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”ロック詩人”・作詞家・森雪之丞、”変幻自在”の40年――色彩豊かで瑞々しいコトバの煌き

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/Hideki Otsuka

例えばキャリア40年のアーティストというと、そのアーティストの名前や活躍ぶりを知っているのは、40代後半以上の人に限られたりするが、作詞家デビュー40周年を迎えた森雪之丞は、そこにはカテゴライズされないようだ。

『森雪之丞原色大百科』の発売記念イベントに、お祝いに駆けつけた榊原郁恵と
『森雪之丞原色大百科』の発売記念イベントに、お祝いに駆けつけた榊原郁恵と

6月13日、タワーレコード渋谷で行われた『森雪之丞原色大百科』の発売記念イベントには老若男女、多くのファンが駆けつけ、特に若いファンの姿が目立った。本人と至近距離で接することができる、滅多にない機会ということもあり、森がファンからの質問に答えるというシーンもあった。

――どういう状況で詞を書くのですか?

森「書いているものはクレイジーでも、自分はフラットでいることを心がけている。フラット状態から、いかにクレイジーなものを書くのかが大切」

――詞の発想、ネタはどこから持ってくるのか?

森「それまでの作詞家と違う何かを、ということを常に考えてきた。生きていることがネタの原点」―――。

森の言葉を聞き逃すまいと、そこにいたファン全員が食い入るように森のことを見つめていた。

40年のヒストリーをCD9枚に凝縮。日本の音楽シーンに与えた影響の大きさを再認識

9枚組CD BOX『森雪之丞原色大百科』(完全生産限定盤,5/25発売)
9枚組CD BOX『森雪之丞原色大百科』(完全生産限定盤,5/25発売)

『森雪之丞原色大百科』は、作詞家デビュー40周年を迎えた森雪之丞がこれまでに手掛けた2,400曲を超える作品から、173トラックを厳選した9枚組CD BOXで、1万8千円という高額商品ながら、順調に売上げを伸ばしている。9枚組というスケールの大きい商品だが、森の“変幻自在”の40年のヒストリーは、とてもCD9枚に収めることはできないが、それをギュッと凝縮した9枚だ。その内容を見ると、森雪之丞が日本の音楽シーンに与えた影響の大きさ、他の職業作家とは一線を画す存在の大きさがわかる。

DISC1.2は【雪之丞HISTORY】で、当時22歳の森の作詞家としてのスタートでもある、ザ・ドリフターズに提供した「ドリフのバイのバイのバイ」(‘76年)から最新作の『映画 プリキュアオールスターズ』まで、作品を年代順に並べたもの、DISC3は【雪之丞ROCK】と題し、ロック詩人と呼ばれる森が、布袋寅泰やhide、氷室京介などのロックスターともに作り上げた新しい日本語ロックの数々が収録されている。DISC4.5【雪之丞IDOL】は、森の名前を最初に世に知らしめた、アイドルに提供した名曲の数々が、DISC6【雪之丞ANIME SONG】には、「キン肉マン」「ドラゴンボールZ」など、アニソンの金字塔を打ち立てた名曲達が収録されている。DISC7【雪之丞MUSICAL】は、森が21世紀に入ってから精力的に取り組み始めた、演劇・ミュージカル用に書いた作品の中からセレクトされた22曲が鎮座している。そしてDISC8【雪之丞RARE&MORE】は、ポエトリー・リーディングなどのジャンルに属さない曲を集め、DISC9【OTONANO雪之丞】にはミディアム調やバラード作品が収録されている。40年間、新鮮、斬新、驚きを聴き手に与え続け、人々の心に感動を残し続けてきた奇才は、ポップスばかりではなく、アニメソングやミュージカル曲でもヒットを数多く残しているところが、広いファン層を獲得できている理由だ。

