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安倍・トランプ日米首脳会談に向けて:「アメリカ・ファースト」の本当の意味とは?

竹中治堅政策研究大学院大学教授
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ大統領の狙い:2020年大統領選再選

「米国内に雇用をつくりたい。日本の自動車業界にもぜひ米国での雇用を生み出してほしい」

1月28日に安倍晋三首相とトランプ大統領の間で電話首脳会談が行われた。トランプ大統領は安倍首相にこう語ったという(『日本経済新聞』2017年1月31日)。

トランプ氏は大統領選中から一貫して、「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大にする」と主張、政策を立案する上で、アメリカの国益を追究することを最優先課題とする考えをはっきりと示してきた。

2月10日、11日には安倍首相とトランプ大統領の間で日米首脳会談が行われる予定である。本稿では特にトランプ大統領の対日経済政策に関し留意すべきことについて簡単に触れたい(安全保障政策も重要だが紙面の関係で稿を改めたい)。

トランプ大統領の経済政策およびそれへの対応を考える上では大統領が2020年大統領選における再選を考えていると想定するべきことを強調したい。

雇用最重視

1月20日にトランプ氏は大統領就任し、就任演説を行った。その際に、経済政策についての基本的な方針を示している。

保護主義的色彩が強く、アメリカ人の雇用を最優先する姿勢を示している。少しながくなるが関連箇所を引用する(『日本経済新聞』2017年1月21日)。

「米国は他の国を豊かにしたが、我々の富、力、自信は地平線のかなたへ消え去った。1つずつ、工場は閉鎖され、海外移転され、取り残された何百万という米国の労働者たちのことが顧みられることはなかった。中流層の富が奪い取られ、世界中に再分配された。しかし、それは過去のことだ。今、我々は未来に目を向けている。

今日、ここに集った我々は新しい宣言を全ての街、外国政府、政策決定者に伝える。今日から新しいビジョンがこの国を支配する。今日から『米国第一主義』だけを実施する。米国第一主義だ。

貿易だろうが、税、移民、外交だろうが、あらゆる決定は、米国の労働者と家族に恩恵をもたらすために行われる。

我々の製品をつくり、企業を盗み、職を奪うという外国の破壊行為から国境を守らなければならない。(自国産業の)保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる。私は全力を傾けてあなた方のために戦い、決して失望させない。

米国は再び勝ち始め、かつてないような勝利を収めるだろう。我々は職を取り戻す。国境を取り戻す。富を取り戻す。そして夢を取り戻す。このすばらしい国家全域に、新しい道、高速道路、橋、空港、トンネル、鉄道をつくり、福祉に頼る生活から人々を抜け出させ、仕事に戻らせる。我々自身の手と労働力でこの国を再建する。

我々は2つの簡単なルールに従う。『米国製品を買い、米国人を雇う』というルールだ。」

安倍首相とトランプ大統領の関係:初動

日本はこれまでこのトランプ大統領との関係を緊密化させようと努力してきた。日本の安全保障を確保し、経済を成長させていく上で、アメリカと良好な関係を持つことは死活的に重要だからである。

安倍晋三首相はトランプ氏の大統領選勝利後、ただちに電話会談にこぎ着けたほか、11月17日にはニューヨークのトランプ氏と自宅で会談することができた。

会談の内容は明らかにされていないが、日米同盟の重要性、中国についての現状認識、日本企業のアメリカにおける雇用創出への貢献などについて実質的な議論がなされた模様である(会談にいたる経緯、テーマについては山口孝之『暗闘』幻冬舎、6-71が詳しい。)

会談は良好だったようである。安倍首相は会談後、次のような感想を漏らしている(『暗闘』13)。

「僕の話を静かに頷きながら聴き、話の切れ目を待って内容について質問をしたり、自分の意見を控えめに開陳したりするその様子は、あくまで知的で、極めて謙虚だったよ」。

今後、2月10日にワシントンで首脳会談を行った上、11日にはフロリダ州のパームビーチにあるトランプ大統領の別荘に移動し、ゴルフをし、再会談する方向で調整が進められている。

