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いとうせいこうって何者?――日本語HIPHOPの先駆者であり”稀代の編集者”だと教えてくれたフェス

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
『いとうせいこうフェス~デビューアルバム『建設的』30周年祝賀会~』

東京体育館で2日間計10時間、50組を超える出演者が競演した”祝賀会”

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「『建設的』を伝えるのに30年かかりました」――いとうせいこうは2日間、計10時間に渡ったフェスの最後にそうしみじみと語った。

『いとうせいこうフェス~デビューアルバム『建設的』30周年祝賀会~』が9月30日、10月1日の2日間、東京体育館で行われ、50組を超えるアーティスト、タレント、俳優、芸人らが出演した。まずは出演者を見て欲しい。名前を見ているだけで楽しくなる。

【9月30日(金)】

いとうせいこう / 有頂天 / Aマッソ / 鬼ヶ島 / かせきさいだぁ&ハグトーンズ / □□□ / 小泉今日子 / 須永辰緒 / ダイノジ / 田中知之(FPM)/ DUBFORCE feat. Usugrow / 東京パフォーマンスドール / 中村ゆうじ / バカリズム / DJ BAKU / Bose(スチャダラパー)/ ホフディラン / 真心ブラザーズ / みうらじゅん / DJやついいちろう+いつか(Charisma.com)/ RHYMESTER / レキシ

【10月1日(土)】

いとうせいこう / くりぃむしちゅー上田 / 蛭子能収 / 大竹まこと / きたろう / 岡村靖幸 / かせきさいだぁ&ハグトーンズ / 勝俣州和 / KICK THE CAN CREW / ゴンチチ / サイプレス上野とロベルト吉野 / Sandii / 水道橋博士 / スチャダラパー / 須永辰緒 / 高木完 / 高橋幸宏 / 竹中直人 / 田中知之(FPM)/ テニスコート / 東葛スポーツ / ナカゴー / 久本雅美 / 藤原ヒロシ / 細野晴臣 / みうらじゅん / MEGUMI / やや / ヤン富田 / ユースケ・サンタマリア / LASTORDERZ

『建設的』(1986年9月発売)
『建設的』(1986年9月発売)

「なぜいとうせいこうがこんな豪華なメンツを集めて、しかも東京体育館という大きな場所で2日間もフェスができるんだ!?」と思った人も多いかもしれない。そもそも「いとうせいこうって何やってる人?作家?」と感じている人も多いのでは?

いとうせいこうといえば、小説家、編集者、タレント…様々な顔を持つマルチクリエイターだが、なんといっても日本語ヒップホップシーンの開拓者として、多くのアーティストからリスペクトされている、大きな存在だ。いとうが日本語ヒップホップシーン黎明期に作り上げ、1986年9月に発売した『建設的』は、日本語ラップの先駆けの歴史的名盤として、今シーンを牽引している多くのアーティストに影響を与えた。そんないとうに影響された、いとうを尊敬するアーティストが集合したのがこのフェスだ。ヒップホップアーティストだけではない。タレント、芸人、ミュージシャン、いとうの活動の幅の広さ、才能の豊かさ、人脈の凄さを見せつけられたランナップだった。ちなみに名盤の誉れ高い『建設的』は当時は売れず、後に高い評価を得た。それが冒頭のいとうの言葉に繋がる。

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この多彩な顔ぶれを、いとうはどうさばくのか、ハプニングさえ楽しみにして出かけた。会場に入ると心地いいリズムの音楽が流れていて、席についてステージを見ると、サイドステージでウェルカムDJとして田中知之(FMP)がプレイしているという豪華さ。東京体育館がクラブに変わる準備はできていた。

東京パフォーマンスドール(TPD)のパフォーマンスで幕が切って落とされ、レキシがコールアンドレスポンスで盛り上げ、会場をひとつにし、□□□(クチロロ)はヒップホップとシティポップが交錯する、独特のスタイルを見せてくれた。ライムスターが圧巻のパフォーマンスで、いとうへのリスペクトを示し、バカリズムが、宇多丸(ライムスター)やBOSE(スチャダラパー)、やついいちろう等を仕切る、ひな壇トークで笑わせ、有頂天がパンクなステージで客席を熱くし、ホフディランが変わらぬ上質なポップスで心地いい風を吹かせてくれた。そして真心ブラザーズがヒットナンバー「サマーヌード」を弾き語りで聴かせてくれ、途中からかせきさいだぁ&ハグトーンズとコラボをみせてくれた。そしてDUBFORCEが登場。いとうの切れ味鋭いラップが炸裂した。

