Yahoo!ニュース

自民党の政権公約を検証する

竹中治堅政策研究大学院大学教授

自民党の政権公約に対する疑問

本日12月4日に総選挙が公示され、16日の投票に向け選挙戦が始まった。

現在最も勢いのあるのは自民党である。最近の読売新聞社や朝日新聞社の世論調査によれば、最も多くの回答者が比例区の投票先として自民党を挙げている(読売新聞25%、朝日新聞20%。『読売新聞』11月26日、『朝日新聞』12月3日)。自民党が政権を担う可能性は高く、我々は政権公約を注視する必要がある。

自民党は11月21日に政権公約を発表している。しかし、経済政策に関しては不明点がいくつもある。そこでその中で金融政策と財政政策に注目し、希望も交えながら疑問点を提起したい。

まず、金融政策について自民党は従来以上の金融緩和政策を求めている。これはもっともな政策であろう。ただ、安倍晋三自民党総裁は日本銀行に財政赤字の穴埋め(財政ファイナンス)を求めているのではないかと誤解を招く発言を行っており、不安が残る。一方、財政政策の基本方針として財政健全化を掲げている。ところが、個別の政策は財政支出の拡大につながるものが多い。あえて言えば、公共事業に象徴される「古い自民党」的政策と社会保障の充実を目指す「民主党」的政策が混在している。すべて実施した場合、健全化が可能か疑問である。

本稿では金融政策、財政政策の順で議論する。最後に予想される反論に簡単に触れて議論を終えたい。

大胆な金融緩和政策

金融政策から始めよう。

自民党は公約でデフレ脱却のために「物価目標(2%)を政府・日銀のアコード(協定)で定めるとともに、日銀の国債管理政策への協調などにより大胆な金融緩和政策を断行」することを謳い、「日銀法の改正も視野に」入れると宣言する。日本銀行が一層の量的緩和を行い、供給する通貨の量=マネタリーベースを増大させることを求めていることは間違いない。

近年の経済の低迷と日本銀行の金融政策の関係については経済学者の間で盛んに議論が行われている。直近では、岩田規久男氏が『エコノミスト』11月27日号で(1)デフレが続くことが景気に悪影響を及ぼすこと、(2)デフレが続くのは日本銀行が十分な金融緩和を行っていないためであることを説明している。景気低迷の要因の一つは日本銀行の金融緩和が不十分であったためという議論は説得的である。

従って日本銀行に一層の金融緩和を求めるのは妥当である。ただ、安倍総裁の発言には不安が残る。安倍氏は11月17日に「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう」(『日本経済新聞』11月17日)と発言した。その後「首相になったら手段は言わない」(『日本経済新聞』12月1日)などと修正している。しかし、当初の発言は財政ファイナンスに対する懸念を生むことになっている。言うまでもなく、財政ファイナンスは、国債、さらには通貨の信認の低下を招き、経済に悪影響を及ぼすことは必至である。

安倍総裁が財政ファイナンスを行わせるつもりであるとは考えにくい。ただ、自民党は公約で公共事業拡大も打ち出している。このため「資金を賄う建設国債の中央銀行引き受けを考えているのでは」という疑念が一層大きいものとなってしまう。金融緩和政策への反対論を強めないためにも財政ファイナンスについての懸案を払拭する必要がある。

「財政による機動的対応」と公共事業拡大?

次に財政政策を議論する。自民党は財政健全化を公約している。2015年度までに国・地方のプライマリー・バランス赤字の対GDP費を2010年度比で半減させ、2020年度までに黒字化することを公約として掲げる。

内閣府の見通しによれば、消費税を引き上げた場合にも20年度には対GDP比で2.8%の赤字が残る見込みである。見通しは厳しい歳出抑制をすることが前提となっている。

自民党の目標は内閣府よりも野心的である。従って、さらに厳しい歳出抑制が必要と考えられる。ところが、公約には財政拡大につながる政策が多い。特に予算を膨張させると考えられるのが公共事業と社会保障関係の公約である。

公共事業から検証する。自民党政権が最後に編成した09年度予算では公共事業関連の支出は総額約7兆700億円であった。これを民主党政権は減額し、12年度には東日本大震災からの復興予算を含めても公共事業予算は総額約5兆5426億円となっている(11年度は4兆9743億円)。

ここで公約の次の文言に注目したい。

「財政による機動的対応が可能となる中で、成長戦略や事前防災等の分野に資金を重点的に配分する」

機動的対応」とは何か。この言葉の登場は初めてではない。これには伏線がある。8月に成立した消費増税法案の附則18条2項にはこう記されている。

「税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で(中略)成長戦略並びに事前防災、減災などに資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する」

附則は法案成立に向け民主党が自民党や公明党と協議した時に自民党が要求し、盛り込まれた。要するに「消費税を上げれば、税収が増えるので公共事業にも使いたい」ということである。

「国土強靭化基本計画」

自民党は公共事業を増やすための計画も用意している。その名は「国土強靭化基本計画」。計画を作るためすでに自民党は6月に国土強靭化法案を提出している。

自民党は「国土強靭化基本法案」を「速やかに成立」させることを公約している。法案が成立すれば政府は「国土強靭化基本計画」を策定し、東日本大震災からの復興や防災対策を行うことになる。さらに「日本海国土軸など多軸型国土の形成と物流ネットワークの複線化を進め、国土全体の強靭化」を図るという。さまざまなインフラ整備を行うということである。計画による公共事業の総額は10年間で200兆になるとも報じられている。

