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【インタビュー】平井堅「一周回って、時代が僕の歌にドラマティックさを求めていない気がする」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト

平井堅のバラードは本当に心に染みる。3月1日に発売された、平井堅の41枚目のシングル「僕の心をつくってよ」は、『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』(3月4日公開)の主題歌に起用されていて、前作の名曲「魔法って言っていいかな?」に続くシンプルな直球バラードだ。平井がアニメ主題歌を手がけるのは初めて。オファーが来た時は「僕でいいの?」と驚いたというが、「幼い頃、ドラえもんの映画を観て号泣した思い出がある」と言い、今回の作品でも、ドラえもんとのび太のかけがえのない”絆”を描き、涙を誘う。「今の時代は“重いもの”ではないという気がしている」と書いた「僕の~」は、シンプルなアレンジの直球バラードだけに平井の声、歌の表現力がより際立ち、心に染みる。今回のシングル、「僕の~」を含む3曲は、平井の”純粋”な想いが出ている、非常にパーソナルな作品になっている。平井に、3曲への想いをじっくり聞かせてもらった。

「最初はドラえもんという国民的アイコンにビビッたが、あまり気にしないようにして、最初のアイディアを貫いた」

「僕の心をつくってよ」コラボレーションジャケット
「僕の心をつくってよ」コラボレーションジャケット

――前作の「魔法って言っていいかな?」に続いて、今回の「僕の心をつくってよ」も美しいバラードで、歌がより際立ってる曲になっていますが、『映画ドラえもん』の主題歌という事で、映像をご覧になって書きおろしたものですか?

平井 その時はまだ映像がなく、脚本を読んで書きました。今回お話をいただいて、どちらかというと元気な曲ではなく、落ち着いた感じのものをという事だったので、それに応えつつも、やはり強いものを出さなくてはという、いつもと同じ気持ちで作りました。

――資料の中の平井さんのコメントに、「最初は僕の楽曲のイメージに多い“湿度の高い曲”ではなく、もっと朗らかな曲を考えていました」とありましたが、ご自分で湿度の高い曲と言っていますが……。

平井 それはいまだに感じています。ちょっと暗いかなと思っていて、明るい曲も色々書いてはみたのですが…。

――そうだったんですね?

平井 はい、提出はしていませんがせっかくなので色々書いてみました。完成した曲は、ほぼピアノだけのアレンジで、もちろん自分でやりたくてやったのですが、でもこれでいいのかなという不安は最後まで感じていました。ドラえもんという国民的アイコンにどうしてもビビってしまうというか……。でもそこは無理してそっちに寄せすぎても、良くないかなと思い、最初のアイディアを貫きました。

前作に続いて、シンプルなアレンジの直球バラード。「一周回って、今は”重いもの”ではないという感覚が自分の中にある」

――アレンジが亀田誠治さんですが、曲ができた時点で平井さんの中で、シンプルなアレンジで行こうと思っていたんですね。

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平井 そうですね。でもまさかここまで音数少なくなるとは思っていなくて、昨年出した「魔法って言っていいかな?」もほぼギターとコーラスだけのアレンジで。去年リリースしたアルバム『THE STILL LIFE』のあたりから、自分の中で、ストリングスが鳴ってどんどん感動が増幅する壮大な曲というのは違うのかなという思いがあって。今の時代は“重いもの”ではないというのが、なんとなく自分の感覚としてあるんです。今回も最初に亀田さんに、ずっと平井堅がやってきたサビ前で、ベースとドラムがドーンと入ってきて、音圧も強くなってという、例えば「瞳をとじて」のような感じではなく、とお願いしました。音数はむしろ増やさないで、しいて言うと歌がだんだん厚くなっていく、洋楽のバラードのような感じにしたいとお願いしました。最初は驚いていましたが、亀田さんから「削ぎ落すだけ削ぎ落して、アルペジオで通してみましょう」というアイディアをいただいて、アデルのような、洋楽のバラードに多いアレンジで、ずっと音調は変わらなくて、歌がどんどんエモーショナルになっていくという。

――壮大なイメージの曲は今は違う、と思ったきっかけが何かあったのでしょうか?

