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平成25年度森林・林業白書の隔靴掻痒感

田中淳夫森林ジャーナリスト

「平成25年度森林・林業白書」が公表された。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/kikaku/140530.html

毎年ながら大部なもので、全文に目を通すのは大変だ。そのため斜め読みになってしまうところもあるが、感想等を。

まず、民主党政権時代に立ち上げた「森林・林業再生プラン」。大きな政策変更であったし、まだ継続中のはずなのだが、どうしても文中にこの言葉が発見できない。私の見落としか、それとも。。。

今年の白書の特徴として気づくのは、「森林整備を巡る歴史」にわりと多くのページを割いていることだ。江戸時代から明治、戦前までの流れもあるが、全体としては戦後の動きを詳述している。戦後の森林の荒廃と復旧、木材増産と拡大造林、そして林業の低迷。近年の地球温暖化問題……と結構な量だ。

実は、日本の森林と人の関わりの歴史は、私も追いかけていた。だから、その戦後版を詳しくやってくれたのは有り難い。ただ目を通しているうちに,かくも視点が違うのかと面白く思えるほどであった。

その違いは改めて考察するとして、全体として「森林整備の推進」に強い力点を置いているようである。また森林の「若返り」の必要も訴えている。これは、後半にかなりのスペースを割いて記述している「地球温暖化対策に森林を活用しよう」という思いの前振りかもしれない。

また、白書にはないが、前回「地球温暖化税から森に還元を!」として触れたように、石炭石油に上乗せ課税されている分を森林整備に回してくれるように要望を出しているが、それを支える理論武装を展開しているようでもある。

その意図の正否はともかく、森林の機能や構造などを比較的詳しく記しているから、年次報告というより森林・林業の基礎的な教科書のようと感じた。これを使って学生は勉強できるのではないか。

少し驚いたのは、「一方、立地条件に応じて公益的機能の高度発揮のため、複層林化、長伐期化、針広混交林化や広葉樹林化を推進するなど、多様で健全な森林へ誘導することも必要である。」といった一文があることだ。

これまでの画一的な森づくりを指向する政策からの変化の片鱗を感じる。

また「100年後の日本の森林のイメージ図」も掲載している。

画像

それらの言葉の説明として欄外にあるのは、以下の通り。

○複層林-針葉樹一斉人工林を帯状、群状等に択伐し、その跡地に人工更新等により複数の樹冠層を有する森林を造成すること。

○長伐期化-従来の単層林施業が40~50年程度で主伐(皆伐)することを目的としているのに対し、おおむね2倍に相当する林齢まで森林を育成し主伐を行うこと。

○針広混交林化や広葉樹林化-針葉樹一斉人工林を帯状、群状等に択伐し、その跡地に広葉樹を天然更新等により生育させ、針葉樹と広葉樹を混在させること。

欄外で済むほど簡単な技術や、政策転換ではないはずだが……。具体的には、どのようにして上記の「公益的機能の高度発揮」できる森に仕上げるのだろうか。多様な森造りの方向を「並べておいた」だけにならないよう希望する。

なお国際的な課題としては、地球温暖化に関しては、かなりの紙数を割いているが、違法伐採対策に関しては、わずかだ。これまでの政策を踏襲するだけ(というより、現在のザル法のままでよいと考えているように読める)だ。アメリカのレイシー法やEUの厳しい木材規則については触れているが、それに対応する日本の施策は登場していない。

毎年白書を読むたびに思うは、「各論は感心するものの、総論は疑問」ということ。

白書には多くの情報が網羅的に掲載されている。トピックもあれば統計的な数値やグラフもある。それらは非常に役に立つ。だから各論部分はありがたく読ませていただいて感心するわけだ。しかし、全体を通しての論調は、……なんだなあ、なのである。

どうも森林は我々が管理しなくてはならないという意識が透けてくる。また管理法が画一的であることが批判されると、「整然とした多様な管理法」を列記するような違和感がある。もっと、地域に任せる姿勢はないのだろうか。結局、すべてを統制したがっているようなニュアンスを感じるのだ。

鳴り物入り?で養成したはずの森林総合監理士(日本型フォレスター)も、「市町村の森林・林業行政を技術面で指導する」ために育成しているらしい。ところが、その中身たるや……。

環境などの多面的機能を強調する一方で、低コスト林業も指向しているのだが、それらを別のものとして位置づけている。だから別々の補助金を交付する施策になるのだろう。しかし多面的機能を実現するために低コストにする、という発想を取り入れられないのだろうか。欧米では普通になっている考え方なのだが。

そういえば最近まで「ドイツ林業」を見本にした林業改革一辺倒を記していたが、今回はめっきり登場しなくなった。ちょっと飽きた……もといドイツ林業を日本に移殖する問題点に気づいたのだろうか。

また木材需要を増やすために、相変わらずバイオマスエネルギーやCLT(直交集成板)に力を入れているようだ。しかし、これらの素材となる木材価格は安い。目先の木材消費を増やしても、こうした木材利用が林業を救う、ひいては山村を活性化するとは、どうしても思えないのだが。

各政策には、それなりに納得するものも少なくないのだが、林政に目立ったパラダイムの転換が感じられない点が隔靴掻痒なのかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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