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帰村めぐり現新一騎打ち 村長選から見る福島・飯舘村の今

関口威人ジャーナリスト
飯舘村の中心部で続く除染作業(手前)と復興計画に基く「道の駅」の新設工事(奥)

東京電力福島第一原発事故による避難指示が続いている福島県飯舘村で、村長選挙が6日告示、16日投開票の日程で始まった。6選を目指す現職の菅野典雄(69)に新人の元村議、佐藤八郎(64)が挑む一騎打ちの構図だ。村民がバラバラになったままの約5年7カ月。来年3月末の一部帰村方針などをめぐり、さまざまな困難や思惑が交錯する村長選を追いながら、避難地域の今を見てみたい。(敬称略、写真はすべて9月下旬に筆者撮影)

9カ所の仮設や避難先を訪ね回る

「3・11」当時、村の登録人口は6,509人。今、村の公式発表では6,178人(今年7月31日現在)でそれほど大きく変わっていない。しかし、村民は北海道から沖縄まで全国各地に散り散りとなって避難している。

約860人が暮らす仮設住宅は福島市、伊達市、相馬市、国見町に9カ所。それぞれを回れば車の走行距離は軽く100キロを超える。9月下旬、佐藤は自前の軽自動車を走らせ、そうした仮設住宅や村外のアパートなどに住む村民を訪ね回っていた。

誰がどこに住んでいるか、村からはもちろん教えてもらえない。ちなみに佐藤の軽自動車にはカーナビもない。これまでの記憶を頼りに、佐藤は団地の細い道を分け入っていく。「あの家な、前の役場の人間がいんだ」。そんな調子で顔なじみを見つけ、近況を聞きながら、出馬の決意などを記した後援会だよりを手渡す。「今回は共産党でねえから」と念を押して。

村外に避難している村民の話に耳を傾ける飯舘村長選候補の佐藤八郎
村外に避難している村民の話に耳を傾ける飯舘村長選候補の佐藤八郎

長らく村で唯一の共産党村議として活動してきた佐藤は、首長に真っ向から物申せる数少ない議員だった。そして震災後は、菅野の村政運営に対して抱いていた不信感が、原発事故への対応をめぐって極まった。

原発から北西方向に40キロ近くも離れた飯舘を、放射能の雲が覆った。そのころ、村民は何も知らされずに、南東から逃げてくる浪江町の住民に炊き出しをしていた。「浪江の人たちに、二重の被ばくをさせてしまった」。その悔しさを、佐藤は忘れていない。

来春の帰村計画を白紙に戻すよう訴える元村議の佐藤八郎
来春の帰村計画を白紙に戻すよう訴える元村議の佐藤八郎

結局、村は約1カ月半後の5月末までに「計画的避難区域」に指定され、全村避難に追い込まれた。その後も除染や帰村の方針をめぐり、佐藤と菅野はことごとく対立する。4年前の前回村長選は、佐藤が「反村長派」の村民をまとめきれず、無投票で菅野の5選を許した。今回は共産党の看板を下ろし、無所属でのリベンジだ。

「今あえて村長になろうなんて、気がおかしくなったと思われるだろう。でも、俺は加害者の国や東電を許せねえ。今の村長は加害者に寄り添ってしまっている。俺は村民1人ひとりに寄り添って、村を村民のものに取り戻す」

「戻る」住民に不安も、進む復興の整備

佐藤が福島市内の避難先に訪ねた同郷の女性は、こう訴えた。

「9人家族が3つに分かれてる。みんな一つの家族だったのに。息子たちはもう帰らねえだろう。私らは帰りたいけれど、早く袋(除染土を入れたフレコンバッグ)片付けて、山の除染もやってもらわねえと、水も飲む気がしねえ」

女性の90歳の母親は足が不自由になり、帰村しても特別養護老人ホームに入所してもらわなければならない。ところが、全村避難後も運営を続けているそのホームでは最近、働き手がどんどんいなくなっていると聞く。「どうなっているのか」と不安を見せる女性に、佐藤は言った。

「ホームに入れなければ、訪問介護になるかもしれないが、その人やカネはどうするのか。そういうことがぜんぜん明らかにならず、村民の暮らしの見通しが立たない中で、戻していいわけがない」。菅野の帰村方針をきっぱりと否定してみせる佐藤。そうして1人ひとりに立ち止まって考えさせながら、じわじわと自身への支持を広げていく戦略だ。

5年ぶりに村内で診療を再開した「いいたてクリニック」
5年ぶりに村内で診療を再開した「いいたてクリニック」

一方で、村では菅野たちがまとめた「いいたて までいな復興計画」に基づき、帰村に向けた準備が着々と進む。2011年6月から診療を休止していた町役場前の「いいたてクリニック」は9月に診療を再開。幹線道路沿いの村公民館は建て替えられ「飯舘村交流センター」としてオープンした。佐藤の実家の前では、太陽光発電施設を備えた道の駅「までい館」を新設するための整地工事が始まっている。

6選を目指す現職の菅野典雄
6選を目指す現職の菅野典雄

菅野は、筆者との取材交渉には応じたが、村長選についてインターネットに流すコメントは「佐藤の主張と一つ一つ対比させたものとしてほしい」と強く要望、10月2日に南相馬市の原町青年会議所が主催した菅野と佐藤の公開討論会(同会議所が「e-みらせん」に動画を公開済み)の内容をベースにするのであればいいとした。そこで、公開討論会のまとめを別記事とする。また、村民有志の「飯舘村長選挙への投票を呼びかける村民の会」も、公開質問状に対する両候補の回答などをまとめたウェブサイトをつくっている。その訴えの違いから浮かび上がる飯舘の現状を知ってほしい。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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