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最強毒キノコ・カエンダケが大発生?

田中淳夫森林ジャーナリスト
立ち枯れたコナラの根元に次々とカエンダケが……

私の住む奈良県と大阪府の県境に横たわる生駒山系でカエンタケが発見されたというニュースが流れた。

カエンタケは、ニクザキン科ニクザキン属のキノコの一種。細い指のように伸びた子実体は鮮赤色をしていて美しいが、猛毒を持つことで知られる。致死量はわずか3グラムで、摂取すると短時間に腹痛や嘔吐を引き起こし、めまい、手足のしびれ、そして言語障害、呼吸困難に陥るという。また触れるだけでも皮膚が火傷したようにのびらん症状を示す。その強烈さから最強の毒キノコとも言われるのだ。

そんなキノコが地元に発生していると聞いたのだから、さっそく実物のカエンタケを探しに裏山に入った。

カエンダケは立ち枯れたナラ類(コナラ、ミズナラ、クヌギ、アベマキなど)の根元に芽生える(子実体が地上に出る)という。そこで山腹を見回すと、白い粉を噴いた太いコナラがそこかしこにある。カシノナガキクイムシにやられているのだ。いわゆるナラ枯れである。まだ緑の葉をつけた木もあるが、数年前に枯れたのだろう、枝も落として、樹皮が腐りかけているコナラも多い。

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その周辺を探し始めた。すると……あった。

あっさり見つかった。赤い、ヒョロヒョロした細い指のような形のキノコだ。これがカエンダケか……。私も意識して見るのは初めてだ。なるほど、鮮やかな赤が目立つ。毒々しい、というよりは美しく感じる。深海珊瑚のように枝分かれしているものもあるというが、ここで見つけたのは1本真っ直ぐに伸びているものだった。

そこで周辺を探し出すと、次々と見つかる。まだ小さく、これから伸びようとしているかのようなものから、すでに10センチ近く伸びた大物まで見つかるではないか。こんなに簡単に見つかるとは思わなかった。小一時間で10本以上確認できた。

徐々に見つけ方もわかってきた。どうやら元気なコナラ、もしくは立ち枯れてすぐの木には見つからない。昨年あるいは数年前に枯れて、すでに腐り始めている木の根元が狙い目だ。幹から直に生えているかのようなカエンタケも見つけた。

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なかには落葉に埋もれるような状態のものもあったが、鮮やかな色のおかげで比較的目につきやすい。そおっと周辺の落葉や草を片づけて観察すると、奇妙な迫力がある。カエンタケ周辺の空気を吸うだけでものどがつまるような気がする。

シーズンは7月~10月だというから、まだまだこれから発生するのではないか。

しかし、なぜこんなに数が多いのだろう。おそらく10年も前なら滅多に見かけない希少なキノコだったはずなのに。

カエンタケが知られだしたのは、1980年代とわりと新しい。20世紀に発行されたキノコ図鑑には掲載されていないものも少なくないという。ところが今世紀に入って急激に増え出した。そして最強毒キノコということもあって、キノコマニアの間では有名になった。

カエンタケが目につくようになったのは、やはりナラ枯れの拡大と関係あるだろう。ナラ枯れは、ナラ類の幹にカシノナガキクイムシが侵入し、ナラ菌を伝染させることによって枯らしてしまう現象のことだ。今や全国で広がっている。

生駒山も、ここ数年ナラ枯れが始まっていたが、今年に入って物凄い勢いでコナラが枯れ始めた。生駒山の植生は基本的にコナラ林だが、それが次々と季節外れの紅葉をし始めた。枯れて葉の色が赤くなるのである。とくに今夏は雨が多かったから、カエンタケの発生に影響したのかもしれない。

来年以降は今年枯れたナラの木が腐って、カエンタケの発生に好都合な条件が広がるから、大増殖するのではないか。

これは生駒山だけのことではない。日本全国でナラ枯れが広がっているのだから、カエンタケの発生も全国的になるはずだ。

もともとナラ枯れの元となるカシノナガキクイムシは日本在来の昆虫である。しかしナラ類は薪や木炭、シイタケ原木などと有用な樹種のため、常に伐採されて若返っていた。細いナラ類にはカシノナガキクイムシはつきにくい。ところが戦後は、化石燃料の普及もあって山の管理が行き届かなくなり、ナラ類が大木になった。そこにカシノナガキクイムシは襲いかかったのである。落葉広葉樹の代表的な樹種であるナラ類が枯れると生態系にも大きな影響が出ることが懸念されていた。

しかし、ナラ枯れがカエンタケという猛毒キノコの大繁殖という事態まで引き起こすとは想定外だったろう。

コナラ林は人里に多いから、ハイカーが行き交う道近くにも発生するだろう。知識のない人は、きれいなキノコだから採取しようと触る人も出るかもしれない。食べようとする人は少ないだろう(似た形状の食用キノコがあるそうで、間違って食べて亡くなった人がいる)が、触るだけで皮膚がただれるのだから被害が出る可能性も高い。

かといって駆除できるものでもない。とにかくカエンタケの危険性を多くの人々に知ってもらう以外にあるまい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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