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”次へ”向かって歩き始めたいきものがかり 「放牧宣言」は自然な流れ

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
左から水野良樹(G/リーダー)、吉岡聖恵(Vo)、山下穂尊(G/Har)

誰もが驚いた1.5「放牧宣言」。「ネガティブに伝わってもしょうがない。3人はポジティブ。リフレッシュのための休養」(水野)

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1月5日、いきものがかりが「放牧宣言」、突然グループとしての活動を休止すると発表し、ニュースでも大きく取り上げられ、ネット上でも大騒ぎになった。この日の夜、ラジオ番組に出演したリーダーの水野良樹は、発表後、大きな反響が寄せられた事に「メンバー3人が一番驚いています」と心境を語っていた。“国民的グループ”の突然の発表だっただけに、様々な憶測が飛び交い、中でもたちが悪いのは記事中に登場する“関係者”といわれる人達のコメントだ。音楽業界、レコード会社、芸能界、実在するのかどうかさえも怪しい様々な“関係者”が知った顔で、あたかも事実であるかのように適当な発言をしている。きっと一度もいきものがかりと話もした事がなければ、ライヴも観た事がない人達なんだろうと簡単に想像できる“浅い”、適当なコメントのオンパレードだ。“関係者”…本当に都合がいい言葉だ。どうしてもネガティブに捉えたい人がいるようだが、翌6日に3人揃って出演したラジオ番組の中でも水野は「ネガティブに伝わってもしょうがない。3人はポジティブ。リフレッシュのための休養」とハッキリ説明している。

デビュー当時からいきものがかりを取材をしてきた者としては、そういうネガティブ情報にさらされるいきものがかりが気の毒で仕方ない。人気者の宿命といえばそれまでだが、3人とスタッフで話し合いを重ね、考えに考え抜いて出した結論が「放牧宣言」だと思うからだ。これまで10年間音楽に真摯に向き合い、老若男女に愛される歌を数多く発表し、ライヴやテレビを通して、その歌をとにかく丁寧にファンに伝えてきた3人、“まじめ”というイメージが強かった3人だからこそ、突然という感じがより強調されたのかもしれないが、丁寧に“その時”を選んだ上での発表だったとしか思えない。

去年3月にリリースされたベストアルバム『超いきものばかり~てんねん記念メンバーズBESTセレクション~』の発売タイミングで、3人に10年間を振り返るインタビューをさせてもらった(【インタビュー】いきものがかりの10年物語<前編> 「一発屋と思われたくなかった」)。結成17年目、メジャーデビュー10年、シングル31作、オリジナルアルバム7作、ベストアルバム3作(1作はバラードベスト)、映像作品8作(全て当時)……いきものがかりが刻んできた歴史を振り返り、何を想い、何を感じ活動を続けてきたのかを聞かせてもらった。アーティストとして活動をしていると、10年というとまず最初にやってくる特に大きな節目になる。もちろん大きな商機でもあるので、本人、メンバー以上にスタッフもファンも盛り上がり、年間を通してアニバーサリー的なノリになる。しかしこの時の3人は、決して躍ることなく淡々と10年間を振り返ってくれた。

濃密すぎるまさに怒涛の10年。インプットのための充電期間が必要

「今回のアルバムのマスタリングしていて思ったんですけど、一曲一曲聴いていると、この時何やってたとか、こんなこと言ってたよねって全部覚えてるから、それを集めていくと結構色々な事があったんだなって思いますね。でもあっという間って言っちゃうとあっという間でしたけどね」(水野)。「なかなか振り返る余裕もなかったんですけど、あっという間という感じもありますが、改めて見返してみると、色々あったなって感じです」(山下)。「こうやって時系列で追っていくと、ウワーって思いますけど、でも目の前の一つずつしかたぶん見てこなかったと思うんです。だからこうやって、これまでのことを並べてみると圧倒されるというか、おお!って感じでびっくりしちゃいます」(吉岡)。正直、自分達のこれまでをゆっくりと振り返る時間もないほど、走り続けてきた10年間だったはずだ。

