安倍内閣の経済政策:安倍内閣誕生の意義と課題 第3回

竹中 治堅 | 政策研究大学院大学教授

新しいコートの下の「古い自民党」

「無駄な公共事業のバラマキを行っているんではないかという批判も耳にしますが、それは違います。安易なバラマキではないということは明確にしておきたいと思います。我々は、まさに古い自民党から脱皮をしたわけであります。」(「官邸ホームページ」)

安倍晋三首相は先週11日に緊急経済対策を発表した際にこう説明した。

15日には安倍内閣は対策を実施するため総額約13.1兆円の補正予算を閣議決定した。

緊急経済対策と補正予算を仔細に検討すると首相の説明とは裏腹の自民党の姿が見えてくる。すでに注目を集めているように安倍内閣は日本銀行に対し一層の金融緩和を求めている。この主張は目新しい。だが、金融緩和という新しいコートの下に見えるのは「古い自民党」である。つまり景気回復の手段として財政出動を重視し、建設業や農業関係者などの伝統的支持基盤を大切にする自民党のことである。 

首相は「脱皮」したという。しかし、2006年9月から07年9月まで安倍首相が国政を舵取りしていた時の方がはるかに自民党は「新しい自民党」の色彩を帯びていた。安倍首相は、党内からの圧力にもかかわらず、緊縮財政を堅持した。財政政策の改革にも果敢に取り組み、道路特定財源の見直しに踏み込んだ。

安倍氏は首相に復帰して以降、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」という「三本の矢」で経済を活性化させると繰り返し表明している(『朝日新聞』12年12月27日)。

本稿では発足以来の安倍内閣の経済政策について議論する。まず金融政策について検討し、次に財政政策を取り上げる。最後に、財政支出を拡大する理由を解説する。結論を先に言えば、その背景には今年の参議院選挙、さらには参議院選挙区の定数不均衡がある。

金融政策

金融政策から始めよう。昨年11月の衆議院解散以来、安倍氏はデフレ脱却のために日本銀行に一層の金融緩和政策を求めてきた。デフレが日本経済に悪影響を及ぼしてきたことは間違いなく、大きな要因は90年代から日本銀行が十分な金融緩和政策を取ってこなかったにある(岩田規久男「インフレ目標を採用し量的緩和を強化せよ」『エコノミスト』12年11月27日号)。

従って、安倍首相が一層の金融緩和を求めるのは適当である。問題は次期日銀総裁人事である。白川方明日銀総裁の任期は今年4月に満了する。日銀法のもとで、内閣が日本銀行総裁の任命権を有している。首相は「大胆な金融政策を実行でき、我々の主張に合う人」(『日本経済新聞』13年1月14日)を起用する意向である。

一つ障害がある。内閣が日銀総裁を任命する際には衆参両院から同意を得る必要があることだ。自民、公明両党は参議院で過半数議席を確保していない。全野党が総裁人事に反対した場合には首相は希望する人物を起用できないことになる。

反対に遭った場合、首相はどうすべきか。日銀法を改正し、衆議院の優越規定を盛り込むことを検討すべきである。行政府の長である首相指名の場合にも衆議院と参議院の議決が異なった場合に衆議院の議決が優先する。その一方で、行政権の一部を担う日銀総裁や人事院の人事官などの国会同意人事に衆議院の優越規定が盛り込まれていないのは首尾一貫性を欠いている。幸い衆議院で自民、公明両党は三分の二以上の議席を確保しており、野党が改正に反対した場合でも再議決により改正を実現することは可能である。

公共事業と利益誘導?

