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山仕事の新潮流は木登り?アーボリカルチャーと特殊伐採

田中淳夫森林ジャーナリスト
ループワークを駆使して木に登り、木の剪定を行うアーボリカルチャー

最近、林業界で注目されているが「特殊伐採」の世界。

林業界と言うより、正確には若い林業従事者の間で、というべきかもしれない。材価が安くなって、彼らは通常の仕事では利益が薄く、給料が上がらない(それどころか下がる)と嘆く中、新たな仕事として注目されているのだ。

「特殊伐採」とは無味乾燥な言葉だが、簡単に言えば、高木を倒さず伐採する技術。木の近くに建築物などがあって、根元からばっさり倒すと被害が出る可能性か高い場合、樹上に登って上から少しずつ枝、梢などを上から順番に伐り、それをロープを使ってゆっくり下ろしたり、クレーンで吊り上げて安全に地面に下ろす。木登りせず、高所作業車のカーゴに直接人が乗り込み、樹冠に外からたどり着く方法もある。

個人の住居の庭とか、神社や寺院などにある大木が、老齢のためいつ倒れるかわからない、あるいは台風などで折れることを心配して、先に伐ってしまおうと思った場合に応えている。ときに落ち葉が多すぎて樋が詰まることも枝を落とす理由に上がる。

実は、現在そうした需要が増えている。一つは、戦後植えた木がよく育ち、太い木が増えたこともあるだろうが、近年は周辺に建物がどんどん建ち、倒れた際の被害が大きくなる心配も増した。また事前に処理しないと責任が問われる、事故が起きてからの賠償請求を畏れる、など所有者の心理も考えられる。

これまで、木登りを得意とする林業家もいるにはいたが、それは枝打ちのためや、種子の採取が目的だった。ときにブリ縄と呼ぶ道具を足に引っかけるだけで登ったり、木の上から逆さに降下してみせる技術を披露する人もいた。しかし、それを伐採に活かすケースは少なかった。ところが、最近は、この特殊伐採に専門に取り組む林業従事者や庭師も現れ始めたのだ。

当然技術がいるし、危険も伴うので、作業量に比して料金は高いから、仕事として魅力的なのだ。ただ手がける人にとっては、利益だけでなく、樹に登る楽しさ、樹上作業の技術、ロープワークテクニック……などでもモチベーションが高い。従来の泥臭い林業作業、あるいは近年増えている重機作業とは違った面白さもある。

そして自らを「空師」と呼ぶ。空の上で仕事をすることを誇らしげに示すかのようだ。

一方で、「アーボリカルチャー」という言葉も登場している。こちらは欧米生まれで、アーボリは樹木、カルチャーは文化だけでなく、耕す、栽培する意味もあるから、樹木栽培業?といった意味合いだろうか。林業というよりは造園業の世界から誕生した。

もともとロッククライミングのために開発された技術と道具を応用して、木に登りだしたらしい。最近はレジャーと環境教育を合わせたような分野でツリークライミング(商標登録されており、別にツリーイングなる言葉も使う)も広がっているが、これらはアーボリカルチャーで発達した樹上に登るロープテクニックを活かしたものである。欧米には、その技術を教える講座まで設けられている。そしてアーボリカルチャーの世界大会もあって、各国から猛者が集まり樹上の技を競うのだそうだ。

こちらも高木の上に登って作業するので、日本の「特殊伐採」と同じように扱われている。ただ、正確には「特殊伐採」と「アーボリカルチャー」は違うものだ。

なぜなら、アーボリカルチャーは、高く育つ樹木を扱う技術全般である。伐採だけではない。種子から高木となる樹木の苗を育てたり、その後の生長を世話したり、時に剪定も行う。その際の技術として樹に登る必要もある。伐採することもある。そこに必要なのは、高木になる樹木の知識であり、栽培・育樹の技術だ。伐採はその一分野にあるものの、それが本筋ではない。

そして美しい樹形をつくるという意識やデザイン感覚も必要となる。そこには、植えたり伐ってすぐではなく、作業してから5年後10年後の樹木の姿を描く必要がある。その点では、やはり林業というより造園・庭師の世界なのだろう。

日本の庭師には、高木を扱う造庭技術はなかった。手を出すのは、せいぜい脚立が届くところまで。その意味では、アーボリカルチャーが日本に伝えられて初めて高木を扱えるようになったのかもしれない。

一方で林業家は、スギやヒノキ、マツなど造林木に関してはそこそこ詳しいが、ほかの樹木に関しては、意外なほど知識を持っていない。広葉樹を一緒くたに「雑木」と呼んでしまうこともある。また剪定などの意識も弱い。山村に暮らしてきた高齢の林業家なら、身近な樹木や草本に関する広範囲な知識を持つ人も少なくないのだが、最近の林業従事者は必ずしもそうではないようだ。

そして伐ることに特化して「特殊伐採」の世界になってしまった。

これは、ちょっともったいないと思う。何も学問的な知識ではなくても、草木の性質や利用法などを身につけて、その上に伐ることができれば、初めて樹木の専門家と誇れるのではないか。そしてアーボリカルチャーを日本に広められるのではないか。

たとえば、この木が邪魔だから、倒れると困るからと、根元から伐るのではなく、危険な大枝だけを落とす剪定を行うことで、大木を生き延びさせる提案をしてもいい。また景観的な眼を鍛えれば、樹形を制御して、庭に似合う樹木に仕立てることもできる。

そうなれば、森のデザインにもつながるだろう。樹木一本だけを扱うのではなく、山全体、森全体を美しい景観に仕立てる技にもなる。美しい森は、単に見る眼に優しいだけでなく、健全に育っていることを示して環境機能も高く、さらに収穫多き森になりうる。

林業従事者の仕事の幅を広めるという点で、アーボリカルチャーの普及は歓迎すべきだ。収益にも技術にも、そして山で働くモチベーションを高めるためにも有効ではないか。同時に、林業の不振を嘆くばかりではなく、現場から新たな仕事を生み出すことにもつながるだろう。また職場は町の中にも多いし、直接依頼主と話をするという点でも、林業と違って新鮮だ。そこから新たな展開が考えられるかもしれない。

だからこそ単なる「木登り伐採」に留まらないことを期待する。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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