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名曲から名作が誕生――かりゆし58「アンマー」に導かれ生まれた号泣小説、有川浩『アンマーとぼくら』

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
かりゆし58 「アンマー」は前川真悟(Vo/B;左から2番目)が作詞・作曲

沖縄発、かりゆし58の名曲「アンマー」。聴き継がれ、歌い継がれ、YouTube再生回数は2000万回超え

かりゆし58という沖縄出身の4人組バンドを知っているだろうか?その代表曲のひとつ「アンマー」という名曲を知っているだろうか? 沖縄の方言で「お母さん」という意味の、10年前にリリースされ、歌い継がれ、聴き継がれてきたこの名曲は、YouTubeでの再生回数は2100万回(8/9現在)を超えている。かりゆし58は2006年2月にミニアルバム『恋人よ』でデビュー。その年の7月に初のシングル「アンマー」をまず沖縄限定でリリースし、8月に全国リリースした。ボーカルの前川真悟が、母への想いをストレートに綴った歌詞が大きな感動を呼び、ラジオや有線などで徐々にその人気が広がっていき、インディーズとしては異例のその年の「日本有線大賞新人賞」を受賞した。ちなみに“かりゆし”とは沖縄の方言で“めでたい”という意味で、“58”は沖縄を縦断する国道58号線からきている。

人気作家・有川浩が「アンマー」にヒントを得て書き上げた「現時点での最高傑作」

『アンマーとぼくら』(講談社)
『アンマーとぼくら』(講談社)

そんな名曲に今再びスポットが当たっている。『図書館戦争』『植物図鑑』『県庁おもてなし課』『空飛ぶ広報室』『三匹のおっさん』等、数多くのヒット作を持つ人気作家・有川浩が、この曲にインスパイアされ、一篇の物語を書いた。それが『アンマーとぼくら』だ。

ストーリーは、主人公のリョウが久々に故郷・沖縄に帰省し、沖縄でガイドの仕事をしている二人目の母親と、三日間島内を旅行する。現在と過去が交差しながら、母親と息子の絆を描き、物語は進んでいく。有川本人が「現時点での最高傑作」というように、読者の反応も良く、7月19日に発売後、早くも10万部を突破した。

かりゆし58が背水の陣で作り上げた「アンマー」は、母への手紙

そもそも「アンマー」という曲はどういう曲で、どういう過程で有川さんが作品の題材にすることになったのか、その経緯をかりゆし58・前川に聞いた。「24歳の時、自分はこのままでいいのだろうかと自問自答している時期が続いて、高校の同級生でもあるメンバーと話をした時にバンドをやろう、まずは一年死ぬ気でやってみようと手探りながら音楽活動を始めました。そうしたら一年後に縁あって今の事務所から声をかけてもらい、でも最初の作品は700~800枚しか売れなくて、そのうち100枚は母親が買ってくれていました(笑)。その後も売れなくて、次の作品が売れなかったらちょっと厳しいかもという話になり、じゃあこれまでさんざん迷惑をかけ、お世話になった母親に手紙を書いて、それを曲にしてみようと思って出来上がったのが「アンマー」でした」(前川)。事務所との契約も打ち切りかという、背水の陣で前川が作品作りに取り組んだ時、真っ先に思い浮かんだのは母親の顔だった。そんなまっすぐな母親への想いは、せつなくも力強い言葉になり、バラードではないが泣ける曲としてスタンダードナンバーになった。

今年デビュー10周年、そして「アンマー」が発売されてからも10周年ということで、節目の年に何かできないか考えた時、スタッフがこの曲は一つの物語として成立するのではないかと考え、是非有川にこの曲を元に小説を書いて欲しいという想いから、有川の元へこの曲が持ち込まれた。「有川さんとは何度かご飯とお酒をご一緒させていただき、いわゆる業界のパーティのような集りに一緒に参加をした時に、有川さんが「ちょっとこういうの苦手だから外に出ててもいい?」とおっしゃるので、二人で会場の外で色々な話をして、その時通じ合えたと思いました。あの時から勝手にソウルメイトと思っています(笑)」(前川)。

「沖縄の風土も歴史も知らない人間が、沖縄で観た事感じた事をフラットに書きたかった」(有川)

有川浩
有川浩

しかし前川は有川に「アンマー」が生まれた背景や、詳しい話はしなかったという。「でも有川さんがとても物事に丁寧に触れる方だなと感じたのは「私は、沖縄の人間じゃないから、沖縄の物語を書く資格はないと思っている。だからビジターとして訪れて、沖縄の歴史も風土も知らない人間が、フラットに観たものを書きたい。だから「アンマー」という曲も、ひとつの曲として流れていく風のように聴きたい。詳しい話を聞いたら、私の物語として受け取って、感じてしまいそうだから」とおっしゃって下さったことです」(前川)。

残波岬の灯台に打ち寄せる、荒々しい波(出典:沖縄観光チャンネル)
残波岬の灯台に打ち寄せる、荒々しい波(出典:沖縄観光チャンネル)

有川はこの依頼を受け、初めて沖縄の地を踏んだ。しかしあいにくの天気で、小説の中でもポイントになる場所でもある残波岬を訪れた時は、まるで日本海の波を思わせるような荒々しい波が岩に打ち寄せていたという。「有川さんは、「私が想像していた沖縄はいわゆる南国のイメージだったけど、ここ(残波岬)にはエネルギッシュな沖縄が宿っている気がする」と言って、どんどん残波岬での風景が物語に投影されていったようです。沖縄の音楽の発祥の地と言われている、読谷村にある残波岬で感じたことが、物語に大きく影響しているということは、必然的な偶然が重なっている気がします」。そう前川は、音楽と小説との不思議な縁を感じずにはいられないという様子で語った。「そうして書いてくださって、有川さんが「今までで最短で書いちゃったの。本当は短編のつもりだったのにこんなに長くなって……やっぱりご縁があったんでしょうね」と言って下さいました」と、有川の言葉に感激したという。