トランプ氏は安倍首相を厚遇している。トランプ氏は大統領就任前に会った外国首脳は安倍首相だけである。別荘にまで呼ばれる外国首脳は恐らく安倍首相が最初であろう。この背景には選挙中のアメリカ日本大使館によるトランプ陣営のアプローチがよかったこと、最初の会談でトランプ氏が安倍首相に好印象をもったということもあるであろう。しかし、同時にトランプ大統領の日本、さらには安倍首相に対する期待がいかに大きいかも示している。

トランプ大統領の狙い

トランプ大統領は何を期待しているのか。そして、日本はそれにどう応えられるのか。

参考になるのは政治学で得られたこれまでの知見である。アメリカ政治学の中で大統領制についての研究が盛んに行われてきた。大統領は何を求めるのか。多くの研究者は次のような単純な解を提示する。

多くの研究者は1期目の大統領は次の大統領選挙での再選を求め、2期目の大統領はレガシーを作ることを追究すると考えている。

トランプ大統領についても2020年の大統領選挙での再選を考えていると想定できる。

この場合、トランプ大統領は次の二つを実現しようすると考えられる。

一つはアメリカ全体の景気を好調なまま維持すること。景気全体がよければ、大統領への支持が高まり、再選が容易になると考えられるからである。

激戦州の重要性

しかし、より重要なのは二つ目である。すなわち大統領選における激戦州の景気を維持、さらに雇用を創出すること。激戦州とはスイング州とも呼ばれ、共和党と民主党の候補のいずれも勝利を収める見込みが十分にある州のことを指す。この激戦州を制することが大統領選では重要である。

政治に特化したアメリカの新聞であるpoliticoの分類に従うと激戦州はコロラド(9)、 フロリダ(29)、アイオワ(6)、ミシガン(16)、ネバダ(6), ニューハンプシャー(4)、ノースカロライナ(15),オハイオ(18), ペンシルバニア(20), バージニア(13)、ウィスコンシン(10)である(カッコ内は選挙人の数)。以上の州のうちトランプ氏はフロリダ、アイオワ、ミシガン、ノースカロライナ、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシンを確保した。特に、選挙人の多い、フロリダ、ペンシルバニア、オハイオ、ミシガン、ノースカロライナを制したことが重要な意味を持ったのである。

従って、再選を目指す場合には激戦州の中の規模の大きな州で支持拡大につながるような政策の実現を目指していくはずである。

中西部にある激戦州の多くでは製造業が重要である。例えばオハイオ州の2015年の実質GDP(基準年2009年)にしめる製造業の割合は17.5%である。これに対しニューヨーク州での製造業の割合は5.2%である。

大統領選ではこの製造業に従事する白人労働者をトランプ氏はターゲットの一つとし、勝利を獲得したと多くの識者が指摘している。選挙期間中にトランプ氏は自動車産業を念頭にメキシコからの輸入に35%の関税をかけると公言してきた。特にフォードがミシガン州の工場から小型車の生産をメキシコに移転させる計画を批判してきた。こうした訴えが激戦州の白人労働者を意識していたことは間違いない。

当選後のトランプ氏の行動もこの延長線で考えることができ、2020年の大統領選再選に向けられていると考えることができる。当選後もトランプ氏は製造業における雇用の維持・創出を重視する発言を繰り返している。

当選後、フォードが工場移転を撤回するとトランプ氏もGMやBMWに対してもメキシコで生産された車に対し高関税をかけると警告している。さらにはトランプ氏は1月24日にはアメリカの自動車大手3社の首脳と会談し、工場新設を求めた。

トランプ大統領は就任後TPPから脱退するための大統領令に署名した。またNAFTAの再交渉を求める考えも明らかにした。トランプ氏は多国間協定はアメリカ、特にその雇用にとって不利であると考えており、その替わりに、二国間交渉を重視している。すでにイギリスとの間ではFTA(自由貿易協定)交渉の開始で合意した。

そして、雇用創出を求める姿勢は日本に対しても変わらない。

例えば、トランプ氏は1月3日にはトヨタを批判した。トヨタがメキシコで新工場を建設し、アメリカにも小型車を輸出する計画であるためだ。また、1月11日には対日貿易赤字を問題視している。さらに、1月31日には日本と中国と並んで「通貨安誘導」していると批判した(『日本経済新聞』2017年2月1日。)冒頭で紹介した発言も一連の発言の中に捉えることができる。

