Yahoo!ニュース

PM2.5濃度の急激な変化の原因

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:ロイター/アフロ)

11月30日から2日間ほど、北京の大気汚染がひどい状況となったため、報道等を通じて知っている方々もおられると思います。北京にあるアメリカ大使館で測定されているPM2.5濃度は、Twitterで公開されていますが、1立方メートルあたり600マイクログラムを超える時間帯もあったようです。理想的な状態として設定される「環境基準」は国ごとに異なりますが、PM2.5の場合、日本では1日平均1立方メートルあたり35マイクログラムに設定されています。また、日本の多くの自治体では、同70マイクログラムを超えそうな場合は、注意喚起をすることになっています。このことから、600マイクログラムというのは、いかにひどい状況かがわかると思います。

しかし、12月2日の朝になると、北京の状況は一転、PM2.5の濃度は10マイクログラム以下に下がりました。快晴で、きれいな青空が広がっているようです。ただし、最低気温は毎日氷点下なので、PM2.5の濃度上昇の1つの大きな原因として考えられている石炭を使った暖房器具は、引き続き動かしているはずです。それでは、なぜ、1日違うだけでPM2.5の状況が一転するのでしょうか。また、中国でPM2.5が高濃度になったからといって、日本へそれが必ず運ばれてくるわけでもありません。そこには、どのようなメカニズムが隠されているのでしょうか。

気象条件に大きく左右されるPM2.5濃度

大気汚染物質の発生源付近でPM2.5の濃度が高くなりやすいのは、冬季です。それは、冬の方が大気が安定しやすいからです。大気が安定しているというのは、空気の移動が起こりにくいということなので、大気汚染物質も発生源付近にとどまりやすいのです。これが、中国の都市部で冬季に汚染がひどくなる大きな原因です。そこに、家庭でも暖房や調理のために石炭を使うという要因が重なります。

この大気が安定した状況が崩れると、とどまっていた大気汚染物質が動き始めます。風に乗って他のところへ運ばれたり、運ばれる途中で地面へ落ちたりします。12月2日に北京の状況が改善されたのは、(弱い)寒冷前線が東へ移動していき、それに向かって風が吹いてきたことが主な理由と考えられます。

PM2.5越境飛来のパターン その1

寒冷前線後方型

前線というのは、空気が集まってくる場所のことです。したがって、PM2.5も前線に集まってくる傾向があります。特に寒冷前線付近は空気の流れが強いので、PM2.5も集まりやすくなります。今回の北京の大量のPM2.5も、下の図のように、寒冷前線に集められて北京を離れて行きました。集められたPM2.5は、長い距離を運ばれる可能性があります。日本でPM2.5が高い濃度になる1つのパターンが、寒冷前線に集められたPM2.5を多く含む空気が通過することです。ただし、このパターンの場合には、高い濃度の状況は長くても1日程度です。寒冷前線が過ぎてしばらくすれば、濃度は下がります。

PM2.5越境飛来のパターン その2

移動性高気圧型

一方、特に西日本の方々は、春季に何日も空がかすむ状況が続くことを感じているかと思います。それがもう1つのパターンです。春になると、移動性高気圧が西から東へ移動する状況が生まれます。つまり、高気圧の安定した空気が、ゆっくりと西から東へ移動するということです。この空気が、移動元でPM2.5を大量に含んでくると、当然移動先でもPM2.5の濃度が高くなります。移動性高気圧におおわれている2〜3日の間、高濃度の状況が続くことがあります。少し細くいうと、高気圧のまわりの風の流れから、移動性高気圧の中心が太平洋沖にあった方が、日本のPM2.5の濃度が高くなる傾向があります。

細かい予測はコンピュータシミュレーションが必要

PM2.5が越境飛来しやすいパターンには、2種類あることを説明しました。ただし、きちんとした飛来予測をする場合には、天気図を眺めるだけでは難しいです。私は大学の一教員ですが、日本ではPM2.5のオフィシャルな濃度予測が運用されていない現状があるため、別の研究目的で開発したコンピュータソフトウェアを活用して、8年ほど前から無償でPM2.5の予測情報を毎日提供しています(SPRINTARS大気微粒子予測)。ちなみに、「別の研究目的」とは、別途記事にした「PM2.5が引き起こす気候変動」を調べることです。私が提供しているPM2.5の予測情報は、西日本、特に九州を中心として、報道機関なども通じて、広く国民の皆様に活用して頂いています。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

竹村俊彦の最近の記事