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国産の紙おびやかすバイオマス発電

田中淳夫森林ジャーナリスト
チップ工場に運び込まれる製材に向かない林地残材

前回、新国立競技場のデザイン案をネタに森林認証問題について触れた。その後、デザインは隈研吾氏の案に決定した。

ただオリンピック施設はメインスタジアムだけではない。オリンピックには環境に配慮した素材を使うというのは、世界的な潮流である。だから日本も外れることなく実行してほしい。そして、それが日本の木材需要全体に広がることを期待している。

ところで、木材に関した備品としては見落としがちだが、量的には紙類が膨大だ。そこで前回深く触れなかった紙の話をしたい。

まず日本製の紙の原料は、約6割が古紙である。残り4割が木材由来のチップ。

チップの6割が広葉樹材で、4割が針葉樹材。広葉樹材の約85%が輸入で、国産材は15%内外。一方、針葉樹材は70%以上が国産材由来。ということは、チップ全体の国産化率は、ざっと4割弱と言えるだろう。

古紙の元となった木材の由来ははっきりしないが、チップに準じて原料の6割以上が外材と見てよいと思う。

外材の広葉樹チップは、どこから来るのか。

オーストラリア、ニュージーランド、チリ、東南アジア……と全世界に渡る。基本は植林されたユーカリやアカシアが多いが、なかには天然林を破壊的に伐採して調達するケースもあるようだ。

広葉樹チップをよく使う紙は、たとえばコピー洋紙がある。安いコピー紙を買うときには、その原料の出所に注意すべきかもしれない。

ただ針葉樹チップは、国産材が7割を超えているのは、なかなか健闘している方だろう。日本の木材自給率は3割しかないのだから。

針葉樹材は繊維が長いため、薄くて強い洋紙に向いているから新聞紙などに欠かせない。

国産材の針葉樹チップの多くは、スギやヒノキなどの残材である。つまり木を伐採し長さを揃えた丸太にした際に出る寸足らず材や、枝材、傷材、曲がり材、また梢に近い細い部分など、建材にはなりそうにない部分だ。通常は林地に残されがちだが、それを集めて製紙用チップにされる。

また製材工場で角材や板に加工する過程で出る端材も、製紙用に回される。

これらの材を製紙用に回すことで、山主や製材工場は捨てるものが有価物になるわけだし、製紙業者も国産の原料を調達できる。しかも森林を破壊することのない原料だ。そう考えると、三方一両得となるのだが……。

最近、そうした構造が崩れかけている。

その理由は、バイオマス発電だ。主に木材を燃やして発電するわけだが、その原料は莫大に必要だ。一般に出力5000キロワットの発電所なら、年間6万トンの木材を燃やす。そのため各地に乱立したバイオマス発電所は、燃料となる木材を集めることに必死だ。

本来、燃料材には製紙チップにもならない木材を回すことになっているのだが、足りなくなると見境なくなる。しかもFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)のおかげで、通常よりはるかに高い金額を払うようになった(高額の代金の分は、電気料金に上乗せされるわけである)。

おかげで、これまで製紙用に回していた残材・端材をバイオマス燃料に取られるようになったのだ。

このままだと、針葉樹チップもまた外材に依存しなければならなくなるかもしれない。せっかく国産化を進めていた原料調達システムが崩れてしまう。それが残材・端材ではない丸太チップだったとしたら、環境に優しいとはとても思えない。

このように紙も、その背景に森林と林業を巡るさまざまな社会情勢が絡んでいる。

だから、せめてオリンピックには素性のはっきりした、森林破壊を行っていない原料によってつくられた紙を使用してもらいたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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