DUBFORCEとマーメイドドレスを着た小泉今日子がコラボ。小泉は藤原ヒロシ作曲の「LaLaLa」を披露し、客席は大盛り上がりで本編は終了。アンコールは、この曲が収録されたアルバム『業界くん物語』が11月30日に初CD化されることが決定した、1985に発売された日本初の本格ヒップホップの誕生と語り継がれている「業界こんなもんだラップ」を、いとうとDJ BAKUが披露して、一日目が終了。客出しのDJはこれまた豪華すぎる須永辰緒で、4時間の濃すぎる素晴らしいライヴだった。

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2日目もウェルカムDJを須永辰緒が務める。これから始まるライヴの豪華さ、濃さを早くも予感させてくれる。ややの1986年のヒット曲「夜霧のハウスマヌカン」(作詞いとうせいこう)でスタート。中津川ジャンボリー(竹中直人)なるフォークシンガーが「緊張している」と言いながら歌い、客席を笑わせ、ラッパー・サイプレス上野とDJロベルト吉野がいとうに愛を込めラップを披露。MCUといとうが共演し、そこからKICK THE CAN CREWのステージへとなだれ込み、会場の熱が一気に上昇。かせきさいだぁ&ハグトーンズ、ゴンチチの後はきたろうといとうがコントを披露。LASTORDERZに続いては大竹まことが登場し、アナーキーなお笑いで盛り上げた。いとうが以前司会を務めたバラエティ番組『虎ノ門』(テレビ朝日系)の名物コーナー「朝まで生どっち」が、くりぃむしちゅー・上田晋也のMCで復活。上田が蛭子能収、勝俣州和、久本雅美ら、強力な陣容のひな壇を懸命にまわすその姿に、客席も爆笑だった。

ユースケ・サンタマリアのステージに続いて、細野晴臣が登場。いとう、MEGUMIと共に「死体とプロポーズ」というシュールなコントを披露。笑わせたくれた後に、アコギ一本で「ろっかばいまいべいびい」を歌い、客席がその歌と美しいギターの音色に聴き入る。スチャダラパーは「今夜はブギーバック」でお客さんの体を揺らし、いとうと藤原ヒロシによるサブリミナルカームは、藤原がつま弾くアコギと美しいメロディ、切々と歌ういとうのボーカルが印象的だった。高橋幸宏は豪華バンドを従え登場。はっぴぃえんどの作品「花いちもんめ」ではギターの鈴木茂が歌い、鈴木のギターソロにいとうは狂喜乱舞していた。岡村靖幸はいとうとTPDとのコラボで登場。このコラボは岡村プロデュースで「何も知らずにリハスタジオに行ったら、これをやることになり、しごかれた」とぼやくいとう。岡村のギターで「サマータイム」を披露し、大歓声が沸き起こる。

この日のクライマックスは、藤原ヒロシ、高木完、ヤン冨田ら当時先鋭的だったクリエイター達と、いとうせいこう&TINNIE PUNX(タイニーパンクス)として作り上げた名盤『建設的』に収録されている、いとうの原点ともいえる楽曲「東京ブロンクス」と、「だいじょーぶ」をオリジナルメンバーで再現したシーンだろう。日本のヒップホップシーンの開拓者が30年ぶりに一堂に会する奇跡のステージに、客席からは大きな拍手が沸き起こり、2日目の本編が終了した。こうして駆け足で振り返ってみて、もちろん全出演者のパフォーマンスは紹介しきれていないが、これだけでもどれほどのボリュームか、バラエティに富んだ内容かがわかる。

粋な人間の周りには人が集まる――いとうせいこう愛で溢れた2日間

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アンコールで登場したいとうは、瞳を潤ませながら感謝の言葉を述べ、最後は小唄で6時間に渡ったライヴを〆るという、粋な演出だった。粋な人は慕われ、その周りには人が集まる。それを感じた2日間だった。いとうは自分の「祝賀会」ではあるはずなのに、ほぼ出ずっぱりで、声を枯らしてラップ、歌、しゃべりで客席を沸かせた。みんながいとうと何かやりたいのだ。出演者全員のいとうせいこう愛が伝わってきた。

いとうせいこうトリビュートアルバム『再建設的』(9月21日発売)
いとうせいこうトリビュートアルバム『再建設的』(9月21日発売)

そして言葉と音の洪水だった。いとうが切り拓いた日本語ヒップホップに影響を受けたアーティストが集結していたこともあるが、とにかく多くの言葉がステージ上から放たれた。様々な音楽、リズムに乗って、日本語ラップから日本語ロックまでが、いとうせいこうという常に革新性を求める脳=ヒップホップセンスの持ち主の存在によって、一本につながった貴重なフェスだった。

様々な顔を持ついとうせいこうの正体は、”稀代の編集者”

それぞれが様々なシーンで主役を張れる、ひとクセもふたクセもある50組を超える個性的な出演者を、リハも含めてその場で最高に面白いことをつきつめるその“フリースタイル”で、2日間10時間の見応え、聴き応えがある作品に昇華させ、まとめ上げたいとうせいこうは、やはり稀代の編集者だ。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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