”英語的グルーヴ”を求め、日本語を歯切れよく聴かせることに注力した'70~'80年代

それにしても森雪之丞の言葉の“独創性”は、比べるものがないほど色彩豊かで、そのあまりの鮮やかさに聴き手は翻弄され、いつのまにか虜になっている。1977年に発売された榊原郁恵の「アル・パシーノ+(たす)アラン・ドロン<(より)あなた」には驚かされた。今では長いタイトルも、記号を使った表記も特段珍しいものではないが、当時は斬新すぎて「なんだこれ…?」という感じだった。ちなみにこの作品では作曲も手がけている。そしてシブがき隊のデビュー曲「NAI・NAI 16(シックスティーン)」や「100%…SOかもね! 」、今回のアルバムには収録されていないが「ZOKKON 命-LOVE-」などで、“雪之丞ワールド”は全開になった。洋楽の影響を多分に受けたメロディが氾濫していたあの時代、それは今も変わらないのだが、そんなメロディに言葉をはめ込んで行く作業が、作詞家の仕事だった時代だ。英語に近い音を持つ日本語を探したり、リズムを強調させるために“韻”を踏んだり、“英語的グルーヴ”を求め、日本語を歯切れよく聴かせることに注力していた。例えば、「ぞっこん」や「そう」という言葉は英語に近く、“~でしょう”というフレーズは“SHOW”に置き換えて英語のノリを出したり、「NAI-NAI~」も発音は”NIGHT”と同じで、とにかく英語のグルーヴとの融合を目指し、実験を続けた。その結果、それまでにはなかった言葉が生み出す独特のリズムを創り出し、アーティストや作家に大きな影響を与えた。時代の寵児、ヒットメーカーとしての名をほしいままにした。

”それまで感じたことがない空気と感覚”を創りだす、斬新で新鮮なコトバ

個人的には中原めいこのシングル「君たちキウイ・パパイヤ・マンゴーだね」(‘84年)が印象的だった。当時彼女は人気上昇中のシンガー・ソングライターで、この時代は化粧品メーカーが毎年夏のキャンペーンを打ち出し、しのぎを削っていたが、中原の「君たち~」がカネボウの夏のキャンペーンソングに起用された。シンガー・ソングライターであるはずの中原めいこの名前の横に、森雪之丞という名前がクレジットされている。それは“勝負曲”という証だ。人気上昇中でブレイクチャンスを迎えていた中原、メーカーも、女性から支持を圧倒的に得ているブレイク前のアーティストを起用することで話題を集め、絶対に負けられない戦いに挑んだのだ。奇抜なタイトル、ラテン調のリズムでノリがいい曲、CM効果と相まって、彼女最大のヒット曲となり、その後も様々なアーティストにカバーされている。“太陽に虹を架けたら抱かれてもいいわ”“咲かせましょうか果実大恋愛(フルーツ・スキャンダル)”、広告代理店が仕掛けているとはいえ、当時そんなに一般的ではなかったキウイ、パパイヤ、マンゴーというトピカルフルーツが並んでいるだけでも斬新なのに、トロピカルな雰囲気の情熱的な言葉を駆使した歌詞は、またも「なんだこれ…?」だった。それまでに出会ったこと、“感じたことがない空気と感覚”を教えてくれたからだ。

ロックアーティストとコラボレーションし、新しい日本のロックを創り続けた'90年代~

‘90年代には布袋寅泰、hide、氷室京介など、ロックアーティストとのコラボレーションで、日本のロックシーンに新風を吹き込み一時代を創るとともに、のちに登場し、このシーンの継承者となるアーティスト達に多大な影響を与えた。“ロック詩人”と呼ばれる所以はそこにある。日本語×ロックは合わないと言われ、思われ続けてきた時代から、それを融合させることと戦い続けた森の歴史が、ここで大きく花開いたといってもいい。先述のアーティストと共に、VOW WOW、斉藤和義、吉井和哉他との組合せも新鮮で、聴き手にワクワク感を常に与え続けてきたのも、森雪之丞だからこそなせる技であり、大きな功績だと思う。

時代を超え、聴き継がれるアニメソングを、今も作り続けている

「キン肉マン」の作者・ゆでたまごが描き下ろした森とキン肉マンの、コラボポスター
「キン肉マン」の作者・ゆでたまごが描き下ろした森とキン肉マンの、コラボポスター

森雪之丞はアニメソングでも多くの人の心の掴んだ。「キン肉マン」「悪魔くん」「Gu-Guガンモ」「らんま1/2」「おそ松くん」「ドラゴンボールZ」etc…その時代を代表するアニメの主題歌、テーマソングを書き続け、あらゆる世代の人々の心に深く残るヒット曲を量産した。

