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大規模火災にあっても、森林はよみがえる!

田中淳夫森林ジャーナリスト
空から見たボルネオの森林火災跡(1998年時)

東南アジア、北米、アマゾン……世界中で森林火災が多発している。

なかでもインドネシアの火災は、森林を焼いた煙が海を越えて数百キロ離れたマレーシアやシンガポールまで達し、宇宙からも見えるほどだ。焼失した森林面積は、7月以降だけで約200万ヘクタール以上。これは四国全域より広く、九州の半分に近い。これほど大規模な森林火災は、今世紀に入って始めてだろう。

この煙害(ヘイズ)の立ち込める地域は、大気から有害物質が検出されていて、もはやガスマスクなしでは呼吸ができないほどだ。インドネシアでは52万人の人々が呼吸器障害をおこしているという。

二酸化炭素の排出量も膨大で、地球温暖化を加速するだろうと言われる。10月末日までに放出された二酸化炭素は約16億3600万トンと推定されているが、これは日本の年間の二酸化炭素排出量をはるかに超えている。

地球規模の大災害だ。それに異論はない。

火災の原因は、エルニーニョ現象による少雨が続いているなか、アブラヤシ・プランテーションの拡大のために数多くの農園主が森林に火を放ったため想定を超えて拡大したとされている。

ただ森林火災というと、山が丸ごと黒こげになって、木一本残っていない風景を頭に描いていないだろうか。そして森林がもどるまで何十年、何百年とかかるのではないか、と思いこんでいないか。

実は、この手の大規模な森林火災はこれまでに幾度も起きている。とくに東南アジアでは頻発しているのだが、私も20世紀末に起きた大規模な森林火災が起きた直後のボルネオ島を訪れたことがある。そこで見た焼けた森の姿は、意外なものだった。

実は、大半が緑に覆われていたのである。緑の中に焦げた木々が立っていたが、周辺には新たな木が育ちつつあった。

森林が焼けたと言っても、すべての樹木が焼き尽くされたのではなく、かなりの部分が焼け残っていた。また半分焼けた大木から新たな枝葉が伸び、また地表も勢いよく芽生えた草に覆われていた。

植物の成長にはもっとも適した熱帯雨林気候だけに、火が消えた後に急速に緑が回復したのだ。空からは茶色く焼け焦げたように見える森も、地上では早くも植物が繁茂していたのである。

実は、森林の生態系の中には、火災も含めた「攪乱」が重要だとされている。定期的な「攪乱」がないと、生態系が維持できないとさえ指摘されている。

なぜなら、火に焼けることで大きな木々の樹冠などが失われ、林内に光が入るようになると、新たな種が伸びるチャンスを得るからだ。また地表が焼けることで、植物に悪影響を与える病原菌が死滅したり、土に溜まった成長阻害物質が蒸散するため成長しやすくなる。さらに植物の中には、種子が火にあぶられることで発芽しやすくなるものもあるのだ。

実際、北米などでは、小規模な火災は抑制しないという。それどころかコントロールド・ファイヤーと呼ぶ管理された火入れをわざと行うことさえある。小規模に森を焼くことで、大規模な森林火災の発生を防ぐのだ。

さらに、森が若返る。結果的に多様な生命が育まれて、より良い森が維持されるというのである。

こうした生態系のレジリアンス(復元力)は一般の人が想像する以上に大きいように思う。火災だけでなく、洪水、火山噴火などの天変地異さえも、長い時間とともに生態系維持の要素に取り込んでしまうのだ。

だから世界の森は、森林火災からもきっと復元すると私は信じている。いつまでも焼け野原が広がった死の世界ではないだろう。

ただ今回の森林火災は、明らかに大規模すぎる。いくら自然には「攪乱」要素が必要で、復元力があると言っても、その限度を超えたら危険だ。仮に動植物の一つの種が絶滅したら、再び回復することはできなくなる。加えて人間社会にも大きな損失を与えている。

そして、それ以上に心配なのは、短期間に「攪乱」が繰り返すことである。

一度きりの火災ならば、小規模であろうと大規模であろうといつか自然はもどってくるだろう。しかし、それが毎年のように起きれば回復が間に合わず、やがて土地そのものが劣化して森林にもどらなくなる恐れが強い。

たとえば森を切り払って行う焼き畑も、10年に一度程度の頻度で焼くのなら自然はちゃんと回復し、むしろ作物の収穫量は多くなる。だが毎年火入れしたら、森にもどらなくなる。そして作物の育たない不毛の土地になってしまうだろう。

だから、現在の森林火災で重要なのは、まず鎮火することは当たり前(おそらく雨期を待つしかないと思うが……)だが、より大切なのは二度とこれほどの規模の火災を起こさないように徹底的な取り締まりをすることだ。

鎮火後、短期間で次の火災が起きたら、それこそ森林に深刻なダメージを与えるだろう。

そのうえで、再び森林に生命が満ちる日を待ちたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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