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シカ、イノシシ、そしてクマ! いまや日本は野生動物の楽園?

田中淳夫森林ジャーナリスト
裏山で見かけたイノシシの足跡。ハイカーが出くわすこともあり、身近な動物となった。

先日、宮崎の山の中でイノシシに遭遇した。林道のど真ん中を巨体がのんびり歩いていたのだ。こちらは車だから焦らずにすんだが、もし徒歩で無防備な姿だったら、ちょっと怖かっただろう。

日を空けず岐阜県郡上市に行くと、夜になると人家の目と鼻の先にシカが群をなして出没していた。あまりに数が多いので、こちらが目撃したのではなくシカに見られている気持ちになったほどだ。

ニホンザルも各地の山でよく見かける。カモシカは、もはや珍しくなくなった。我が家の裏山も、イノシシが結構いる。住宅街からほんの少し山に入ると、足跡だらけだ。タヌキやイタチは庭先まで出てくる。

どうやら日本の山は、野生動物の楽園になってしまったらしい。

そこで問題となるのがクマである。さすがにクマは増えていない、いや減っているだろうと思う人は多い。しかし21世紀を迎えたころから、人里にツキノワグマが出没するケースが増えている。姿を見せるだけでなく、農作物を荒らしたり、たまたま出くわした人間にも危害を加えるようになってきた。実は私も、クマを目撃したこともある。小さな幼獣だったが、たいして深くない人里から近い山だった。また北海道では、ヒグマが札幌市街まで出没したことで騒動になった。

ところでツキノワグマは、毎年1000頭以上、多い年では5000頭以上も捕獲され、その大半が駆除されている。以前ツキノワグマの生息数は、全国で約1万~1万5000頭とされていたから、もし毎年そんなに駆除していたら絶滅してしまうはずだ。しかし、大量に捕獲・駆除した翌年もまた多くのクマが姿を現すのである。

一部の人は、天然林が伐採されて餌となる植物、なかでもドングリのなる木が減ったことで、飢えてクマは人里に出るのだと主張する。針葉樹の人工林を増やしたことが悪いのであって、このままだとツキノワグマもヒグマも絶滅してしまうと駆除に反対している。なかには餌不足を解消するという名目で、山に各地で集めたドングリを大量にまくという、オバカな行動を取る団体まで現れてしまった。

ところが、実際にクマを追いかけている研究者や写真家によると、クマは増えているというのだ。野生動物の通り道に仕掛けられた無人カメラなどには大量のクマが写るうえ、足跡や糞、クマ棚と呼ばれる寝床跡などがたくさん発見されており、想像以上の数のクマが生息している証拠が見つかっている。

本当のところ、クマは減っているのか、それとも増えているのか。

この論争を聞いていると、私は約30年前を思い出す。

私が学生の頃、林業界で問題になっていたのが、ニホンカモシカの食害である。各地の山で植えたばかりのヒノキの苗が食い荒らされて、丸裸になっていた。莫大な金と労力をかけて、将来の森を作ろうとしているのに、無にされてしまうのである。苗の頭頂部が食べられると、枯れずに済んでも曲がって育つから木材としての価値はなくなる。だから林業家にとっては大損失だ。

ニホンカモシカは、ウシ科の日本固有種である。明治以降、毛皮や角が商品化されたことや、優秀な銃が導入されたことなどからカモシカへの狩猟圧は増した。そのため生息数は激減し、1934年に天然記念物、55年に特別天然記念物に指定される。よほどの奥山にしか生息せず、個体数も全国で数千頭しかいないとされた。とくに中国山地からは姿を消し、九州、四国でも絶滅寸前といわれた。「幻の動物」扱いされたのだ。

しかし、1970年代に入ると、カモシカの食害が発生し始める。そこで論争が起きた。林業家は、カモシカは数が増えた、と訴えた。保護派は、天然林が減って食べられる草がなくなり、追い詰められて人工林に出てきた、という説を唱えた。苗を食べるのも、ほかに餌ががないからだという。同じ食害を、まったく反対の原因に求めたわけだ。

林業家vs自然保護運動家プラス文化庁の争いである。文化庁は、カモシカを特別天然記念物に指定した当事者だから増えたと認めないのである。林野庁はどっちつかずだったと記憶する。