ほかにも公共事業の拡大は目白押しである。

第一に道路関連。

「国の基幹ネットワークを含む全国の道路網の整備を促進します。」

第二は河川関連。

「近年頻発するゲリラ豪雨等の集中豪雨に対応するため、河川堤防の整備やダムを活用した治水機能の強化。」

第三に農業関連。

「土地改良事業費の復活。」(土地改良事業とは農業生産性拡大のための公共事業である。灌漑排水施設や農道の整備が代表的である。09年度予算では総額5772億円であった。民主党政権は減額し、12年度予算では2385億円となっている。)

自民党が公共事業の拡大をめざすのは、言うまでもなく建設業、土木業、農業などの業界が同党の伝統的支持基盤だからである。

公共事業の必要性と透明性

以上の公約にはいくつかの疑問、不明点がある。

第一に、そもそも消費増税は社会保障政策を維持、充実させるために引き上げられるのではなかったのか。公共事業拡大のためではなかったはずだ。

第二は「国土強靭化基本計画」の規模である。震災復興や防災は大事である。しかし、200兆とも言われる巨額の投資が必要なのだろうか。

第三に「強靭化」を打ち出すあまり、日本の国際競争力強化や移動コスト削減につながる必要な公共事業が逆に十分盛り込まれていないのではないか。具体例を挙げたい。空港整備のあり方を工夫すれば、移動の利便性を向上させることができるはずである。現在、羽田空港の発着枠は不足している。羽田空港に一本滑走路を増設し、国内線と国際線の発着枠を増やすことは国内外移動の利便性を向上させるはずである。また、日本の空港の多くは都市中心部とのアクセスが不十分である。例えば、新千歳空港と札幌中心部、関西国際空港と大阪中心部へのアクセスは改善する余地がある。しかし、公約には空港関連の公共事業はあまり盛り込まれていない。羽田、東京、成田を結ぶ環状リニアについて触れるだけである。

最後に、公約はこれまでの公共事業への批判を払拭していない。個別の公共事業の必要性に疑いを抱く人は多いはずである。猪瀬直樹氏が執筆した『日本国の研究』(文藝春秋社 1997年)には疑問を感じさせる代表的な例が紹介されている。財源に限りがある以上、個別の事業については利用者数、時間短縮効果など客観的基準に基づく必要性を示した上で実施するべきである。だが、公約中の次の言葉は客観的基準を無視している。

「地域生活に不可欠な道路等については、B/C(費用便益比)にとらわれることなく、積極的に整備を進めます。」

さらに、事業選定過程の透明性についての疑問もある。透明性を高める上で民主党政権は貴重な試みを行った。事業仕分けである。加藤秀樹氏は「私たちは政治を変える『道具』を手に入れた!」の中で仕分けの結果、行政事業レビューの仕組みが作られ、透明性が高まったことを説明している。ただ、さらなる改善は可能なはずである。例えば、10年度で総額1兆3392億円の国直轄の国道建設・改築事業はこれ自体が一つの事業として扱われている。個々の国道建設・改築事業のレベルまで細分化し、レビューを行えば、透明性が高まるはずである。

公約は客観的基準設定や透明性改善策について沈黙する。自民党に公共事業への理解を増すための方策を講じる考えはないのであろうか。

新たな社会保障政策?

次は、社会保障関連の公約である。自民党は社会保障支出も増額する方針である。特に現役世代向けに以下の政策を掲げる。

第一に、3歳から小学校就学までの保育料・幼稚園費の無償化すること。

第二に、小学校給食の無償化すること。

第三に、子どもの医療費の無料化を検討すること。

前回民主党に投票した有権者からの支持獲得を狙って三公約を掲げていることは間違いない。

確かに「総選挙の争点は何か」で民主党政権の実績を検証した際にも触れたが、日本の社会保障政策は高齢者重視に偏重してきた。従って、現役世代向け社会保障を充実させることは総論として一定の妥当性はある。だが、やはりいくつかの疑問がある。

第一に、公約実現にかかる総額が不明確である。このため政策の妥当性について判断することが難しい。

第二は、保育料・幼稚園費や給食の無償化の必要性である。すでに民主党政権は子ども向けの現金給付を大幅に増額した。さらに無償化を行う必要はあるのだろうか。

第三に、医療費無料化により必要のない診療まで増えるのではないかということである。

第四に、自民党の過去の主張との整合性である。自民党は民主党の「子ども手当」「高校無償化」などをバラマキ政策と徹底的に批判してきた。上記三公約の基本的性質は「子ども手当」や「高校無償化」と同じである。過去の主張と矛盾しないのか説明が必要ではないか。

税収増は期待できるのか

ところで、財政健全化が実現できるのかという疑問に対し、金融緩和と財政拡大により好景気になれば、税収が増え、健全化は達成できるという反論が予想される。

金融緩和によりデフレを脱却できれば増収効果はあるだろう。ただ、同時に金利が上昇し、国債の利払い費も伸びることが予想される。従って、財政状態を劇的に改善するほどの効果は期待しない方が良心的である。さらに財政拡大の効果には疑問が残る。自民党はバブル経済崩壊後、この論法で予算を増やした。だが、その結果残ったのが巨額の財政赤字である。公共事業を増額するだけでは同じことの繰り返しで、やはり財政健全化は難しいのではないか。その前にまず必要性を説得しうる客観的基準の設定と事業選定の透明性の拡大が必要ではないか。

自民党の各候補者には以上のような疑問と不明点について選挙戦を通じて明らかにしてくれることを期待したい。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

竹中治堅の最近の記事