いきものがかりの“快進撃”を振り返ってみると、2006年「SAKURA」でメジャーデビュー。2008年はなんとシングル5枚、オリジナルアルバムを2枚リリースし、全国ツアーを26公演、そして「NHK紅白歌合戦」に初出場した。「紅白」には以後9回連続出場している。この年の事を水野は「『My song Your song』(3rdアルバム)あたりが、一番何をやっているかわからない時期でしたね、個人的には(笑)」と、あまりに忙しすぎた当時を振り返ってくれた。2009年もシングル4枚とアルバム1枚をリリースして、全国ツアーは38公演。この年「YELL」が「第76回NHK全国学校音楽コンクール」中学生の部・課題曲に選ばれた。2010年もシングル3作をリリース。「ありがとう」のヒットで、新規ファンを一気に獲得できた。そして初のベストアルバム『いきものばかり~メンバーズBESTセレクション~』をリリースし、150万枚を超えるヒットになった。全国47都道府県ツアー60公演を行った後に、さらに初のアリーナツアーを敢行し、自身最多の71公演を完走した。2011年はシングル2作をリリースし、初のスタジアムライヴ『いきものまつり2011どなたサマーも楽しみまSHOW!!!~横浜スタジアム~』を行い、2日間で6万人を動員。続く2012年はシングル3作、アルバム1作をリリースし、全国ツアーは42公演。「NHKロンドン2012放送」のテーマソング「風は吹いている」という、いきものがかりにとってキーとなる曲が生まれた。12月には初のバラードベスト『バラー丼』をリリース。

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2013年はシングル1作、アルバム1作をリリース。全国ツアーは25本と前年と比較すると少なくなっているように見えるが、25本全てアリーナクラスでの公演で、規模は大きくなっている。少し“休んだ”2014年も結局シングル3作、アルバム1作をリリースしている。休んでなんていない、制作活動に勤しんでいたのである。ちなみにこの年、水野は「いきものがかりと違う事がやりたいと思い」ソロライヴを行っている。2015年はシングル2作をリリースし、2年ぶりの全国ツアーは全26公演、25万人を動員した。そして10周年の2016年は前出のベストアルバムと、8月24日に32枚目のシングル「ラストシーン/ぼくらのゆめ」をリリース。8月27日・28日に水野・山下の地元・海老名で『超いきものまつり2016 地元でSHOW!!~海老名でしょー!!!~』を、9月10日・11日には吉岡の地元・厚木で『超いきものまつり2016 地元でSHOW!!~厚木でしょー!!!~』を開催し、4公演で10万人を動員した。年末の「NHK紅白歌合戦」ではデビュー曲「SAKURA」を歌った。

”先”の事を考えての「放牧宣言」

と、まさに怒涛の10年間を送ってきた事がわかる。2008年のシングル5作というのはアイドルならまだしも、バンドがここまでリリースするのは異例だ。様々な企業が彼らの歌を求め、タイアップが多かったのもその理由のひとつだ。この年はオリジナルアルバムを2枚リリースというのも異常なペースだった。それ以降も濃密な一年一年を過ごしてきた。水野と山下はずっと歌を作り続け、出し続けてきた。そして吉岡はそれに魂を込め、いつも全力で丁寧に歌い、届けてきた。彼らを追いかけたテレビのドキュメント番組でも、吉岡のひとつひとつのライヴに全身全霊を傾ける、その尋常ではない真面目な姿勢が映しだされていた。ライヴだけではない、歌う事に対して常に同じ姿勢で臨む彼女は、緊張から完全に解き放たれる時間というものが、この10年間で一体どれぐらいあったのだろうか…。3人ともアウトプットの10年間だったはずだ。もちろんライヴでお客さんからエネルギーをもらえるのも、アーティストの特権だが、それ以上に客席に向けエネルギーを放熱しているのだ。10年経った今、3人それぞれが、それぞれの方法でインプットする時間が必要なのだと思う。だから“これから”の事を考えた「放牧宣言」だったのだ。これからも歌い続ける事を見据えた、自然な流れだ。

サザンオールスターズ、Mr.Childrenという国民的人気のバンドも、何度となく休息を取り、その度に気持ちをリフレッシュさせ、それを曲に反映させ、長きに渡ってシーンの第一線を走り続けている。

