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明治神宮の鳥居建て替えに立ちふさがる難問

田中淳夫森林ジャーナリスト
明治神宮の鳥居はみなタイワンヒノキ製だったが……。

明治神宮は、全国一参拝者数の多い神社だそうだ。私も東京に行って時間に余裕があるとき、よく寄るスポットの一つである。

ところで、「参拝」する人は、何を目的としているだろう……と問うのは失礼かもしれない。もちろん本殿で手を合わせる人が大半かもしれないが、パワースポット巡りとか、鎮守の森を歩くことを楽しむ人も多いのではないか。

NHKスペシャルで、この森が約100年前に人工的につくられた森として紹介されて話題を呼んだようだが、多様で豊穣な生態系が築かれている東京都内のオアシスである。

私は、森もいいが、あえて拝殿前の鳥居に注目している。正確には、この鳥居となっている木の柱を、今のうちにじっくり見ておこうと思う。

なぜなら、この鳥居は、建て換えられる予定だからだ。

明治神宮にある巨大な鳥居は、みな木製なのだが、老朽化が進んでいる。なかでも一の鳥居を新しくする計画があるのだ。

気をつけてほしいのは、現在の鳥居はタイワンヒノキ製であること。

明治神宮が創建された1920年に鳥居も建てられたが、台湾を統治していた総督府が阿里山にあった巨木を伐採して献木したのである。当時の日本に大径木のヒノキは少なくなっており、神社仏閣はタイワンヒノキで建てられることが多かった。

タイワンヒノキは日本のヒノキの変種に当たるが、材質は近い。ヒノキには含まれていないヒノキチオールを豊富に含み、芳香を放つ。

明治神宮の鳥居の柱にあるひび割れに鼻を近づけてみると、すがすがしい香りが鼻を刺激する。すでに伐採されて100年近く経つが、まだヒノキチオールが抜けきっていないのだ。

ところで文化財の修復や復元に大径木を使用する際、文化庁などは元の樹種と同じものを使うことを求める。しかし、もはやタイワンヒノキの伐採は完全に禁止となっており、ましてや阿里山は保全地域になっている。巨木を伐って日本に輸出することは不可能だ。ましてや日本国内でも、大径木ヒノキはすでに枯渇している。

ちなみに日本最大の木製鳥居は、明治神宮の南参道と北参道の出合い口にある大鳥居(二の鳥居)だ。2本の柱の太さは直径1,2メートルにもなる。ただこの鳥居は2代目で、初代は1966年に雷が落ちて柱が破損してしまった。2代目の大鳥居が完成したのは1975年だ。当時でもタイワンヒノキは伐採制限がかかっていたが、日台双方の関係者の努力で輸出が認められた。しかし、それが台湾の宝ともいうべきタイワンヒノキの巨木を減らしたのは間違いないだろう。

今、これに匹敵する大径木をいかに調達するか。

そこで、今回柱として選ばれたのが、樹齢250年の吉野杉だ。奈良県吉野郡川上村には、スギの大木がまだある。昨年、そうした巨木が何本か伐りだされた。長尺のまま運び出すため非常な苦労がされたというが、肝心なのは、それが人の手で植えて育てられた人工林であることだ。吉野には、樹齢200年~300年の人工林が残されている。また各地にもご神木にはスギが多く、大木がある。

スギはヒノキより強度に劣ると思われがちだが、吉野杉は曲げ強度も圧縮強度も通常のスギと比べて1~2割強い。また今回は、白太(辺材部分)を剥がして芯の赤身だけ仕上げるそうである。なんとも贅沢な使い方だが、強度や耐久性に問題はないだろう。

明治神宮は、よくぞヒノキにこだわらずスギを使う英断をしたと思う。今後、ほかの鳥居も建て替えが求められるようになるだろうが、いつかすべて吉野杉の鳥居になる日が来るかもしれない。

神社仏閣では、ことのほか無垢の大径木を求める傾向がある。しかし、いたずらなこだわりが、すでに危機的な森林資源をさらに追い詰めかねない。日本にないからと、海外の天然林から伐りだした大径木の木材で、鳥居だけでなく本殿や本堂を建てて自慢する時代ではないのである。

日本の山は森林が飽和状態だから、どんどん伐るのがよいという声が広がっているが、それは樹齢50年程度のスギ・ヒノキとしては若年のものばかり。100年を超える成熟した大木、ましてや200年以上の神性漂う超巨木は極端に減少している。森林環境と資源量を考えて樹種などを選択していくべきだろう。吉野杉の大木もそんなに多くあるわけではない。

もっとも、かつて鳥居と言えばみな木製、ときに石製だったのだが、今では少し大きなものは鉄筋コンクリート製や鉄など金属製、さらに塩化ビニール製になってしまった。

それはそれで寂しい。鳥居は神域と俗世を分け隔てる結界の役割を果たしている。そんな鳥居は、やはり自然物である木製であってほしい。合成樹脂製ではちょっとパワースポットにはなりにくいうように思うが……。

中小の鳥居はやはり木でつくってほしいし、どうしても大きなものが必要なら集成材もよしとすべきではないか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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