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相次ぐクマの出没。背景にある生息数に疑問

田中淳夫森林ジャーナリスト
ツキノワグマも猛獣だ(写真:アフロ)

クマの出没が各地で相次いでいる。(本稿では、クマと書けばツキノワグマを指すことにする。)

農林作物被害も増えているし、怪我人も多数出るようになった。とくに秋田では4人が襲われて亡くなった。そして、駆除したクマの胃の中から人体の一部が見つかったとか……。

私は専門家ではなく、クマの生態についても詳しくないが、学生時代にクマの冬眠穴調査に従事したことがあり、クマが冬眠に利用する岩穴や樹洞などを調べて回ったことがある。冬眠が明けてからの季節だったが、もし穴の中にクマがいたらどうしようとビクビクものだった。木によじ登って樹洞を覗くとき、足が震えていたことを思い出す。

ツキノワグマは、ヒグマと違って人間より小さいものも多い。しかし、やはり猛獣であり怖い。正面からぶつかったら、生命の保証はないだろう。

なぜ、これほどクマの出没が多いのか。その点に関して「昨秋はドングリが豊作だったから春の出産が相次いで、子グマ連れが増えたからではないか」という研究者の意見が紹介されている。

ドングリが多く稔れば出産が増えるという見方に異議はないが、子グマが多いことと里によく出ることの関連がはっきりしない。また別の年の秋には、ドングリが不作だから餌を求めて里に多く出没した、という見立てが語られていた。それではドングリが不作でも豊作でも、クマは大量出没することになる。

さらに奥山はクマの食べるものがないとか、クマの生息域に侵入した人間が悪いとか……。地元民のタケノコ採取にいちゃもんを付ける輩まで現れている。

クマの大量出没に関しての各者の声を聞いていると、どうも隔靴掻痒だ。

各地のクマの出没理由、そして殺傷事件には固有の事情はあるのだろう。しかし、もっとも気にかかる点について、あまり触れられていないように思う。

それは、クマの生息数である。

クマの推定生息数は、諸説あるものの1万5000頭前後というのが一般的だ。また成獣になるには3~4年かかる。

しかし駆除数は、毎年全国で2000頭前後。多い年は5000頭近い。これほど駆除……有体に言えば殺処分しているのなら、クマは数年で絶滅しかねず、姿を見ることも難しくなるのではないか。

しかし、毎年クマは大量出没する。以前より頻度は増している。

ならば、と門外漢ながら、私は思う。クマの出没が増えた根本理由は、生息数が増えたからではないのか。数が増えたから里にも出る、だから人と接触も増えたと考えた方がわかりやすくはないか。つまり推定数が怪しい。

なかには「奥山にクマの餌がないから里に出る」という主張もある。そして、クマは絶滅寸前と訴える。まったく根拠がわからない。

よく人工林には餌がないというが、実際に山を歩くとそうでもない。人工林の中にも広葉樹が繁り、実をつける下草も豊富なところは結構多い。クマの餌になりそうな植物はたっぷりある。

加えて農業廃棄物が大量にある。晩秋から冬の里山には、収穫されないままの野菜や、柿やミカンなどの果実が放置されている。クマだけでなく野生動物の有り難い餌になるだろう。しかも農作物そのものではないので、被害扱いされない。

加えて駆除されたシカやイノシシは、山に放置もしくは埋められているが、それが餌になっているという報告もある。

もちろん、クマは九州では絶滅したようだし、四国もほんのわずかしか生息しないとされているから、地域ごとに大きな違いがあるのだろう。

しかし、目撃が相次ぐ東北各県に加えて中国山地や中部山岳地方などでは、数が増えていると考えてよいのではないか。

あるいは、これまでの生息数の推定に大きな誤りがあったかもしれない。もともとたくさんいたのに気づかなかっただけ?

駆除に加えてさまざまな理由で野生のクマは生命を落としているだろうから、普通に考えれば、生息数は推定の数倍なければおかしい。実際、別の方法で生息数調査をやり直すと、従来の4倍になったという事例もある。

私の学生時代、カモシカによる造林地の食害が問題になっていた。その際もカモシカは増えているのか、奥山を追われて里に出てくるのかが議論になった。必死で「奥山に餌がなくなった」と主張する学者がいたことを記憶する。

しかし、今では「増えている」ことに間違いないだろう。現在はカモシカよりもシカやイノシシの方が増え過ぎたとされるが、食害理由はあきらかに増えすぎたことだった。

同じことはオオタカでもあった。全国に数百羽しかいないと絶滅危惧種に指定されていたが、後に調べ直すと数万羽の生息がわかり指定が取り消されたのである。

野生動物の生息数の推定は難しい。とくに遊動性の強いクマの生息数を推定するのは至難だろう。加えて、いつの時代にも野生動物の生息数を少なく見込み、「絶滅寸前」と主張して保護を進めたい人はいる。

クマの数は、現在の推定数よりずっと多い可能性を考えるべきだ。

出没クマ対策は必至だ。しかし推定生息数が大きくズレていたら、対策も根本的に誤りかねない。生息数調査をもっと厳密に行うことも重要だが、とりあえずクマは意外とたくさんいて、身近な野生動物だと頭を切り換えることも大切ではなないだろうか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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