Yahoo!ニュース

臨時国会を観る:首相の権限拡大

竹中治堅政策研究大学院大学教授

重要法案目白押し

10月15日から12月6日までの予定で臨時国会が始まる。会期日数は53日。

この国会では日本版NSC法案、競争力強化法案など重要法案が目白押しである。

大きく言って、法案は2つに大別できる。1つは日本版NSC法案など首相の指導力を強化するためのもの。2つは競争力強化法案など成長戦略を実行にうつすためのもの。

首相は今国会を「成長戦略実行国会」と位置づけていると報じられることもある。もちろんそれは1つの見方である。ただ、今国会は「首相指導力強化国会」と捉えることもまた可能なのである。本稿では首相の指導力強化を目指す制度改革法案、具体的には国家安全保障会議法案と公務員制度改革関連法案に注目し、法案審議を観る上でのポイントを紹介する。

国家安全保障会議法案

まず、安倍晋三首相は先の通常国会で継続審議となった国家安全保障会議(日本版NSC)法案の成立をめざす。この法案の柱は現在、内閣に設置されている安全保障会議を改組し、国家安全保障会議を設置することである。この会議の主な目的は外交や安全保障政策の基本方針について議論することにある。また、安全保障会議の事務局として国家安全保障局が内閣官房に設けられる。国家安全保障会議の設置にあわせて、安倍内閣は秘密保全法案を提出する予定である。国の外交や安全保障に関する機密情報を漏洩した公務員を処罰することが目的である。この法案は国民の「知る権利」との関係が問題となっており、現在、与党内で最終調整が行われている。

公務員制度改革関連法案

もう一つ忘れてならないのは公務員制度改革関連法案である。安倍首相は各省の審議官以上の人事を内閣で一元的に管理し、内閣人事局を来年度から設置することを目指している。これにともない、人事行政を担っている人事院や総務省から権限を人事局に移管することになる。

同時に首相補佐官を増員するとともに大臣を補佐する大臣補佐官の制度も導入しようとしている。制度改革を行うために安倍内閣は公務員制度改革関連法案を提出する予定であり、現在、内閣や与党との間で調整、準備が行われている。

首相の権限強化

国家安全保障会議や内閣人事局の設置は1990年代以降の一連の制度改革の中に位置づけることができる。1994年の政治改革、2001年の中央省庁再編という二つの大きな改革は首相の指導力を強化することが大きな目的の一つであった。1994年の政治改革により選挙制度が小選挙区・比例代表併用制に改められた結果、与党党首としての首相の地位は向上した。また2001年の省庁再編において、首相の法律上の権限や補佐機構が強化された。

今回の制度改革もその一環として捉えることができる。まず、国家安全保障会議設置の目的はこれまでともすれば外務省と防衛省の間で調整することが困難だった外交、安全保障政策を首相のもとで調整する仕組みを整えることにある。改革の結果、外交、安全保障政策における首相の指導力はさらに強化されるであろう。

人事局の設置の目的は端的に言えば、首相の各省人事における発言権を高めることである。日本ではこれまで各省が自己の組織の人事を決める上で強い自律性を保ってきた。もちろん首相や閣僚は各省の幹部人事にもちろん影響力を行使することもあったが限定的であった。内閣人事局が設置された場合には首相の各省の幹部人事への影響力がこれまで以上に高まるはずである。この結果、内閣全体における首相の指導力はさらに強化されるであろう。これとあわせて、おそらく、これまで以上に幹部レベルでの省庁間異動が行われるはずである。場合によっては、局長クラス、さらには次官クラスの省庁間異動が行われる可能性も否定できない。これまで各省の官僚はともすれば自分の省を中心に政策を考える傾向にあったが、このような人事が広まれば、自ずと内閣全体を視野に政策を考えることが増えると期待できる。

法案成立の障害

さて、以上の法案を成立させる上で首相にとっていくつかの悩みがある。第一に、秘密保全法案には野党からの強い反対が予想されるということ。第二に、内閣人事局の設置を柱とする国家公務員制度改革には野党だけでなく、政府内や与党内にも消極意見があること。まず、権限を失うことを恐れる一部の関係省庁、特に人事院が抵抗している。のみならず、自民党内にも人事局が管理する幹部職員の数を削減すべきであるなどの消極論がある。第三に、通常であれば、いずれの法案も内閣委員会で審議されるということである。今国会の審議日程は短い。野党の反対が想定される中で、全法案を内閣委員会で処理しようとした場合、審議時間が足りなくなり、いずれかの法案を成立させることができなくなる恐れがある。

首相の決意

以上の問題に対し、安倍晋三首相が次のように対応している。まず、国家安全保障会議設置法案と秘密保全法案を審議するために特別委員会を設置すること。特別委員会を設置すれば、内閣委員会に法案が集中するのを避け、審議時間を確保することが可能となる。

次に、公務員制度改革法案については法案準備に万全を期すために自民党の担当事務局に自分の側近を送り込んだこと。内閣で制度改革を担当しているのは稲田朋美行政改革担当大臣である。稲田大臣は改革にコミットしており、9月上旬には法案の内容について支持を求めて、首相に直訴したほどである。

一方、自民党で法案を担当しているのは行政改革推進本部事務局であり、党内意見を集約する上では事務局が鍵である。安倍首相は10月冒頭に政府と党の人事を行った際に、行政改革推進本部事務局に事務局長代理のポストを新設し、萩生田光一氏を起用した。萩生田氏は自民党副幹事長兼総裁特別補佐であり、安倍首相の側近の1人として知られている。

安倍首相はこれまでに再三、来年度から人事局を立ち上げる考えを示している。消極論が残る党内を固めるための人事とみるのが適当である。つまり、首相の制度改革に向けた決意は固いということである。

以上の改革が実現すれば閣内における首相の権限は2001年の省庁再編以後行われた改革とあいまって十二分に強化されることになるであろう。以後、首相の権限をさらに強化しようとすれば、今後、問題となるのは国会との関係である。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

竹中治堅の最近の記事