このため可能な限りのチェックとして、通常は世界中のロゴの商標チェックを行い、それにパスすることで「問題はない」と判断します。なぜ著作権法ではなく商標を使うのか?それは著作権法だと「アウトプットが同じでも、自力で考え出したならオリジナルと認められ、著作権侵害にならない」からです。なので申請が必要な商標が重要となります。

一般的にロゴの類似性調査を真面目に世界規模で行うと、ロゴの作成には数千万から億単位のお金がかかると言われます(今回は日本でなく、IOCが負担してくれた)。なぜ、これほどのお金がかかるかというと、商標調査だけでなく、各国の弁護士などと長期間の顧問契約をおこない意見をすり合わせる必要があるためです。これを全てのベルヌ条約などの加盟国で行います。国や文化によってはタブーとなるマークや模様も存在し、調整は非常にデリケートとなります。そんなこんなでロゴ作成は金食い虫で、アクセンチュアのロゴとか100億ぐらいかかってると言われたりします。商標チェックにパスするロゴの作成と調査は、軽々しくできるものではないわけです。

100億かかったと噂のアクセンチュアロゴ。アクセンチュアより
100億かかったと噂のアクセンチュアロゴ。アクセンチュアより

調査がここまで大変ということになると、ロゴを事後修正する現実味がわかります。次点候補であらためて調査を行うと、また億単位のお金が必要になってしまいます。結果、候補Aを微修正することで商標をパスできるならば、候補Aを修正しようという判断も十分にありえます。

ここまで高コストだと、画像検索を使って事前調査をすればいいじゃん・・・という意見もありますが、次に説明する秘匿性の問題のため、非常に難しいと考えられます。

商標調査と秘匿性について

ロゴというのは秘匿性の高い情報で、徹底的に隠蔽される必要があります。なぜなら、万が一にもロゴが流出し、類似意匠が先行発表されたり登録されてしまうと、もうそのロゴの使用が不可能になってしまうためです。このため画像検索など、ロゴデータが第三者のサーバーに送信される調査は、そう簡単には行えません。

ロゴの審査が密室化したり、公開投票しにくいのも同様の理由からです。途中経過の情報をベースに、悪意ある第三者によって類似ロゴで商標を抑えられたりしたら、やはり全てが台無しになってしまいます。再コンペではこの辺りが最大の課題となるでしょう。

両ロゴの類似性

ここまでの前提があって、ようやくデザインの類似性を判断できます。

まず視覚的な要素を考えた場合。どちらもTを内包していたり、同心円をベースにした処理をしているため視覚的には類似部分が多々散見されます。特に一般層から見た場合に「特徴的な類似」と判断されるのは、右下のLのような部分でしょう。一方で全体シルエットは、リエージュロゴは円形、五輪ロゴは四角形であり類似はしていません。

ロゴの機能、視認性とアイデンティティで考えた場合はどうでしょう。視覚要素レベルでは類似要素があるものの、相対としてのシルエットは正方形と円形で異なっています。また、遠目みた場合、縮小した場合、ボカした場合などでも、それぞれは容易に認識できます。このため、ロゴの機能としては、両者は差別化されていると判断してよいでしょう。

次にコンセプトで考えた場合はどうでしょう。リエージュロゴは合字をベースにしており、コアコンセプトは「Tの右半分を反転してLを生み出した部分」です。一方で、五輪ロゴは「モジュールによる汎用性」がコアコンセプトであり、両者は全く違うと判断される。(ただし表現レベルのコンセプトとして、「TやLのリガチャ部分に円を用いた」という部分はかぶっており、視覚要素上の類似性が生まれている。)

法律面について。こちらはリエージュが商標登録をしていないようです。これは特許をとらなかった発明と同じようなもので、ロゴの独自性を主張するならば本来は押さえておかなければいけないものです。世界中の全ロゴに対する独自性は誰にも保証できないため、通常は商標のパスをもってビジネス上の可否や、法律的な判断をします。著作権は「自力で考えた場合のネタかぶり」が合法なので、商標での判断が重要なわけです。普通に考えれば五輪ロゴの圧勝なのですが、問題をややこしくしているのはトートバッグや空港写真の盗用問題。この盗用問題が「自力で考えた」という部分を破壊した場合には、著作権違反になっちゃうのかなと思います。リエージュの勝ち目はこの辺ではないかと思います。

最後に感情面について。劇場やチヒョルト展のデザイナーが怒ったり、不快感を示すことは自然なことです。盗作、偶然の一致、無意識の刷り込みを問わず、自分の仕事に酷似したものが出て来れば、当事者が不快になるのは仕方がありません(特に、一方的に断言されたり、メディアで三下ゴロ扱いされたらなおさら!)。ただ、そういった曖昧な問題は当事者同士で話しをつけるべきであり、第三者が口を出すべき問題ではないでしょう。公に争うならば、まずは法律、ついで商慣習や裁判などで解決すべきだと考えます。

