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参議院選挙の争点:安倍内閣は改革を推進できるのか

竹中治堅政策研究大学院大学教授

安倍内閣は改革を推進できるのか

7月4日に参議院選挙が公示された。投票日は7月21日であり、それまで与野党は改選議席121をめぐって選挙戦を闘うことになる。

この選挙の争点は大きく言えば経済政策と憲法改正ということになろう。憲法改正は重要な課題であるが紙面の関係で本稿では経済政策に集中したい。

一般に国政選挙は現政権の政策に対し有権者が審判を下す場となると考えられることが多い。加えて、野党から注目されるような政策提案がなされているとはあまり感じられない。選挙後、安倍内閣はこれまでの政策をさらに押し進めるとともに自民党の公約の実現に向かうはずである。

そこで、本稿では特に安倍内閣と自民党の経済政策に注目したい。

安倍内閣と自民党はこれまでいわゆる「アベノミクス」、そして、「三本の矢」を掲げ、経済成長を重視してきた。経済成長にはさまざま改革が不可欠で安倍内閣がまとめた成長戦略や自民党の公約には改革の案が盛り込まれている。

選挙で我々が判断しなくてはならないのは選挙の結果、安倍内閣は経済成長を押し進め、さまざまな改革を実現できるのかということである。この観点から本稿では二つの問題を議論したい。一つは安倍内閣の政策と自民党の公約についてである。重要であると考えられるにもかかわらず、これまでの政策や公約の中で曖昧、あるいは、触れられていない課題があるので、それを指摘したい。二つは候補者、特に自民党の候補者の安倍内閣が掲げる改革政策に対する姿勢である。

法人税減税

まず、安倍内閣の政策と自民党の公約から始めよう。

安倍首相は公約で「開かれた市場における自由な競争と長期的な国内投資によりダイナミックな経済活動を創出する」ことを掲げている。また、日本を「世界で一番企業が活動しやすい国」にするとも宣言している。

広く知られているように首相はいわゆる「三本の矢」=「大胆な金融政策」、「機動的財政政策」、「成長戦略」を掲げて経済政策を運営してきた。一本目の矢も重要な政策であり、その是非の判断が、参議院選挙の投票を決定する際の基準となる方も多いかもしれない。ただ、この問題についてはすでに侃々諤々の論争が識者の間でなされており、そちらに譲りたい。ここでは三本目の矢=「成長戦略」に注目する。

安倍内閣はすでに6月に成長戦略として「日本再興戦略」を取りまとめている。また、参議院選挙公約の中にも成長戦略関連の政策が多く盛り込まれている。

成長戦略の中では次の三つの政策課題に焦点をあてたい。1)法人税減税、2)国際戦略特区、3)空港インフラのあり方である。

自民党は公約では「思い切った投資減税を行い、法人税の大胆な引き下げを実行します」と約束している。先進国、新興国では企業誘致のために法人税率の引下げ競争が始まっておいる。イギリスは2015年4月に法人税率を20%に引き下げることを決定している。韓国の法人税は24.2%である。これに対し我が国の法人税率は東京都で35.6%。競争が始まっている以上、我が国も法人税率をさらに引き下げるべきである。

首相は4日にまず投資減税を行い、その上で法人税の議論を行いたいとの考えを示している(『日本経済新聞』2013年7月5日)。確かに、減税を行う場合、税収減への対策などさまざま議論が必要かもしれない。ただ、首相には法人税減税に本格的に取り組むつもりはあるのか、あるとしたら、いつまでに法人税減税の議論をまとめようと考えているのか明らかにしてくれることを期待したい。

国際戦略特区

次は国際戦略特区である。公約では国際戦略特区を設け「大胆な規制改革等を実行する」と約束している。「日本再興戦略」では規制緩和の例として、外国人医師による診療解禁、インターナショナルスクールの設置要件の緩和などが盛り込まれている。安倍内閣はこれ以外にどのような規制緩和、特別な政策を考えているのだろうか。例えば、すでにのべた法人税減税との関係でいえば、外国企業が国際戦略特区に新たに進出する場合、法人税減税を減免することが考えられる。すでに、外国企業が新たに日本にアジア本社や研究開発拠点を置く場合に法人税率を5年間にわたり引き下げる政策が昨年11月からすでに実施されている。この政策を拡充、応用することも考えられる。首相にこうした考えはあるのだろうか。

羽田空港再拡張

第三は我が国の空港のあり方である。率直に言って、「世界で一番企業が活動しやすい国」にするためには我が国の空港整備のあり方はあまりにも残念な状態にある。外国人がこの言葉を聞いたら「You should do something about Narita!(成田空港をどうにかして欲しい!)」と言うのではないだろうか。

我が国の二大国際空港=成田国際空港と関西国際空港の都心部へのアクセスはあまりにも悪い。アクセスの良い羽田空港には近年、国際便が就航するようになった。来年には国際線発着枠の拡大も予定されている。それでも渡航できる国は限られている。また都市中心部へのアクセスがよくない地方空港も多い。

しかしながら、公約にはわずか一行、「災害に備えて国民の安全を守るとともに経済成長の基盤として欠かせない道路網、整備新幹線や空港、港湾など、交通ネットワークの整備を着実に進めます。」と述べられているだけである。

一方、再興戦略では、「首都圏空港の強化と都心アクセスの改善」という項目が用意されている。具体案として成田空港と羽田空港を結ぶため地下鉄バイパス線を新設する構想について触れている。ただ、「整備に向けた検討を進める。」と述べるだけであり、建設を決定したわけでも、議論をまとめる時期を設定しているわけでもない。また成田・羽田両空港の機能拡充策としては実施が決まっている発着枠の拡大が確認されているにすぎない。

