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里山の風景が変わる?! ナラ枯れの猛威広がる

田中淳夫森林ジャーナリスト
一足先の紅葉?のようになったナラ枯れの広がる山々。

9月も半ばになって、そろそろ山の紅葉が気になっている人もいるかもしれない。

が、もしかして8月の夏真っ盛りの頃から山の木が色づいていないか? それも、茶色に。

それはおそらく紅葉ではなくて、ナラ枯れだろう。

枯れている樹は、たいていコナラやミズナラ、クヌギなどナラ類だが、シイ、カシ類にも起きている。これらの木は、いわゆる里山と呼ばれる山々を覆う主要樹種だ。それらがどんどん枯れているのである。

実は私の住む関西圏の里山では、ここ数年猛威を奮っている。とくに今年は目立って、山全体の1~2割は枯れてしまった印象がある。

ナラ枯れは、正確には「ブナ科樹木萎凋病」と呼ばれている。その正体は、カシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)が幹に穴をあけて侵入し、中にナラ菌の繁殖させることで樹木を枯らす樹病だ。カシナガが穿入した木は、直径2ミリ程度の小さな穴がいっぱい開いて、木粉を噴いている。その木は、ほどなく葉が赤茶けてくる。樹勢の強いものの中には生き残り、翌年再び芽吹くケースもあるが、たいていはそのまま枯れる。

カシノナガキクイムシの電子顕微鏡写真。 森林総合研究所関西支所提供
カシノナガキクイムシの電子顕微鏡写真。 森林総合研究所関西支所提供

ナラ枯れは、1980年代に日本海側の山で広がり始めたとされるが、全国的に目立ちだしたのは2000年に入ってからだろう。もはや太平洋側にも勢力を伸ばし、九州から四国、そして青森までの本州全域に広がった。

よく比較されるマツ枯れと違うのは、マツ枯れは外来のマツノザイセンチュウが日本に侵入し引き起こしたのに対して、カシナガは日本在来の昆虫であること。実は江戸時代の古文書にも登場しているし、明治以後も繰り返し発生した記録がある。

それでも、今回騒がれるのは、あまりに規模が大きく、しかも伝播力が強いことだ。しかも大木が枯れるため、目立つし周りへの影響が大きい。

どうやらその理由は、ナラ類の大木が増えたためらしい。カシナガは、とくに大木を好むのだ。

かつてナラの木は、薪や木炭、それにシイタケのホダキや家具や住居の建材にもなった。おかけで太くなる前に伐採された。

しかし、戦後の燃料革命によってナラのような広葉樹材の利用が減り、放置が進んで太い木が増えた。それこそカシナガの好物であり、大繁殖のチャンスが訪れたのだろう。

原因はともかく、これほど猛威を奮っているナラ枯れの対策はあるのだろうか。

正直、無理だ。公園や庭など名所の個別のナラの木を防護することは可能かもしれないが、とても山全体は救えない。

ナラ枯れが進んだ後の植生は、どうなるだろうか。

もし大木が枯れて除かれることで、跡地に若いナラが生えてくるなら、森の若返りと言えるかもしれない。自然の摂理と納得できる。

が、どうもそれは少ないという報告がある。周りの照葉樹などが侵入して跡地を覆ってしまうらしい。すると暗い森となり、紅葉は見られなくなる。

かつて白砂青松と呼ばれた日本の風景は、戦後マツ枯れが進むことで姿を消した。日本の原風景は大きく変化したのである。

今度は、落葉樹が主な雑木林がナラ枯れで大きな損傷を受けるとしたら……雑木林のつくる里山の原風景は、また別の姿に変わってしまうかもしれない。

頻繁に変わる原風景というのも、ちょっと妙だが。。。

もう一つ付け加えると、枯れたナラの木の周辺では、最強の毒キノコ・カエンダケが生えやすい。触っただけで皮膚がただれるというカエンダケが里山に繁茂し始めたら……あまり気軽に里山を歩けなくなりかねない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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