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鳥の進化の秘密〜新しい遺伝子の獲得ではなく使い方を変えての“飛躍”

詫摩雅子科学ライター&科学編集者
飛ぶための風切羽、くちばし、折りたためる翼……鳥を鳥らしくしている遺伝子は(写真:アフロ)

くちばしや折りたためる翼、全身を覆う羽毛、風切羽──鳥類には、ほかの動物にはないユニークな特徴がいくつもある。しかし、意外なことに「鳥類に特有の遺伝子」があるわけではなく、遺伝子の使い方を変えているだけだった。

春節が過ぎ、新年の区切りを旧正月で祝うアジアの国々も「トリ年」になった。トリ年だから、というわけではないのだろうが、鳥類の進化に関する面白い論文が発表されたので紹介したい。東北大学の田村宏治教授のグループが、東京大学の入江直樹准教授、国立遺伝学研究所の関亮平研究員と城石俊彦教授、さらにデンマークのコペンハーゲン大学、中国のBGI社とともに行った国際研究チームの研究成果で、2017年2月6日にNature Communicationに公表された

トリだけにあるDNA配列を探す

研究グループは鳥類48種と、魚類や両生類、爬虫類、哺乳類など鳥以外の脊椎動物9種の合わせて57種のゲノムDNAを解析し、比較することで、鳥だけが持つ遺伝子、つまり「鳥を鳥たらしめている遺伝子」を探そうとした。

鳥類の48種はワシ、ツバメ、インコ、フラミンゴ、ペンギン、ダチョウ、ニワトリなど、水鳥や飛べない鳥も含め、鳥類全体から広く選んだという。うち、45種は今回の共同研究者にもなっている中国の研究者が数年前にゲノム解読をした鳥たちだ。

比較の脊椎動物は魚類のゼブラフィッシュや両生類のネッタイツメガエル、哺乳類のマウスやヒトなど。鳥類と近いグループとされる爬虫類からはグリーンアノール、アリゲーター、ウミガメの3種が使われている。これらの9種はいずれもすでにゲノムの解読が終わっていて、データーベース化されていたものだ。

これらの48種と9種の合わせて57種のゲノムを解析し、鳥類すべて共通し、その他の動物にはない鳥に固有のDNA配列を27万9338個を見つけた。面白いことに、そのほとんど(99.69%)は遺伝子ではなかった。見つけた配列のすべての機能が明らかになってはいないが、多くは遺伝子の働きを調節するための配列だったという。

遺伝子ではなかった

生物の遺伝子にはタンパク質をつくるための情報が書き込まれている。この情報をもとにつくられたタンパク質は、身体を構成する筋肉などになったり、消化や代謝といった体内で生じるさまざまな化学反応を触媒する酵素となる。タンパク質は生物の身体そのものの素材になるだけでなく、生きるのに必要な反応をすすめる働き手でもある。DNAに書かれた遺伝情報のなかで、わずか数%にしかならない遺伝子がもっとも重要視されているのは、タンパク質という実体のある物質をつくるための情報がそこに書かれているからだ。

しかし、研究グループがみつけた鳥類に特有の配列は遺伝子ではなく、遺伝子が「どこで」「どのタイミングで」「どの程度」働くのかを決めているエンハンサー配列と呼ばれる配列だった。

脳で働く遺伝子が翼をつくる

研究グループが見つけた鳥に特有のエンハンサー配列のうち、1つはSim1という遺伝子の働きを調節するものだった。ニワトリではSim1遺伝子がヒトで言うと肘から手首のあたりで働いていた。飛ぶための風切羽が生えている部分だ。

マウスやヒトにもSim1遺伝子はあるが、腕では働いておらず、脳の視床下部というホルモンの分泌などを司る場所で働くことがわかっている。

面白いことに、ニワトリの脳でもSim1遺伝子は働いている。どうやら鳥の場合は、Sim1遺伝子には少なくとも2つのエンハンサー領域があるようだ。1つはSim1遺伝子を脳で働かせており、これは鳥類と哺乳類が共通して持っている。もう1つは、研究グループが今回見つけた鳥に固有のものだ。

研究グループが人為的な操作でこのSim1エンハンサーをマウスももつようにすると、前肢でSim1遺伝子が働くようになったという。

鳥類では、もともともっていた遺伝子を「使い回す」ことで、翼という際だった特徴を実現したということになる。

遺伝子の配列を見るだけでは…

ヒトの場合、約30億塩基対からなるゲノムDNAのうち、タンパク質をつくる情報が書いている遺伝子の部分はほんの数%にすぎない。遺伝子ではない部分は、ほんの15年ほど前までは「がらくたDNA(ジャンクDNA)」などとさえ呼ばれていた。さすがに、最近ではジャンクDNAという呼び方を聞くことはなくなったが、たとえばDNAの変異と病気との関連を調べるときなどに、まず最初に注目されるのは、やはり遺伝子だ。

だが、形態のような大きな変化をともなう進化では、遺伝子そのものではなく、遺伝子の使い方を変えることで達成されてきたと考えられてきた。遺伝子がかわると、身体の成分となるタンパク質や体内で起きる化学反応を触媒する酵素の形が変わってしまったりして、悪影響が出やすい。一方、遺伝子の発現を調節するエンハンサーの変異では、それまで身体のその部位で働いていなかった遺伝子が働くことになるため、身体のほかの部位への影響は少ない。そして、身体のその部分で何か新しいものを得ることができたりするのだ。

実は、この鳥への進化を突き止めた研究発表のほんの3日前にも、魚の浮き袋の進化でやはりエンハンサー配列がカギになっていることを示す研究が発表されている。鳥エンハンサーの研究にも参加している国立遺伝学研究所の城石俊彦教授らの研究成果だ。こちらも魚の浮き袋から陸上動物の肺への進化は、エンハンサー配列の変異で生じたことを突き止めている。

遺伝子そのものではなく、その働きを調節するエンハンサー配列の違いで、ダイナミックな進化を遂げる……。ゲノムの中には、見逃している宝がまだまだたくさんありそうだ。

原論文

鳥の進化

Functional roles of Aves class-specific cis-regulatory elements on macroevolution of bird-specific featuresNature Communication 2017年2月6日 

東北大のプレスリリース

魚の浮き袋 

Evolution of Shh endoderm enhancers during morphological transition from ventral lungs to dorsal gas bladderNature Communication 2017年2月3日 

遺伝研のプレスリリース

科学ライター&科学編集者

日本経済新聞の科学技術部記者を経て、日経サイエンス編集部へ。編集者& 記者として20年近く同誌に。2011年春より東京お台場にある科学館へ。2014年に古巣の日経サイエンスに寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会の2015年の大賞(新聞・雑誌部門)を受賞。「のんびり過ごしたい」と思いつつも、ワーカーホリックを自認。アマミノクロウサギが好きです。

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