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PM2.5が引き起こす気候変動

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:ロイター/アフロ)

国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が、11月30日にパリで開幕しました。温室効果気体の排出抑制に関する国際的枠組みについて、合意に達するかどうかが注目されています。

ところで、PM2.5は、大気汚染を引き起こして、健康に悪影響をもたらすことが知られていますが、このPM2.5が気候変動も引き起こすことを知っていますか?しかも、温室効果気体とともに、今後の地球温暖化の度合いをかなり左右する可能性があります。

地球の気候は、入ってくる太陽光のエネルギーと、出て行く赤外線のエネルギーのバランスで成り立っています。例えば、二酸化炭素をはじめとする温室効果気体が増加すると、地球から宇宙空間へ出て行く赤外線の量が減少するので、地球が余分なエネルギーを蓄えることになり、地球は温暖化します。一方、PM2.5は、主に、地球に入ってくる太陽光のエネルギーのバランスを崩します。

PM2.5による気候変動のしくみ その1

「空がかすむと気候変動」

PM2.5の濃度が高いときは、空がかすんで見えます。これは、PM2.5が太陽光を様々な方向に散乱するという現象を見ていることになります。太陽光を余分に散乱してしまうと、地上近くまで届く太陽光が減ってしまいます。つまり、地球が受け取る太陽光のエネルギーが減少するという結果になります。

ただし、PM2.5には、透明もしくは白っぽい微粒子が多いのですが、なかには煤(すす)のような黒っぽい微粒子も含まれます。黒っぽい微粒子は、太陽光を散乱するほかに、太陽光を吸収する効果も持っているため、大気にエネルギーを蓄えやすくします。黒っぽい服の方が、太陽光を吸収して暖まりやすいのと同じです。

PM2.5による気候変動のしくみ その2

「PM2.5が雲を変える」

もし空気中にPM2.5をはじめとする微粒子がまったくないと、地球の空には雲は存在しません。湿度が400%ぐらいあれば、PM2.5がなくても雲はできますが、実際にそのような湿度にはなりません。PM2.5をはじめとする微粒子に水蒸気がくっついて、ごく小さな水の粒が作られます。それが雲です。また、微粒子には、小さな水の粒を凍らせる働きを持つものもあり、氷の粒でできた雲の生成にも重要な役割を果たします。

PM2.5は雲の原料なので、その濃度が変わると、雲の性質を変えることになります。日常生活で体験できるように、雲はもともと太陽光を散乱して、地上付近に届く太陽光を効率的に減らす効果を持っています。PM2.5の量が増えると、雲を構成しているごく小さな水の粒の大きさが、より小さくなります。これを太陽光の立場から考えてみると、粒の大きさが小さくなるほど、粒と粒の間の隙間が埋まってしまい、すり抜けることができずに粒にぶつかりやすくなってしまいます。こうして、太陽光が散乱しやすくなり、地上近くまで届く太陽光が減ってしまいます。つまり、地球が受け取る太陽光のエネルギーが減少します。

PM2.5は地球を冷やしてきた

以上、PM2.5による気候変動のしくみの説明を読んでお気付きだと思いますが、PM2.5の量が増えると、結果として地球が冷えると考えられています。私も執筆陣の1人でありますが、これまでの様々な研究を統合した気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、地球の平均気温は、産業革命以降に約0.8度上昇してきましたが、もしPM2.5の濃度が上昇していなければ、この温度上昇にさらに約0.5度上乗せがあったと見積もられています。PM2.5による地球冷却化というのは、一般にはあまり知られていませんが、結構大きな効果があると思いませんか?

地球温暖化対策と大気汚染対策を同時に進めることが重要

PM2.5は、健康に直接悪影響を及ぼすため、削減する努力は当然しなければなりません。実際に、日本などの先進国では公害対策を進めて、大気汚染は改善してきました。しかし、PM2.5を減らすことは、地球を冷やしてきた効果を取り除いていることにもなります。つまり、大気汚染対策のみを進めると、増え続けている温室効果気体による地球温暖化が加速するということです。したがって、大気汚染対策は効果をあげた一方、地球温暖化対策は不十分であるという先進国は、問題を大きくしているとも言えます。地球温暖化対策と大気汚染対策を同時に進める以外に道はないという国際的な共通認識を、大気汚染が現在深刻となっている新興国や途上国とともに持つ必要があるでしょう。

これまでにPM2.5や温室効果気体が増えてきたのは、いずれも大部分が石炭や石油などの化石燃料を使用してきたことによります。化石燃料の使用を今すぐ減らしていくことが、対策の王道ではないでしょうか。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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