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2015年の国内政治を振り返るー「安倍1強」の政治過程

竹中治堅政策研究大学院大学教授

戦後6位の長期政権

2015年も終わりつつある。そこで安倍内閣に焦点を当てながら、今年の国内政治過程を振り返りたい。

何と言っても今年は「安倍1強」という言葉に象徴されるように、安倍晋三首相の強さが目立った。安倍首相は9月に自民党総裁に無投票再選され、12月26日で第二次内閣を発足させてから丸3年を迎えた。第二次、第三次内閣の任期の長さは岸信介内閣に次ぐ、戦後6位となり、戦後有数の長期政権となりつつある(なお、2006年9月から2007年9月にいたる第一次内閣を含めると安倍首相の在任期間は岸信介首相を超え、戦後5位となる。)。

強い人事権

内閣の存続期間の長さ以上に注目されるべきは首相の人事権の強さである。これは麻生太郎財務大臣、岸田文雄外務大臣、菅義偉官房長官、甘利明経済再生担当大臣という四人の主要閣僚が二次内閣発足以来、継続して在任していることに端的に現れている。財務大臣、外務大臣、官房長官は内閣の要の大臣であるが、この三大臣が3年以上交代しなかった内閣は戦後、安倍内閣以外ない。

かつては首相の人事権が強固ではなく、与党議員の求めに応じて、当選5回、あるいは当選6回を果たした議員の多くを閣僚に起用せざるを得なかった。閣僚ポストには限りがあるので、自分が信頼できる大臣も交代させざるを得なかったのが実情であった。しかしながら、現在は、首相の人事権が高まっているので、安倍首相は党内の要求に抗することができ、主要閣僚を続投させることが可能となっている。

首相の人事権の強さが際立っていることを示すのは閣僚人事に限らない。以前は自民党の部会人事を決める際には部会に関係する議員の間の自律性が強く働いていた。しかしながら、首相の人事権は自民党の部会人事も及んでいる。それを象徴するのが10月の自民党税制調査会長の交代である。安倍首相は軽減税率を巡る意見の相違から会長を野田毅氏から宮沢洋一氏に交代させた。以前は、自民党税制調査会では故山中貞則氏が強い影響力を持ち、首相は税制政策を立案するにあたり、慎重に協力を得なくてはならなかったものであることを考えると首相と税制調査会の関係は大きく変わった。

このように首相が党内で強い人事権を行使できる背景にあるのはやはり現在の選挙制度=小選挙区・比例代表制の影響である。首相は最終的に与党議員の公認権を握っており、これが与党内における首相の影響力を高めている。また、安倍総裁のもとで、自民党は2012年総選挙、2013年参議院議員選挙、2014年総選挙と三連勝しており、これも首相の権威を高めることにつながっている。さらに、内閣支持率も一時的に安保関連法案の成立後、不支持率より低くなることがあったことを除けば、高い水準で推移していることも首相の権力基盤を固めている。

党内における指導力に加え、2001年の省庁再編により首相の補佐体制が強化されたことも首相の政策立案を支えている。昨年、内閣官房の組織が拡充され、内閣安全保障局や人事局が設置されたので、政策を立案する上での首相の補佐体制はさらに強固になっている。このため、現在首相が推進する「1億総活躍」をはじめ、内閣官房が多くの政策立案の中心になることが多くなっている。

最後に、現在、自民・公明両党が衆参両院で過半数議席を確保しており、法案を安定的に成立できることも安倍内閣が長期政権化することにつながっている。

集団的自衛権行使可能へ

さて、それでは「安倍1強」のもとでどのような政策が実現されたのであろうか。

何と言っても最も重要な政策は9月に成立した安保関連法制である。法案成立により、日本が集団的自衛権を一定の条件のもとで行使できるようになった。また、従来に比べ、アメリカをはじめとする他国の軍隊に後方支援を行える条件が緩やかになったことにも注目しなくてはならない。

次に経済面に目を向けたい。財政・金融政策については稿を改めて論じることにし、それ以外の主に産業、企業を対象とする政策について概観したい。大きな成果は10月にはTPP交渉を妥結させたことである。このほか、16年度から法人税20%代に引き下げるメドがつき、6月に電気事業法が改正され、2020年から電力事業が完全自由化されることになった。また農政改革の一環として8月に農協法改正法案を改正し、農協に対する全中監査の義務付けをなくした。このほか、改正会社法が4月から施行され、上場会社に事実上社外取締役の設置が義務付けられることになった。また、安倍内閣は訪日外国人数を増やすことを重視してきており、今年は史上最高の1900万人台に達する見込みである。

脆弱な野党

強力な安倍内閣に対して、民主党をはじめとする野党は安保関連法案の審議を引き延ばしたことを除けば、十分対抗できなかった。ここでは特に民主党について触れておきたい。民主党はいまだに政権喪失のショックを引きずったまま、自民党への有効な対抗策を打ち出せていない。かつての民主党は「構造改革」あるいは「格差是正」といった政策を自民党に対して競争する形で提案したものであった。しかしながら、有効な代替政策案を提示することはなかった。また、他の野党との関係をめぐってあまり生産的ではない党内論争を続けるばかりであった。

2016年:参議院議員選挙で三分の二議席を獲得できるか?

最後に来年の政治上の焦点について触れておこう。

来年の夏には参議院議員選挙が行われる予定である。安倍首相は憲法改正についての意欲を以前から示している。すでに自民党と公明党は衆議院で憲法改正案を発議するのに必要な三分の二以上の議席を確保しており、参議院議員選挙でも改憲に必要な議席を確保できるかどうかが注目すべき点となる。ここで忘れてはならないのはおおさか維新の会も改憲には積極的であるということである。自民・公明、大阪維新三党の非改選議席は82である。改憲案の発議に必要な議席数は162であり、三党で80議席確保できるかどうかが一つの注目点となる。

さらに、首相はこれまで否定的であるが、衆議院を解散し、ダブル選挙が行われる可能性も念頭に置くべきである。

参議院議員選挙の争点とも関係するが、来年前半に注目される政策課題は何か。安倍首相は安保関連法制成立後の課題として「1億総活躍」を掲げ、いわゆる「新・三本の矢」=「強い経済」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」の実現を目指している。実現に向け来年春には「1億総活躍プラン」を策定する予定である。具体的にどのような政策を盛り込めるかが課題となる。特に、「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」を実現するためには現在の社会保障予算の内容を見直し、現役世代向け社会保障を充実させることが必要なはずである。これに踏み込めるかどうかが課題となる。

また、国会の議論では軽減税率の具体例を巡り、軽減税率と標準税率のどちらかが適用されるのかはっきりしない限界事例について野党が内閣を問いただすことが予想される。一連の質問に対し、説得的に答えられるかも注目される。

さらに、恐らくより重要なのは国際経済の動向である。12月にアメリカ連邦準備制度はフェデラルファンド金利の誘導目標を0.25%引き上げた。利上げの影響などにより国際経済が動揺、低迷すれば、それに伴い日本経済にも悪影響を及ぼすであろう。景気が低迷すれば、政権運営もより困難になると考えられる。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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