以上、様々な専門的な側面から総合的に比較をしてみました。視覚要素では一部類似が発生するものの、総合的には両者は十分に違うものであると考えられます。特にもっとも重要なコンセプト部分が明らかにことなります。このためリエージュと五輪のロゴは、感情的な側面を排除して考えれば、違うものと判断してよさそうです。

  1. 視覚的な要素としては、両者は主要部分が類似している。
  2. コア・コンセプト面では、合字とモジュールという異なった設計思想である。
  3. 機能面では、遠距離から判別できるため、ロゴとしては差別化されている。
  4. 法律面では、リエージュが商標未登録のため、問題ないと判断される。
  5. 感情面を排除すれば、「問題ない」と判断される可能性は高い。

まとめ

全てのデザイナーを代弁したものではありませんが、タイポグラフィ系のデザイナーの話を聞く限り、デザイナーの間ではおおまか上記のような思索がベースとなり、「似ていない」と判断しているようです。あらためて読み直すととても長いですね。説明にこれだけかかる複雑なコンテクストです。普通の人がいきなり「デザイナーが協議した結果、問題ないとわかった」と言われても、納得できないのも道理ですし、視覚的な印象しか評価軸がないのも仕方のないことです。

結果的に「デザインは大衆がよいと感じたものが一番だから、大衆が選ぶべき」という声があがりつつありますが、それはそれで乱暴な考えです。なぜなら大衆がジャッジできるのは、デザインにおける直感的な良し悪しだけだからです。ところが前述したように、デザインは課題解決や設計であって、美しさやキャッチーさは全体の一部でしかありません。今回の軸となった展開性であったり、文脈、文化的な意義、あるいは5年後にも飽きがこないか?といったことは、ある程度の専門知識がなければ評価できないことです。このあたりのお話は【佐野氏エンブレムのどこが良いか】によくまとまっています。

形状の第一印象だけでデザインを評価することは、建築におきかえて「ビルは外見さえよければ強度設計どうでもいい」としたり、あるいは芸能におきかえて「開会式は人気アイドルでわかりやすくすべき」と例えれば、単純な印象やポピュリズムでデザインの判断をする危険性が想像しやすいかもしれません。

警察や弁護士のように、本来は専門性の高い意思決定は、信任によりプロへ権限委託されるべきものです。今回の「類似」のようなテクニカルな問題の場合なら、デザイナ、弁護士などですね。しかしながら、日本においてはデザイナーの地位が低い上に、選出過程が不透明だったり、選考理由の説明が適切にされなかった点…などが重なり、国民の納得を得ることができず権限委託に失敗しました。そして盗用騒動(あくまで盗作ではなく盗用です)によって、基盤となる「プロへの信用」が破壊されてしまった…というのが、現状の認識かと思います。

ネット普及期における未曾有の暴走とはいえ、問題の根本的な責任はデザイン界側にあるかと思います。なぜならば今回は、十分な透明性や説明なしに、委譲された権限を行使した結果による炎上だからです。コミュニケーション設計がデザインの一部である以上、エンドユーザーへのコミュニケーションや説明はデザイナーの義務です。ネットにより全てが融合した現在では、正当性や合法性を自分たちが理解していれば大丈夫・・・という考えは潜在的なリスクとなります。専門分野外の人々へも、しっかりとした説明とコミュニケーションを行う。そういったことを地道に積み重ねるしかないのかなと思います。

まとめ

  1. 大衆によるデザイン判断は、外見やキャッチーさに集約されてしまう。デザインの一側面しかジャッジできない。
  2. 多面的にジャッジするためには、デザイナや弁護士など専門家への信任が必要。
  3. デザイン業界は説明とコミュニケーションを怠り、盗用騒動もあいまって信任を得られなかった。
  4. 信頼を取り戻すには、業界全体で丁寧な説明やコミュニケーションを積み重ねるしかない。

以上もろもろ。周辺のデザイナーさんにも内容チェックは依頼しましたが、認識齟齬などがある場合はコメント欄などで教えて下さい。

追記および修正

  1. 「一目瞭然」の誤字修正
  2. 「ガチ」を「本気」に修正
  3. 特定のタレント名があったので「人気アイドル」という表現に変更
  4. 結論部分の表現を変更
  5. 「専門家への信任」がデザイナー限定と解釈されていたので、「デザイナや弁護士など専門家」に修正
  6. ブラケットという用語は間違いでピーグが正解。「Tの水平部分」に修正。