次に財政政策である。経済対策や補正予算には数多くの問題がある。特に、補正予算の目的は、経済成長のために最も有効的な形で財政資金を用いることではなく、建設業や農林水産業など伝統的自民党支持層に利益を誘導することではないかとの疑問を抱かざるを得ない。

最初の懸念材料は財政赤字の拡大である。補正予算のために総額で7.8兆円もの国債を増発する。補正後2012年度予算の規模は100.5兆円となり、うち52兆円を国債によって賄うことになる。予算の半分以上(51.7%)を借金に頼ることになる。すでに我が国財政は危機的な状況にあり、さらに借金を重ねることをやはり問題である。

次に景気刺激策としての補正予算の有効性が問われなくてはならない。麻生太郎財務大臣は「財政出動と健全化は相反するが、まず景気回復してから増税し、それが財政健全化につながる」(12年12月29日『日本経済新聞』)と発言している。しかしながら、小泉純一郎内閣は大規模な財政出動に頼ることなく景気回復を実現した。首相は小泉内閣の前例をどう考えているのだろうか。

予算の中身を見ると疑念は一段と強まる。約4.7兆円が公共事業である(『朝日新聞』13年1月16日)。公表資料から内訳を正確に把握することは難しい。筆者の試算によれば、復興関連が約4900億円、防災、減災、老朽化対策が約2.1兆円程度、地方公共団体が行う公共事業費の8割程度を肩代わりするための予算が約1.4兆円、残りの公共事業が約0.7兆円になると考えられる。

まず次のことが言える。補正予算では復興、防災対策が前面に掲げられている。それでもなお約2.1兆円の従来型公共事業(地方公共団体実施分と「残り」の公共事業)が行われるということである。

また、防災などの名目で行われるものにも不明点が多い。東日本大震災の発生により防災意識が高まった。また、昨年12月の笹子トンネル事故はインフラの老朽化への警鐘となった。このため、想定されていなかった規模の地震への対策や老朽化対策を講じることについては多くの人々が理解を示すであろう。

しかしながら、防災、減災、老朽化対策の中には従来と変わらない公共事業が数多く盛り込まれているのではないかという疑問が残る。昨年、復興予算が復興との関係が不明確な事業に用いられていることが問題になった。この際、全国の下水道事業に「いまどきの下水道管はどれも昔の管より耐震性が高いので取り替え工事はすべて『耐震工事』でもある」という理由で予算は流用された(『朝日新聞』12年12月29日)。同様のことが今回も行われる可能性が高いのではないか。

各省の予算に疑わしい事例がある。例えば、国土交通省は未整備の高規格幹線道路を建設するため623億円の予算を「復興・防災対策」の名目で「全国ミッシングリンクの整備」として盛り込んでいる。しかしながら、12年度当初予算では「地域活性化のための基盤整備等」の名目で「全国ミッシングリンクの整備」を要求している。看板を架け替えただけではないのか。

また、農林水産省は「農業農村整備事業」として1640億円要求している。事業内容は施設の長寿命化・防災・減災対策や生産性向上のための農地の大区画化、畑地灌漑などと説明されている。しかし、同事業は永年行われており、以前は長寿命化・防災・減災対策という目的は掲げられていなかった。この予算は民主党政権の下で大幅に削減されており、「防災・減災・老朽化対策」を名目に予算を復活させただけではないかという疑いがある。

公共事業を行うのであれば、国全体の競争力を高める事業を行うことが望ましい。多くの国民の移動時間を短縮し、海外から我が国へのアクセスを改善するインフラ整備は競争力の向上につながるはずである。より具体的には建設中の北陸新幹線や北海道新幹線の完成前倒し、成田、羽田、関西国際空港へのアクセス改善、地方空港の都心部へのアクセス改善などが考えられる。

だが、今回の補正予算でこの種の予算は殆ど盛り込まれていない。渋滞対策に1181億円、都市環状道路の整備に637億、コンテナ港の機能強化に194億円、首都圏空港の強化に40億円が計上されているだけである。

経済対策及び補正予算の目的が利益誘導ではないかと憶測するまでもなく、麻生財務大臣は率直にこれを認めている。経済対策発表後の記者会見で「メンテナンス(維持・補修)なら地方の建設業者にカネや仕事が回る」と発言しているからである(『読売新聞』13年1月12日)。

