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ヒガンバナに種子はない。全国すべて同一の遺伝子!

田中淳夫森林ジャーナリスト
黄色い稲穂に赤いヒガンバナの田園景観は、日本の原風景?

ヒガンバナを目に映る季節になった。

刈り取り寸前の稲穂が並ぶ棚田の畦を縁取るように鮮やかな赤が一斉に咲いているのを見ると、文句なく美しい。同時に秋を感じさせる風景である。すっかり田園の景色に溶け込み、日本の原風景を形作っている。

多くの異名を持ち、それは曼珠沙華のほか、墓地花、死人花とか、地獄花、幽霊花、狐花……とあまり縁起のよくないものが多い。毒を含むうえ、墓地に多いことから不吉なイメージがあるのだろうか。たしかに鱗茎には、神経毒を含んで、不用意に食べたら命に関わるそうだ。

もっとも、ヒガンバナは帰化植物とされている。中国から渡ってきて、人の手で株を植えられて分布を広げてきた。というのも、畦に植えると、その毒性ゆえかミミズが寄りつかず、モグラなどが穴を掘らなくなる(田んぼの水が抜けない)からだという。また毒を含むものの、鱗茎はデンプンが豊富で、すりおろして流水に漬けると毒が洗い流されるため食べることができる。そのため救荒作物にもなったため、盛んに植えられたとも言われる。

実は帰化植物である証拠として、種子が稔らないことがある。それは遺伝子が3倍体(遺伝子のセットは、両親双方から受け継ぐため通常は2倍だが,3倍あるもの)で、交配できないからである。植物の3倍体は、栄養生殖しかできない。

つまり日本のヒガンバナは、みんな遺伝子が同一なのだ。

おそらく、中国から持ち帰るために選抜された最初の1株のヒガンバナが、3倍体だったのだろう。花の形や色、大きさとか、鱗茎の大きさなどを基準に選んだのかもしれないが、日本に入ってきた個体が種子をつけないため、株分けで増やさざるを得なかった。また、その方が形質がみんな同じで都合よかったのかもしれない。

そのため気温など環境が一緒だと、一斉に花を咲かせやすい。おかげで同じ畦のヒガンバナは一斉に咲く。

そう聞くと驚くが、実は種子をつけない植物、日本にある個体が全部同じ遺伝子を持つ植物は珍しくない。

もっとも身近な例は、ソメイヨシノだろう。日本全国津々浦々に植えられているソメイヨシノは、全部遺伝子が同じなのだ。そして自家不和合性を持つため、同じ遺伝子の花粉では稔らない。だから種子をつけない。

これも品種改良(エドヒガンとオオシマザクラの交配だとされる)でソメイヨシノを誕生させた際に、偶然か必然か起きた出来事だ。

だから全国に広がったのは、全部挿し木。つまりクローンなのだ。

たまにソメイヨシノの木にサクランボが成っているのを見かけるが、これはソメイヨシノ同士が交配したのではなく、おそらくヤマザクラなど別の品種の花粉が飛んできて稔ったのだろう。その代わり稔った実は雑種となるため、それを植えてもソメイヨシノに育たない。

もう一つ、メキシコを原産地とするゲッカビジン(月下美人)も、日本にあるものは、すべて同一遺伝子だった。自家不和合性が強いため、あの強烈な香りの花が夕べに咲いても、その花が稔ることはない。おそらく最初に持ち込んだ一株から、全部挿し木などで増やされたのだろう。

ただし、現在は原産地から別の株が持ち込まれたので、それを交配させたら容易に種子をつくることができるそうだ。

ともあれヒガンバナは、沖縄から北海道まで分布しているが、それが帰化植物で、全部同じ遺伝子を持つかと思うと、ちょっと見る目が違ってくる。日本の景色は人が関わりつつ時の積み重ねで生まれているのだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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