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巨木のチェンソーアートが、山間部を盛り上げる! 

田中淳夫森林ジャーナリスト
東栄町で製作中の巨大なチェンソーアート

愛知県の東端に位置する東栄町は、知る人そ知るチェンソーアートのメッカだ。日本のチェンソーアートは、この町から全国に広がったからだ。

チェンソーアートは、チェンソーによって主に丸太に彫刻する芸術である。短時間に彫りあげるので、1体作るのに簡単なものなら1時間かからない。その速さと豪快さが一般の木彫とは違う魅力があり、作品のみならず製作過程もショーとしても人気が高まっている。

この東栄町で、現在巨大なチェンソーアートづくりが行われている。直径1,2メートル長さ4,2メートル、重さは2~3トンもある巨木で行われているのだ。おそらく日本最大級の作品となるだろう。

製作には、高さ5メートルを超す櫓を組んで行われる。
製作には、高さ5メートルを超す櫓を組んで行われる。

挑むアーティストは二人。ブライアン・ルース氏と城所啓二氏である。

ブライアンはアメリカの永久チャンピオンでMASTERS OF THE CHAINSAWを主宰する。一方の城所は、ブライアンの弟子にして、日本の第一人者。チェンソーアート・ジャパン代表で、国内はもちろん世界大会でも優勝を重ねている。

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まず城所氏が、今週末(5月31日、6月1日)に開かれる「第14回日本チェンソーアート競技大会in東栄2014」までに1体作り上げる予定だ。2体の昇り竜と下り竜が絡み合う豪壮にして繊細な作品である。チェンソーだけで彫っているとは信じられないほど細部まで密に刻まれている。

一方、大会の審査委員長として来日するブライアンは、大会後にもう1本の大木で作品を彫る予定だそうだ。

今回の作品の素材となる巨木は、東栄町から伐りだされた樹齢120年ものの杉。
今回の作品の素材となる巨木は、東栄町から伐りだされた樹齢120年ものの杉。

今回の東栄町の取組は、日本のチェンソーアート発祥の地として象徴となるような作品をつくろうという意図がある。そして依頼された二人というのも大きな意味がある。

というのも、15年前の東栄町でチェンソーアートが始まったのは、城所氏とブライアン氏が重要な役割を果たしたからだ。

チェンソーアートは、1960年代に開発されたばかりのチェンソーを利用して、欧米のログビルダーが始めたとされる。日本にも挑戦する人がいなかったわけではないが、個別の動きに留まった。

それが日本で本格的に知られるようになり挑戦する人が現れたのは、2000年のことである。東栄町のミレニアムイベントにアメリカからブライアン氏が招聘されたからだ。これはショーとして行われたのだが、これまでと違ったのは希望者に対してチェンソーアート教室を開いたことだ。

迫力満点の巨大な竜の顔が丸太から削りだされた。
迫力満点の巨大な竜の顔が丸太から削りだされた。

実は、このイベントを企画して、さらに教室を開いたのも城所氏である。そして本人もこれをきっかけにチェンソーアートに本格的に取り組み始めて、とうとう本業にするまでになった。

翌年の2001年には、東栄町で第1回チェンソーアート競技会が開かれた。それが各地に飛び火していくつものクラブが結成され、チェンソーアート愛好家もどんどん増えていった。大会も各地で開催されるようになった。

今では、全体のシーンを俯瞰するのが難しくなるほど広まっている。毎年どこかで大会が開かれ、愛好家は万のオーダーに達していると推定する。

実は、私は彼らを初期の頃からずっと取材してきた。そして日本にチェンソーアートが広まる過程を追いかけてきたのである。だから、この二人が再び東栄町でチェンソーを握り、巨大な作品づくりに挑むことは私にとっても感慨深い。

私がチェンソーアートに興味を持ったのは、単に新たなアートが登場したというだけではない。

実は、チェンソーアートが広まることが山村地域の活性化につながり、また木材に新たな需要を生み出して林業の振興にもなるのではないか、と期待したからだ。

まず山村の人が行えば、趣味になるだけでなく作品を販売したりショーを催すことで副収入を得られる。またチェンソーを扱う技術や安全管理の意識も高まる(チェンソーアートを行う際には、防護ツールの着用などルールがある)だろうし、木工のデザイン感覚を身につける一助になるかもしれない。なにより、生きがいとして山村住民が元気になる。

逆に都会の人がやりたければ、チェンソーの購入やメンテナンスに加えて丸太が必要だ。それは山間部に行かねば手に入りにくい。

それにチェンソーアートを行う場所は、響く轟音が問題にならず、また削り屑の処理も比較的簡単に行えることが条件となる。それは都会では難しく、必然的に山村となる。つまりチェンソーアート愛好家は山村に通うようになる。つまり町の人を山村に呼び込むきっかけとなるだろう。それが町と村の交流のきっかけとなるかもしれない。

一方で木材需要も喚起する。仮に1万人の愛好家がいたら、練習も含めて消費する木材の量は年間数千立方メートルになるのではないか。

しかも必要な丸太は、通常で長さ1メートル程度だ。さらには、曲がっていたり二股材、材が黒ずんで価格が落ちる黒芯材なども使える。むしろ作品に生かせると喜ぶ人もいる。つまり木材市場ではチップにしかならないような材でも比較的高く買ってもらえるのだ。そして作品も売れたら、新たな経済循環が始まるだろう。

今回のイベントが、チェンソーアートを一段と盛り上げ、ひいては山村と林業のてこ入れになることを期待する。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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