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参議院選挙:注目すべき与党の獲得議席は?

竹中治堅政策研究大学院大学教授
与党の勝敗ラインを設定する安倍晋三首相(写真:ロイター/アフロ)

自民・公明で62議席=首相の設定する勝敗ライン

「信なくば立たず。国民の信頼と協力なくして、政治は成り立ちません。「新しい判断」について国政選挙であるこの参議院選挙を通して、「国民の信を問いたい」と思います。『国民の信を問う』以上、目指すのは、連立与党で改選議席の過半数の獲得であります。これは、改選前の現有議席を上回る高い目標でもあります。さらに、野党は政策の違いを棚上げして、政策の違いを棚上げしてまで、選挙目当てで候補の一本化を進めています。大変厳しい選挙戦となる。それは覚悟の上であります。」

6月1日、安倍晋三首相は通常国会が終了したことを踏まえ、首相官邸で記者会見を行った。

この中で来年4月に予定されていた消費税の10%までの引き上げを19年10月まで延期することを表明した。

この判断の是非について国民の判断を仰ぐために首相は参議院議員選挙で「国民の信を問う」と宣言し、与党で改選議席の過半数を獲得することを勝敗ラインとした。参議院の定数は242、うち121議席が今回改選されるので、勝敗ラインは62議席ということになる。公明党は12から13議席獲得すると考えられ、自民党は49〜50議席獲得すればよいことになる。

6月3日に安倍晋三首相は訪問先の福島で事実上の参議院選挙に向けた第一声を挙げた。選挙戦はすでに始まった。さて、今回の参議院議員選挙で与党が獲得する議席数で重要なのは首相の設定する勝敗ラインだけなのだろうか。それ以外に想定される獲得議席にも政治的意味がある。それについて考えてみたい。

自民党と公明党の非改選議席はそれぞれ65と11である。従って、自民・公明両党で46議席確保できれば、参議院議員選挙後、参議院で過半数議席を維持できることになる。この数字は恐らく確保できるであろう。

これ以外に今回の参議院で注目すべき議席数が3つある。まず自民党が57議席を確保できるか、次に、自民・公明両党で86議席を奪取できるか、最後に自民・公明・おおさか維新で78議席を獲得できるかどうかである。参議院の重要性に触れながら、以上の数字の意味について解説する。

自民で57議席=自民単独過半数

教科書的には衆議院が参議院に優位するということになっている。しかしながら、実態としては日本の政治において重要な地位を占めている。特に法律の制定と憲法の改正の上で重い権限を持っている。

まず参議院は法律を制定する上で、実質的に衆議院と同等の権限を持っている。確かに憲法は法律を成立させる上で、衆議院が参議院に優位することを定めている。だが、衆議院の優位は弱いものでしかない。法案に対し参議院が衆議院と異なる判断を(例えば、衆議院が通した法案を否決)した場合に、衆議院が出席議員の3分の2以上の賛成多数で再可決すれば、衆議院の判断通りに法案は成立する。しかしながら、衆議院で与党が3分の2以上の議席を確保することはかならずしも容易ではない。

仮に、与党が3分の2以上の議席を持っていたとしても、参議院は法案審議を遅らせることが可能でこの場合、再可決はなかなかできず、国政は停滞することになる。

以上のことから、与党が参議院で過半数議席を確保できない場合、内閣は法案を成立させることに苦しみ、国政は停滞することになる。

安倍晋三内閣は13年7月の参議院議員選挙で自民・公明両党が勝利を収めたため、参議院で過半数の与党勢力を保持している。しかしながら、自民党単独では参議院で過半数議席を確保できていない。法案を成立させるためには公明党の協力が必要である。そもそも自民党が1999年10月に公明党と連立内閣を組んだのも参議院において与党勢力を過半数にするためであった。

公明党は15年9月に成立した安保関連法制を成立させる過程や17年4月から本来は導入されるはずだった軽減税率を決定する過程で大きな影響力を発揮してきた。公明党の影響力の背景にあるのは公明党の協力を得ずして法律を成立させることができないという現実である。

もし、自民党が89年7月以来初めて単独で参議院で過半数議席を確保できれば、連立内閣の中における公明党の影響力は低下することが予想される。これが今回の選挙で自民党が57議席獲得できるかどうかが重要な意味を持つ理由である。

自民・公明で78議席=改憲が視野に

次に、参議院は憲法を改正する上で強い権限を持っている。この権限は衆議院と同等である。すなわち、憲法96条1項は「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。」と定めている。憲法改正には衆議院と参議院のそれぞれの総議員の3分の2以上が賛成しないと発議できないのである。

安倍首相はこれまで改憲についての意欲を示してきた。疑問は改憲を議論するほどの議席を与党が持っているのかということである。現在、自民・公明両党は衆議院で3分の2以上の議席を確保している。

そこで問題となるのが参議院である。参議院の3分の2の議席は162である。仮に自民・公明両党で86議席を確保できれば、この両党で憲法改正を発議できることになる。ただ、86という数字は高いハードルである。自民・公明両党が大勝した13年参議院議員選挙の数すらも大きく上回る。

ただ、自民・公明両党以外にもおおさか維新の会と日本のこころを大切にする会が憲法改正に積極的であり、この両党の議席をあわせると現有勢力は84議席となる。この場合、自民・公明両党で78議席を確保できれば、3分の2議席に到達する。両党以外にも改憲に前向きな政党が議席を確保すると考えられる。この場合、78 より少なくても改憲が視野に入って来ることになるが、さしあたり、78というのが参照する一つの数字となる。

以上、結論としては、自民・公明で62、自民で57、自民・公明で78というのが今回の参議院選挙で注目すべき3つの重要な数字ということになる。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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