そのリズミカルな言葉の使い方は他の追随を許さず、特に擬音を多用するテクニックと、劇中に出て来るキャラクターや、必殺技の名前、呪文やキーワードを散りばめるセンスで、わかりやすさとインパクトを与え、聴き手はそのアニメの世界に一瞬にして引き込まれてしまう。作品に寄り添いつつも、独特の発想でユーモラスさをプラスし、自由で満ち溢れた作品たちは、聴くだけで元気が出る曲が多い。

それは森が少年時代から無類のマンガ好きで、自らもマンガを描いていたという、マンガへの溢れる想いや愛情も影響しているのではないだろうか。自分で描いたマンガには主題歌も作ったという。マンガをこよなく愛する、少年の心を持った作家が書くアニメソングを、多感で、吸収力の塊でもある子供達が聴いたら、心を鷲づかみにされるのは当然で、それはたやすく時代を超えて、聴き続けられ、聴き継がれ、愛され続ける。

いつまでも感性が瑞々しい理由――新しいエンタテインメントを追求し続ける姿勢

新しい事に貪欲にチャレンジし続けるからこそ、その感性はいつまでも瑞々しさを失うことなく、それが“変幻自在”な作風にもつながり、聴き手にワクワク感を与え続ける存在でいられる理由なのではないだろうか。近年は演劇・ミュージカルに力を入れたり、ロックオペラを仕掛けたり、ここでもその才能を如何なく発揮している。またポエトリー・リーディングライヴ「眠れぬ森の雪之丞」や朗読会を行ったり、独創的なアイディアで新しいエンタテイメントの可能性を求め続けている。

これまで森雪之丞が関わってきた作品を、大きな意味で“ポップミュージック”と呼ぶのであれば、それは常に新しいものや時代の空気を取り入れながら進化し、煌きを忘れないものを意味し、森雪之丞の存在はまさに“ポップミュージック”そのものだ。

『森雪之丞原色大百科』は、そんな日本の音楽シーンの“至宝”が放つ、時代を彩った173のポップミュージックがぎっしり詰まった、“宝石箱”だ。

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<Profile>

1954年生まれ、東京都出身。大学在学中からオリジナル曲のライヴを始め、同時にプログレッシブ・ロックバンド「四人囃子」のゲストシンガーとしても活躍。1976年に作詞&作曲家としてデビュー。以来、ポップスやアニメソングで数々のヒットチューンを生みだしたが、90年代以降、布袋寅泰、hide、氷室京介など多くのロックアーティストからの支持に応え、先鋭的な歌詞の世界を築き上げる。これまでにリリースされた楽曲は約2400曲、06年には作詞家30周年を記念しポルノグラフィティ、斉藤和義、大黒摩季などが参加したトリビュートアルバム『Words of 雪之丞』が発売された。また詩人として、'94年より実験的なポエトリー・リーディング・ライヴ「眠れぬ森の雪之丞」を主催。'03年には詩とパフォーマンスを融合した「POEMIX」を岸谷五朗と、11年には朗読会「扉のかたちをした闇」を江國香織と立ち上げるなど、独創的な行動と美学は多くの世代にファンを持つ。近年は舞台・ミュージカルの世界でも活躍。劇団☆新感線の「五右衛門ロック」シリーズの作詞を始め、「CHICAGO」「THE WIZ」などブロードウェイ・ミュージカルの訳詞も手掛ける他、'12年には初戯曲となるロック☆オペラ「サイケデリック・ペイン」を雪之丞一座~参上公演として上演。13年には戯曲第2弾となるオリジナルミュージカル「SONG WRITERS」を上演。'15年は新キャストによるロック☆オペラ「サイケデリック・ペイン」の再演、熱狂的なリクエストに応え「SONGWRITERS」のオリジナルキャストでの再演が実現。以降も精力的に作詞を手がけ、最新作は'16年3月公開の『映画プリキュアオールスターズ』のミュージカル監修・作詞。

OTONANO『森雪之丞原色大百科』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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