「音楽は作るのではなく、そこにあるものに心と耳を傾け蘇生させるもの」(前川)

「小説は登場人物達が勝手にしゃべって筆が動く。私はそれをただなぞっているだけ」(有川)

前川は音楽というものに対して独特の考え方を持っている。それは沖縄の先輩ミュージシャンの言葉に大きな影響を受けている。「先人から言われたのは、音楽は作っているんじゃない。そんなおこがましいことを考えてはいけない。そこにあるものに耳と心を傾けて、ゆっくり蘇生させてあげる作業だ、と。有川さんに、どうやって小説を書くのかを聞いたら「わからない。登場人物達が勝手にしゃべって筆が動くの。私はそれをただなぞっているだけ」とおっしゃっていて、沖縄の先人たちの歌は祈りに近いものがあると思っているのですが、それに近い書き方なのかなと思いました。何か通じるものがあると思っています」と、それぞれの作品作りに対するスタンスにも共通点を感じていた。

「筆が今までにはない転がり方をした。沖縄には独特な風土や文化がある」(有川)

「愛する人の為に優しく強くあろうとする母性と、愛する人の為に美しくあろうとする女性が描かれている、素敵な物語」(前川)

前川と有川は8月6日(土)に『王様のブランチ』(TBS系)に出演し、物語の舞台でもある残波岬で対談をした。有川は「筆が今までにはない転がり方をした。沖縄には独特な風土や文化がある」と語り、さらに「曲に込められた思いがすごく優しくて、物語性の高さに、『アンマーとぼくら』を引きだして頂いた」と「アンマー」を絶賛した。前川は本の感想を「愛する人の為に優しく強くあろうとする母性と、愛する人の為に美しくあろうとする女性が描かれている、素敵な物語」と語っていた。さらに有川は「歌に導かれて書くという経験が初めてだったので、これは沖縄に書かせてもらった物語」と語った。

『アンマーとぼくら』は3日間、72時間の物語だが「そこには時間軸のねじれもあって、瞬間と永遠とが共存している不思議な感覚だと思う。有川さんも「私もこういう書き方は初めて。でも沖縄にいると、沖縄だったらこういうミラクルが起こってもいいんじゃないか、という気持ちにさせてもらったので、こういう小説が書けた」とおっしゃっていました」(前川)と言うように、沖縄という土地が持つ不思議な力、空気に導かれて生まれた作品なのだ。それは「アンマー」も同じだ。

男と女、そして家族の物語でもあり、友情も描かれている感情を揺さぶられる小説だ。「アンマー」が涙なしでは聴けないように、『アンマーとぼくら』も涙なしでは読めない。全国の書店員からも絶賛する声が、本の特設ページに届いている。導かれるように出会った音楽と小説の素敵な関係に、もれなくついてくるのは涙。その涙は愛おしい人の事を想うきっかけを作ってくれ、優しい気持ちにさせてくれる。

前川の沖縄の実家の壁にはかりゆし58や、「アンマー」が取り上げられた新聞や雑誌の記事の切り抜きが、所狭しと貼られているという。前川の母親の手によるものだ。この小説について母親はどんな感想を持っているのだろうか。「実はまだ聞いていないんです。でも、自分の息子のことが書かれている新聞や雑誌を切り抜いている時間って、母親にとってはちょっと誇らしい時間だと思うんです。それと同じようにこの小説を読んでいる時も、誇らしい時間になってくれると嬉しいです」、そう語る前川の笑顔の向うに、母親への限りない愛情を感じた。

<Profile>

有川浩(ありかわ・ひろ)。高知県生まれ。2004年10月「第10回電撃ゲーム小説大賞<大賞>」を『塩の街』で受賞しデビュー。同作と『空の中』『海の底』を含めた「自衛隊三部作」、アニメ化・映画化された「図書館戦争」シリーズをはじめ、『阪急電車』『植物図鑑』『三匹のおっさん』『ヒア・カムズ・ザサン』『空飛ぶ広報室』『旅猫リポート』『県庁おもてなし課』『明日の子供たち』『だれもが知ってる小さな国』、初エッセイ集『倒れるときは前のめり』など著作多数。

10周年記念ベストアルバム『とぅしびぃ、かりゆし』
10周年記念ベストアルバム『とぅしびぃ、かりゆし』

かりゆし58。2005年4月、沖縄で結成された、前川真悟(Vo/B)、新屋行裕(G)、中村洋貴(Dr)、宮平直樹(G)の4人組バンド。沖縄音階にロック、レゲエをチャンプルーしたサウンドと、飾らない言葉でメッセージを発信し、世代を超え人気を集める。 2006年2月ミニアルバム『恋人よ』でデビュー。2006年7月にリリースした、母への感謝の気持ちをストレートに唄った「アンマー」が多くの共感を呼び「日本有線大賞新人賞」を受賞。2009年2月リリースの5thシングル「さよなら」は、松山ケンイチ主演のドラマ『銭ゲバ』(日本テレビ系)主題歌に抜擢される。 2011年7月にベストアルバム『かりゆし58ベスト』をリリースしオリコンアルバムランキングの5位を記録し、同年の年間オリコンインディーズアルバムランキングの1位を獲得。2016年2月22日に10周年記念ベストアルバム『とぅしびぃ、かりゆし』をリリース。

かりゆし58オフィシャルHP

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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