その頃、私も秋から冬の山に入って、カモシカを追いかけたことがある。結果的に1週間いて数度目撃しただけに終わったが、「幻の動物」ではなかった。目と目があっても逃げずに立ち止まる。なかなかカワイイ動物である。またクマの冬眠穴調査にも参加した。ツキノワグマは大木の樹洞にこもると聞いていたが、意外と自然の岩の隙間なども冬眠穴にしていたことを覚えている。

あの論争はどんな結末を見たのか。

現在、登山をする人なら、ニホンカモシカを見たことがある人は結構多いのではないか。いや、地域によっては車で林道を走るだけで目撃できる。あきらかにカモシカは増えていると実感する。またニホンジカやエゾジカの増加も目立つ。シカは、人工林の苗だけでなく天然林でも下草を食べ尽くし、樹肌を剥いで食べる。そのため枯れてしまう木も多く、カモシカ以上の食害を出している。

今では、カモシカもシカも増えたと認められている。30年前の論争の決着したようだ。

なぜ、誤解が起きたのか。野生動物を殺したくないという感情的な思いが背景にあるにしても、生息数の推定に問題があることも一因だろう。

野生動物の生息数の推定は、カモシカやシカには区画法と呼ばれる方法がよく行われる。調査地をいくつかの区画に分け、それぞれに調査員を配置する。そして一斉に歩き回り、目撃した時間と数、個体の姿形や去った方向などをチェックする。そして各人の記録から重なる個体は除きつつ生息数を推定する。1983~84年に環境庁は、この方法で行い、約10万頭生息すると推定した。

ところが群馬県でヘリコプターで空から目視する方法を取ってカモシカの生息数調査を行ったところ、同じ地区の区画法による推定値の2倍近くに達していた。区画法の調査では見逃した個体が想像以上に多かったのだ。

となると、クマの推定生息数も、疑問が湧いてくる。もともとクマのような広い範囲を遊動する動物は、調査するのが非常に難しい。

だいたい狩猟や有害獣駆除で捕獲された数、また足跡や糞、クマハギと言われる樹木の皮を剥いだり傷つける痕跡などから数を推定するが、どこまで正しいのか。

最近は餌を仕掛けて近寄ったクマの毛を有刺鉄線で採取して、DNA鑑定する手法が持ち込まれた。これは個体識別が確実だ。これを行った岩手県では、それまでの推定数の2倍以上が確認された。罠にに近づかない個体も相当数いるはずだから、本来の生息数は少なくても4倍に達するのではないかと言われている。

また山に餌が少ないという説も否定的だ。コナラやクリなど実のなる樹木は里山に十分にあるし、人工林も放棄が進んで広葉樹が増えているのだ。ドングリは落葉広葉樹だけでなく照葉樹も実らせる。また草の実も多い。そもそもクマは雑食性だから、木の実のほか山菜やタケノコ、野イチゴなどを喜んで食べる。さらにアリなどの昆虫や魚も好物だ。忘れがちだが、山にシカやカモシカその他の獣が増えているなら、当然餌の対象にしているだろう。弱い個体を襲う例は各地で報告されている。また死骸をあさる可能性も指摘される。

では、なぜ人里に出てくるのか。おそらく人里に美味しい餌があることを覚えたからだろう。人間がつくった野菜や果樹は美味しい。養魚池の魚、養鶏場のニワトリもご馳走だ。味は、おそらくゴミを漁ることで覚えたのだろう。餌が十分にあれば、数は増える。

そう言えば、奈良公園のシカはごみ箱を漁ることが知られている。観光客が捨てたスナック菓子や弁当の残飯を食べるのだ。香辛料には弱いから、激辛スナックを食べたら腹を壊すらしいが、栄養豊富な餌が生息数を増やしていると言われる。クマも同じかもしれない。

もう一つ増えた理由に、例年の気候の温暖化も上げられている。暖かければ餌とする草木も繁る。また冬に積雪が多いと動けずに死ぬ個体も出るのだが、近年はあまり雪が積もらなくなった。野生鳥獣にとっては、いよいよ住みよい環境になりつつある。

それにしても暑い夏が続く。このまま気温が上がり続けたら、野生動物がどんどん増えて、ゾウやキリンも姿を現すんじゃないか……と思ってしまうほどである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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