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PM2.5と黄砂の情報の問題点

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授

6月の黄砂飛来は珍しいということで、昨日(12日)から今日(13日)にかけて、西日本各地の空の霞みの画像とあわせて報道がなされました。しかし、この霞みは、黄砂よりもPM2.5の影響の方が大きかったようです。

黄砂の観測

以前の私の記事「黄砂の観測はどのようにしているのか?」で解説したとおり、黄砂の観測は、国際基準にしたがって、各地の気象台が目視で行っています。気象庁は、観測機器を用いて黄砂を観測しているわけではありません。風上側で黄砂が観測されているかどうか、黄砂が飛来する季節かどうか、最近では気象庁以外の測器で黄砂の特徴がとらえられているかどうか、などといったことを総合的に判断して、空が霞んでいるときに、各気象台で黄砂が飛来したかどうかを判断しています。

PM2.5の観測

一方、PM2.5の観測は、環境省の指示のもとに、各地方自治体が専用の観測機器を用いて実施しています。2013年以降のPM2.5「騒動」により、地域住民への情報提供などの観点から、観測地点が充実してきています。観測の数値データは、各自治体のホームページで速報値が掲載されているほか、それらのデータをまとめた環境省の「そらまめ君」のホームページで見ることができます。

PM2.5と黄砂の情報提供の問題点

現在の日本では、黄砂が単独で飛来することは珍しく、人間の社会経済活動起源の微粒子が多くを占めるPM2.5とともに黄砂が飛来することがほとんどです(一方、PM2.5は黄砂なしでも頻繁に越境飛来してきます)。昨日(12日)から今日(13日)にかけても、西日本ではPM2.5の濃度がかなり上昇しているにもかかわらず、黄砂が観測されたことだけが報道されている場合がほとんどです。これは、PM2.5と黄砂に関する情報提供が、現状では非常にバランスが悪いために生じています。

問題点の1つは、情報の出所が、黄砂は気象庁、PM2.5は各自治体と異なることです。黄砂の場合は、気象庁が全国の情報を一括管理しているため、日本のどこかで黄砂が観測された時には、気象情報キャスターなど、報道機関にも認識されやすい状況です。一方、PM2.5の場合には、基本的には各自治体が情報を出しているため、各地域から情報がばらばらに出てくるため、報道機関は広域的な状況を把握しにくい状況です。

もう1つの問題点は、観測の記録のしかたです。黄砂は、各気象台による目視観測ですから「アナログ」である一方、PM2.5は、各自治体による専用機器での観測ですから「デジタル」です。さらに、各気象台では、黄砂以外で空が霞んだと目視で判断した場合には、「煙霧」という記録を残すのですが、基本的には、「黄砂」が記録された場合には、「煙霧」は上書きされてしまい、記録には残りません。「煙霧」の原因のほとんどはPM2.5なのですが、黄砂とPM2.5のどちらの影響が多いかどうかには関係なく、少しでも黄砂が飛来したと判断すると、気象庁での記録は「黄砂」になってしまいます。気象庁の黄砂と煙霧の情報がアナログであることが、このような状況を生んでいます。

結局、何が問題なの?

黄砂が多く飛来してきているのか、あるいはPM2.5が多く飛来してきているのかで、健康に対する影響が異なるのです。黄砂もPM2.5も、気管支や肺など呼吸器系に影響があることは、多くの方が認識されていると思います。実は、PM2.5に関しては、黄砂よりもサイズが1桁ほど小さく、肺から血液の中に取り込まれてしまうため、呼吸器系以外に、循環器系にも影響を及ぼすと考えられています。したがって、空が霞んでいるとき、黄砂が主な原因なのか、あるいはPM2.5が主な原因なのかを区別することは、非常に重要です。

黄砂やPM2.5に関する情報は、生命にも関わる情報となり得るので、情報の受け手が正しい判断ができるように、関係省庁・各自治体・報道機関の方々は意識して頂ければと思います。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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