最新シングル「ぼくらのゆめ」は、水野がメンバーに宛てた手紙。「また僕らで歌おう」

昨年8月にリリースした最新シングル「ラストシーン/ぼくらのゆめ」の「ぼくらのゆめ」は、リーダーの水野からメンバーに宛てた“手紙”だ。この曲の持つ意味について水野は「1曲ぐらい10周年だし、自分たちを振り返るような曲を書きたいなと思って。そういう意味でメンバーに対する手紙みたいなイメージで書きました。そういうことをこの10年間一回もやったことなかったので…。最初3人でスタートして、スタッフもどんどん増えて、ファンの方も聴いてくださる方も増えて幸せですねって、お互い言い合っているだけの曲なんですけどね。でもそういう曲が(ベスト盤に)1曲入るだけで、いきものがかりのストーリーを楽しんでもらうという意味ではいいかなと思いました。手紙を贈る相手に歌ってもらうというのも変な感じなんですが、こういう曲が1曲ぐらいあってもいいかなって」と語っている。しっかりと一度立ち止まって振り返り、これからの事を考え、見据える事ができた。その決意をメンバーに、そしてファンへの手紙としてしたためた。「ほらBaby Baby Baby きみと歌いたい 優しさにつながれた 僕らの明日をいま なんども「もう一度」って顔をあげて またいっしょに歩こう また僕らで歌おう」と。

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その「ぼくらのゆめ」という手紙を手に臨んだ、10周年記念ライヴ『超いきものまつり2016 地元でSHOW!!』では、4日間ともオープニングナンバーは「ありがとう」だった。最終日はダブルアンコールでも「ありがとう」を歌い、これまでの10年間のメンバーからファンへの感謝の気持ち、そしてスタッフ、家族、地元開催に尽力してくれた全ての人達への感謝を、何度言っても言い足りないという想いが溢れるように歌った。祭りの後は、清々しく、その余韻を楽しみつつもどこか一抹の淋しさが漂うものだが、あの夏の終わりに感じたのは、感謝の気持ちを多くの人に伝えたかった3人が、ほんの一部とはいえ10万人のファンにメッセージを伝える事ができたという達成感のようなものだった。そしてライヴのMCで水野は「これまでは、自分たちのことを喋らずに、曲だけが届けばいいと生意気なことを言いながら歩いてきましたが、「10周年」に甘えて今日はもう一度自己紹介するような気持ちで、ライヴをさせてもらっています」と語っていた。

元々水野はソングライターとして、曲が曲だけで広がっていってほしいという考えの持ち主だ。そんな姿勢、こだわりが数々の国民的ヒット曲を生んだといってもいいかもしれない。「いい曲を書き続ける」事が目標であり続ける職人気質。その職人気質が老若男女、誰の心にもスッと入る“普通”の歌、世界観を作り上げてきた。”普通”ってなんだろう?それはどんな人にも聴いてもらえる歌。多くの人とのつながりを求めて曲を書き続けてきた水野と山下の想い、それを伝える吉岡の歌。例え全ての人にわかってもらえなくても、いきものがかりとして考え方、想いを尊重しつつ、でも少しでも多くの人とのつながりを求め、歌を紡いできた。その”普通”が共感を重ね、”普通”の王道になり、大きなヒットになっていく。曲がひとり歩きするとはそういう事だ。

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もう10年、いや、まだ10年。いきものがかりにはまだまだ“いい歌”を作り、歌い続けてもらわなければ困る。3人の歌に救われた、勇気をもらったという人は多い。歌の力の大きさ、影響の大きさは3人が一番わかっているはずだ。20年、30年、40年続いているバンドは、それだけ多くの人に求められているという事だ。そう考えるといきものがかりはまだ10年。これから先の方が長い。「放牧宣言」というのもいきものがかりらしい温かい表現だ。ここでもファンの事を想い、少しでも柔らかな表現にしようという気遣いから生まれた、吉岡発案の言葉だ。「また僕らで歌おう」(「ぼくらのゆめ」)ときちんと約束して、3人はしばしの休息、充電に入った。歌を届けたい、歌いたいと思ったら、またいつでも戻ってくればいい。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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