平井 特に何があったというわけではないのですが、一周回った感じというか、空気感でしょうか。もちろんその全てを否定しているわけではなく、僕も好きな感じですが、平井堅という何周も回って、何回も元に戻っている人間は、当たり前ですが全てに関してストイックに向き合って、やっていかなければダメだという思いもあります。難しい感覚で、自分でもうまく言葉にできないのですが、時代が僕の歌にドラマティックさを求めていない様な気がしています。

――映画の最後にこの曲が流れてきたらグッときそうです。

平井 試写会で流れてきた時は嬉しかったですね。やっぱりドラえもんのあのアイコニックな顔があるので、ピアノのイントロが流れた時に急に静粛な世界になるので、この曲が合っているのか心配でした。でもドラえもんはああいうイメージですが、映画はホロっとくる感じなので大丈夫だと思いましたが、僕の湿った声が流れると「えーっ」てならないか、子供達は大丈夫かな、どう伝わるかなと思いました(笑)。

「極端にいうと自分の感情なんて自分から湧き出るものでなく、もっといえば人格だって、もしかしたら自分に影響を与える人、身近にいる人によって構成されるのかもしれない。そんな事を考えていたらこのタイトルが浮かんできた」

――この「僕の心をつくってよ」というタイトルですが、一見やさしくて、わかるようででもよく考えると難しいテーマ、言葉だなと思います。

平井 そうですよね。強いようで、核心を言っているようで言っていない気もするし、難しいですよね。

――歌詞を読んでいくと、理解はしたつもりにはなるのですが、果たして本当に理解できてるいるのかなと考えてしまいました。聞く機会があるフレーズではありますが、タイトルだけ見るとどこか哲学的な温度感があります。

平井 もちろんドラえもんとのび太の関係性を歌っていますが、最近自分が考えていたことでもあって。互いが互いの心を作っていくという、かけがえのない二人の大切さ……僕自身は職業柄、ある種不幸かもしれないと思っていて、それは自分の感情を殺す事がすごく多くなったと感じていて。例えば僕の周りにはスタイリストさんやヘアメイクさんなど、僕を作り上げてくれる、お世話をしてくれるエキスパートがいるので、自分で洋服を選んだり、ヘアスタイルを決めるという、自分の意思、主張をなるべく消すようになっていました。デビューする前の方が、自分の感情や意思がすごく強くあって、主張していた気がしていて。自分の感情とか心情というものが、他者によって変わっていくことで、自分の感情なんて意外と自分から湧き出るものではなくて、自分に影響を与える好きな人とか、自分の身近にいる人によって、極端にいえば人格も構成されていくのかもしれないと思ったりしていました。それで「僕の心をつくってよ」というキーワードが出てきた気がします。いつもこういう事をうじうじ考えている性格なんです、内省的というか(笑)。

「歌を”作る”という事にはこだわっていない。僕にできる事は、歌う事くらい」

――一昨年20周年を迎えられましたが、一度立ち止まって振り返る時間というものはあったのですか?

平井 特に20周年だからというのはありませんでしたが、自分のことというか、人としてどうやって生きていこうとか、歌手という職業の事を含めて、これからどうするべきかという事は今もずっと考えていますし、悩んでいます。

――表現者としてはやはりいい曲を作り続け、歌い続けていくということですか?

平井 作るという部分は全然放棄できるので、歌う事くらいしかないですね。今までも作っていない曲もありますし。

――確かにありますが、平井さんのイメージはやはりシンガー・ソングライターで、平井さんの言葉とメロディが求められていると思います。

平井 自己評価ができなくて、シンガー・ソングライターという感じがものすごくあるとかといえば、そんな事ない感じがしていて、しいていうなら歌手だと思うんですよね。

――歌唄いですね。

平井 はい、イメージとして。だからといって作詞・作曲を放棄する気持ちはありませんが、死守したいという気持ちもなくて。

「映画に例えると、歌い手は主役。監督・脚本を手掛ける人も多いが、僕はその映画をヒットさせるために、どこを鍛えて演技力を上げ、どういう主演男優になればいいかという事ばかり考えている」

――意外です。

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平井 そこは全然ないです。でももっともっと頑張らないととは思っていますし、これからサバイブしていくにはどうしたらいいだろうというのを、常に考えています。でも自分の事は役者っぽい捉え方です。自分で歌って、自分の名前で出すので主演ではありますが、自分で作っているということを考えると、監督兼主演という人がミュージシャンには多いです。プロットも作って、自分で脚本も書いて、演出もして、という感じです。でも僕は主演以外は放棄してもいいと思っています。うまく言えませんが、役が来て、その映画をヒットさせるために、どこの筋肉を鍛えて演技力を上げて、どういう主演男優になればいいかということばかり考えています。

――確かに平井さんの歌っている姿、表現の仕方を見ると、1970年代の、職業作家が書いた詞を、演じて歌う歌謡曲の歌手の風情を感じるというか、“伝える”事に命を懸けている感じが漂っています。