安倍首相は2月10日、11日首脳会談の準備を進めている。日米協力のために「日米成長雇用イニシアチブ」を提案するということが報道されている(『共同通信』2月1日『朝日新聞』2月3日など)。

具体的には(1)GPIFの資金も使った高速鉄道などの米国でのインフラ投資、(2)第三国でのインフラ投資、(3)ロボットとAIの共同研究、(4)サイバー・宇宙空間などでの協力、などを考えているようである。

2月3日には安倍首相はトヨタの豊田章男社長と協議している。政府と自動車産業の協調した対応策を議論したのであろう。

また、トランプ大統領は日本に二国間のFTA交渉を求めてくる可能性がある。安倍首相はTPPの発効を重視し、日米FTAについては消極的であった。アメリカ側からTPPで決まった以上に日本の農産物市場の開放を求められることを恐れているからである。

ただ、安倍首相は1月26日の衆議院予算委員会でFTA交渉を排除しない考えを示している。日本側は日米間で経済協力や通商政策についての閣僚協議の提案(『日本経済新聞』2月2日、『毎日新聞』2月3日)すると報じられており、FTA交渉を提案された場合、受入れることは十分考えられる。

こうした協力や交渉により日本がアメリカの雇用創出に貢献し、そしてそこからさらに日本自体が利益を獲得することも可能である。これはトランプ大統領が第一の政策目標を実現する上で一定の効果はあるであろう。

自動車産業への期待

もっとも第二の激戦州における政策目標の実現につながるのかどうかは定かではない。この目標の実現についてトランプ氏が日本の自動車産業に期待していることは間違いない。

ただ、残念ながら日本の自動車産業がどれだけのカードをもっているのかは不明なのである。

現状では激戦州で工場を持っているのは本田技研工業だけなのである(オハイオ州)。確かにトヨタは中西部のインディアナ州に工場を持っている。が、ここはすでに共和党の地盤であり、激戦州ではない。

かなり乱暴な意見だが、日本の自動車会社の一つでも激戦州で投資を行えば、大きな意味を持つであろう。簡単に言えば、例えば、ある自動車会社が2020年9月の操業を目指して、ペンシルバニア州、あるいは中西部ではないがフロリダ州に工場を新設すると発表すれば、絶大な効果を発揮するだろう。

こうした議論に対する予想される反論はアメリカに工場を新設すれば日本での雇用が減るというものである。果たしてそうだろうか。ある調査によれば、例えば、インドの乗用車市場は2015年の340万台から2025年には600万台を超えると予測されている。こうした新興国の市場を獲得できれば、仮にアメリカに工場を新設しても拡大した生産車数を十分吸収できるのではないか。

他にも日本の製造業があらたな工場創設先として激戦州を選べば相当な政治的効果を持つであろう。

こういうことも考えられる。製造業ではないが、フロリダ州にはディズニーリゾートという大きな観光資源がある。日本の航空会社が東京・(最寄りの)オーランド便を開設すれば、フロリダ州の観光客増大に繋がるかもしれない(その場合、オーランドから中南米に向けての以遠権を求めるという交渉は十分に考えられる。)

もっとも、日本政府が民間企業に具体的な投資先に指示することは考えられない。従って、トランプ大統領の第2の政策目標実現と安倍政権の政策を関連づけることは簡単なことではない。

私は気難しい人間ではない

ただ、トランプ氏は自分自身について下記のように記している。

「私は決して気難しい人間ではない。良くしてくれた人には、こちらも良くする。」(ドナルド・トランプ『トランプ自伝』ちくま文庫、77)

英語にはA friend in need is a friend indeed(必要な時の友こそが真の友)という言葉もある。こうしたことを考えて、これまで述べてきたような協力を大局的見地からオールジャパンで同盟国アメリカに対して行えば、日本として得るものも大きいだろう。

なお、最後に、上記のような議論に対し、日本はアメリカの属国ではないのだからそこまで協力する必要があるのかという反論は当然予想される。こうした反論はもっともであるが、厳しい東アジアの国際環境の中で日本は自国の安全保障の確保をアメリカに依存している以上、一定の協力は必要であると考えている。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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