補助金政策

補正予算にはこのほか基礎年金の国庫負担金、インフルエンザ対策、さらには自衛隊の通信機能強化まで盛り込まれている。公共事業以外で注目したいのが巨額の補助政策である。全貌を把握することは難しいが、少なくとも補助金の総額は約1.3兆円にのぼる。補正予算の目的を考える上で象徴的な政策を一つだけ挙げよう。

農林水産省。総額425 億円の「燃油価格高騰緊急対策」。

これには施設園芸用の燃油価格が一定基準以上に上昇した場合に、補填金を施設園芸農業者に支払う事業が盛り込まれている。

福島原発事故以来、火力電力で使用する燃料が増えたため、電力料金が上昇し、我々国民はそれを負担している。燃油価格の上昇も同じようなものではないか。なぜ施設園芸者だけが国から補助金を得られるのだろうか。

「燃油価格高騰緊急対策」が我が国経済の活性化にどうつながるのか不明である。予算額は425億円。首都圏空港の拡充に使われる予算額は40億円。どちらの政策の受益者が多いかは言うまでもない。

議論を総括しよう。首相がいかに説明しようとも、経済対策及び補正予算にはいわゆる「バラマキ」政策が数多く盛り込まれ、その額が巨大であるということである。

参議院選挙

安倍首相もそれを認識していないはずはない。ではなぜこのような政策を立案するのか。

7月に参議院選挙を控えているからである。

自民・公明両党は参議院で現在過半数議席を確保していない。選挙に敗北すれば、政権運営が苦しくなる。勝利をおさめれば、衆議院を解散しない限り16年まで3年間国政選挙がないことになる。この間、多少世論の批判をあびる政策にも取り組むことも可能となる。

参議院の選挙区は都道府県単位で、人口の少ない県は1人区となっている。その数31。首相は参院選の勝利に向け、1人区の県で自民党の支持獲得が必要と考えているはずである。

安倍首相には苦い思い出がある。07年の参議院選挙である。自民党は37議席しか獲得できず敗北した。地方における経済情勢のため自民党は支持を失い敗北したと首相が認識していることは間違いない。選挙後こう発言している。

「参院選の結果は、中央と地方の格差の問題に政治がもっと配慮すべきだ、という教訓だ。景気は確実に回復しているが、まだ実感できない地域も存在する。そうした声にも丁寧に耳を傾け、政策で対応していなかくてはならない。」(『朝日新聞』07年8月28日)

だが、この認識が正しいかどうかは不明である。二つの理由がある。第一に01年の参議院選挙で小泉首相は伝統的自民党政策と決別する構造改革をうったえて勝利した。第二に07 年の選挙で敗北したのは地方の経済情勢のためではない。他に三つ理由がある。一つは復党問題のため多くの有権者は首相が構造改革を進めないと感じたこと。もうひとつは閣僚の不祥事。三つ目は年金記録問題である。

適否はともかく、首相がこうした認識を抱く背景には日本政治の構造がある。それは参議院選挙区の議席配分が不平等であるということである。議席配分は人口の少ない県にあまりにも偏重している。昨年秋の臨時国会で実現した定数是正後もなお、最大で4.75倍の一票の格差がある(北海道と鳥取県の間)。人口の少ない県から多くの議員が選出されており、安倍内閣に限らず、ともすれば、首相はこうした県に過度に配慮した政策を立案することになる。

首相は何を言われても「臥薪嘗胆、参議院選挙に勝つまでは」と思っているのかもしれない。

しかしながら、前例を紹介したように、伝統的支持基盤を大切にしないと自民党は参議院選挙に勝利できないというのは幻影である可能性が高い。

首相就任直後の記者会見で、安倍首相は06年9月に首相に就任した時の気持ちに触れ、「理想にもえて」いたと振り返る(「官邸ホームページ」)。その時首相が挑んだのは財政健全化であり、構造改革であった。選挙に勝利しようとするならば、安倍首相が君子豹変し、定数格差が生み出す「幻影」にとらわれず日本の政治、行政、財政、経済の改革に早く着手してくれることを期待してやまない。

竹中 治堅

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。 【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。 【著作】『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)など。

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