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木は 未完成の商品だ! 木づかい時代に生じるズレ

田中淳夫森林ジャーナリスト
匠の技を誇る大工の家は、実はあまり好まれない。

木づかい運動というのがある。もっと木材を使おう、それも国産材の需要拡大を求める運動だ。今年度は木材利用ポイント制度も作られて、木の家づくりをすると、最大60万円までの補助金が出るのだ。

おそらく日本の歴史上で木材の利用を推進するのは初めてではないか。もちろん、木材はさまざまな分野に利用されてきたが、どんどん使おうと呼びかけられることはなかった。むしろ大切に、無駄なく使うように求められてきたのである。

なぜ今になって木材の利用を促進するのか。そこには国内の森林資源の充実があるのだが、そこで生じる問題はさておき、気になるのは、もっとも木材を利用する住宅業界と、木の家を求める消費者の感覚のズレである。微妙に同床異夢なのだ。

その点を、長年建築業界にいた人に話を聞くことができた。彼はさまざまな建築事務所や工務店とつきあいがある。その話に基づいて、ズレている部分にクローズアップしてみたい。

まず業界の広告の打ち方には、2種類あるそうである。

「主にデザイン系の建築事務所は、常に斬新なデザインの家の写真やイラストを広告に使います。注文がくる範囲も広く遠方からも来ました。ところが、大工など職人出身の社長がやっている工務店の広告は、デザインに触れることは少なく、よい木を使っていることを自慢して、どこの産地のヒノキだとか、色つや、木の香りなどを強調します。全体的には和風建築が多いように思います」

建築家主体の事務所では、デザイン重視の広告だが、職人主体の工務店では素材である木の特質を強調していたのである。

「工務店では、どんな家を建てるか大工の意見の方が重視されます。すると大胆なデザインにはなりませんね。職人は、どうしても自分の仕事のやりやすいよう考えるし、技術的にも慣れた方法を選びます。新しい工法とか、斬新なデザインを採用する意欲は少ないわけです。

一方で設計主体の建築の場合は、木の特性を十分に理解しないで無理な使い方をするため、後々クレームにつながることもあります。凝ったデザインにしたため木材の標準寸法を無視した部材を求めることもある。だから木の値段が高くなることもあります」

ただ通常の家は、木の値段は住宅建築費全体の1割程度に過ぎず、その価格が1割高くなったとしても全体の価格にはあまり反映しない。木の家、とくに国産材の家は高いという世間の風評は、当てにならないのだ。

肝心の建築主が、どちらを望んでいるかと言えば、「やはりデザインでしょう。木は住宅の素材にすぎないのであって、その品質をいくら自慢されても、住宅そのものの価値につながりません。住宅の機能性とは別に、見栄えにこだわります。残念ながら昔ながらの職人は、その点をまだ充分に理解していない。ひどい場合は建築主の要望を無視して勝手に部屋の配置を変えたり、廊下の幅を決めたりしてしまったケースも聞きます。それが元で裁判にまでなったケースもあります」

木の良さは、建築全体の完成度を意味しないのである。言い換えると、木材は最終商品ではないのだ。あくまで住宅という商品になる前の未完成の部材にすぎない。

たとえば、和室はいらない、という建築主は今や半分以上だという。伝統的な和室を現代人は求めていないのだ。むしろフローリングを好む。これはマンションの影響かもしれない。しかし大工の多くは、国産材は和室に向いていると主張する。その反面、いくら建築主が木を使いたいと思っても、国産材のフローリング材は少なく、ドアや建具、そして家具も国産材製はほとんど見かけない。

国産材の需要拡大を図るには、素材の良さばかり訴えても消費者の心には届かない。最終商品たる住宅が満足することが重要で、そのための素材が何かはあまり気にかけない。いくら優れた木材を使用しても、商品として優秀かどうかは別の問題だ。本当に国産材の需要を拡大したければ、最終商品である家や家具に国産材を使用されないと無理だろう。

木づかいを本当に推進するなら、国産材を使った商品がよいと訴えるのではなく、よく売れる商品に国産材を使ってもらう発想をもたねばならない。そこには、木づかいではなく気づかいが必要だろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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