首相には両国際空港や地方空港のアクセス改善についてどう考えているのか明らかにしてくれることを期待したい。また、機能拡充策については、例えば、羽田空再拡張=第五滑走路の新設など、大胆に踏み込んでもらいたい。また関西国際空港のアクセスの不便さを考えれば、伊丹空港の再国際化も検討するべきである。

国土強靭化計画

ここ数ヶ月、安倍内閣の経済政策としてもっぱら三本の矢が関心を集めてきた。しかしながら、我々が注意深く関心を向けなくてはならないのは、自民党の国土強靭化政策である。自民党は昨年の衆議院選挙以来この政策を唱えている。国土強靭化とは防災・減災対策の拡充を図ることが目的である。自民党はすでに議員立法で国土強靭化法案を5月に提出しており、この法案の成立を公約として掲げている。法案は政府に国土強靭化基本政策を立案し、防災対策や公共施設の老朽化への対応策を作ることを求めることを求めている。

昨年も自民党は同様の法案=国土強靭化基本法案をとりまとめ、国会に提出している。その際には、自民党は基本計画のもと10年間で200兆円の公共投資を行うことを企図していると報じられた。安倍内閣は政権交代直後の今年1月に補正予算を編成し、その中には総額4.7兆円の公共事業を盛り込んだ。今年度予算でも公共事業予算は昨年度比で7000億円、15.6%増額した。しかしながら、10年で200兆という規模からはほど遠い数字であることは明らかである。

現在、自民党が国土強靭化計画のもとでどの程度の財政支出を考えているのかははっきりしない。200兆という数字は総選挙に向けた自民党の伝統的支持基盤層へのアピールだったのか。それとも未だに実現を目指すものなのか。

選挙期間中、継続審議となっている国土強靭化法案についてどう考えるのか、果たしてどの程度の規模の公共事業を考えているのか明らかにしてもらいたい。

以上の政策課題について、首相や自民党の候補者は考えを我々に伝えてもらいたい。そうした考えは我々有権者がどのように投票を行うかについて有益な判断材料となるだろう。また、野党にも選挙期間中に首相がどこまで改革に踏み込むのか問いかけてもらいたい。

「ねじれ」国会解消後の政権運営はバラ色か

次に安倍内閣の政策と自民党の公約について候補者の姿勢について論じよう。

現在、新聞報道等では国会の「ねじれ」の状態=参議院で与党が過半数議席を確保できていないこと、解消されるかが注目を集めている。

2010年の参議院選挙以来、与党が参議院で過半数議席を確保できず、国会は「ねじれ」の状況にあった。「ねじれ」国会の下、与野党は必要以上に対立し、政策過程は停滞した。今回、自民党と公明党が63議席以上を確保すれば「ねじれ」が解消する。解消すれば現在よりは安定的に法案を成立させられると考えられる。

もっとも与党が衆参両院で過半数議席を確保している場合でも、問題は残る。5日付『朝日新聞』「天声人語」は「自公が勝てば衆参の『ねじれ』は消え、政府与党は数の上では意のままだ」と記している。残念ながら、「意のまま」とはならない。日本の政治の仕組みの下では、与党が衆参両院で過半数議席を確保する場合でも内閣が思い通りに法案を成立させられるわけではない。特に解散権の及ばない与党の参議院議員からいかに支持を集めるかが課題として残るのである。

ところで、現在、安倍内閣に対する国民の期待は高く、内閣支持率は高い。共同通信が6月下旬に行った世論調査では66.8%である。一方、野党は分裂状況にある。63議席以上の議席確保に向け、与党は選挙戦を優勢に進めていると言っていいだろう。

多くの有権者が自民党に投票するとすれば、安倍内閣の経済政策や自民党の公約に盛り込まれた政策を支持することが理由の一つであろう。自民党に投票する有権者は安倍内閣が選挙後、着実に公約に盛り込まれた政策や選挙中に行った約束を果たしてくれることを期待するであろう。

自民党候補者は首相の改革へのコミットメントを支持しているのか

安倍首相や自民党は「成長」ということばを重視している。「構造改革」という言葉はこれにより地方が疲弊したというイメージが強くなったため、封印しているのであろう。

ところで、6月19日安倍首相はロンドンのギルドホールで安倍内閣の経済政策について演説した。その際、首相が成長戦略についてマーガレット・サッチャー首相にならってTINA=There is no alternative(他の選択肢はない)という言葉を繰り返した。そして、自らが新薬によって救われたことに触れながら、新薬認可の時間短縮のため規制緩和が必要なことを説き、自らがドリルとなって規制の岩盤を打ち破ると宣言したことが印象的であった。この演説から判断する限り、首相は改革にコミットしていることは間違いない。

首相の演説にも見られるように、成長を実現するためには、結局、規制緩和をはじめとする改革が不可欠である。見方を変えれば、自民党の公約は改革のメニューリストでもある。選挙後、首相はこうした改革の実現に取り組むことになるだろう。

問題は与党議員が選挙後、首相を支持してくれるかどうかである。特に、与党参議院議員の独立性は高く、参議院議員からいかに支持を確保するかが課題となる。自民党の候補者の間でも改革に対する姿勢は異なると想像できる。

もし我々が首相のコミットメントを評価し、改革を求めて自由民主党に投票するならば、同時に首相をきちんと支持してくれる自民党の候補者を国会に送り込むことが大事である。

幸い我々は比例区では候補者の名前を記入することができる。各候補者が一連の改革政策に対する姿勢を判断し投票するべきではないか。候補者の姿勢は新聞に掲載されている候補者の肩書きあるいは自民党のホームページで紹介されているプロフィールでおおよそ想像できるはずである。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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