平井 そういう方に対する憧れ、リスペクトはすごくありますし、でも“純シンガー・ソングライター”に対してもリスペクトの気持ちが強いです。なかなか難しいですが、とにかく役が来て、それを一生懸命やる、歌うという事しかないと思っています。

――今回のシングル「僕の心をつくってよ」「YUMING」そして「ほっ」は、平井さんの“純粋”な想いが出ていて、温度感がすごく心地よかったです。

平井  ありがとうございます。3曲とも身近というか、パーソナルな曲が多いですね。

「YUMING」はイントロから最後までユーミンの色々な曲をオマージュ。「ユーミンからの感想は”ウケる”でした(笑)」

「僕の心をつくってよ」(フルヴォリューム通常盤)
「僕の心をつくってよ」(フルヴォリューム通常盤)

――「YUMING」は、平井さんの純粋なユーミンLOVEという気持ちがすごく出ているのはわかりますが、今なぜ「YUMING」だったのでしょうか?

平井 ユーミンの歌が本当に好きで、なぜ今かというと、たまたまできてしまったんです(笑)。ジムに行くと、いつもiPodで音楽を聴きながらウォーキングマシンで歩いていて、その日はたまたまユーミンの「サーフ天国、スキー天国」が流れてきて。すごく気持ち良くて、あらためていいなと思って、あのイントロが流れた時に「YUMING」というキーワードが浮かんできたんです。僕はそういう時に曲が浮かぶという事があまりないので、そういう意味では自分としては健全だと思い、ちょっと自己満足かもしれませんが、それを音にするというのはとても健全な制作だと思いました。それで、録ろうという事になって、イントロから最後までユーミンの色々な曲をオマージュしているので、一応松任谷ご夫妻に、弾き語りのデモテープを送りました。

――ご夫妻の反応はいかがでした?

平井 ユーミンさんからは三文字、「ウケる」でした(笑)。(松任谷)正隆さんは、「是非是非!」と言って下さいました。

――アレンジは、ユーミンのライヴの音楽監督でもある武部聡志さんです。

平井 最初は正隆さんにお願いして、まんまユーミンサウンド、というのも面白いかなと思ったのですが、去年出したアルバム(『THE STILL LIFE』)で一曲プロデュースをお願いしていましたし、正隆さんに「サーフ天国~」のピアノをあらためて弾いてもらうのも、ちょっとどうかなと思って(笑)。で、横を見たら武部さんがいるじゃないですか(笑)。ちょうど去年テレビでもご一緒させていただいて、武部さんだったら誰よりもユーミンの曲を弾いていらっしゃるのでお願いしました。

――武部さんにはどういうリクエストをしたんですか?

平井 武部さんから「もっと色々な曲のフレーズを入れてみようか」と言っていただいて、「あの日に帰りたい」のイントロとか、「サーフ天国~」のイントロのリフを入れてみたり。「サーフ天国~」をベースにちょっと懐かしい王道J-POPのような感じにしたいとリクエストしました。

「ほっ」では手嶌葵と共演。「声オタクとしては、手嶌さんのような人間離れした倍音の持ち主に出会えただけで嬉しかった」

――もう一曲「ほっ」には、手嶌葵さんが参加しています。

平井 前に作っていた曲で、その時は女性のパートは友達に歌ってもらっていたのですが、手嶌さんの声が大好きで、歌ってもらいたいなと思いオファーをさせてもらったところ、OKが出て。

――実際レコーディングで手嶌さんの声を生で聴いた時はいかがでしたか?

平井 テレビ(『関ジャム完全燃SHOW』)やラジオなどでも以前から好きと公言していましたし、初めてお会いして、その場でもやっぱり言ってしまいましたが、もう声の存在感がハンパなくて、本当に素晴らしかったです。なんていうか、どう考えても誰もがその声を拾ってしまう、耳がピックアップしてしまう声で、テレビを観ていてCMで彼女の声が聴こえてくるといまだに「あっ」ってなります。選ばれし声ですよね。声を張って主張する人が多い中、彼女の場合、きっと目立たないように目立たないように小っちゃい声で、囁けば囁くほど目立つという特殊な声でした。本当に存在感がすごくて、あとは倍音がすごいです。僕も倍音は決して少なくはありませんが、一緒に歌うと手嶌さんの倍音が凄すぎて、僕の声が細く聴こえるんです。僕は人の声が好きなので、あまりそこに自我はなくて、いい声に出会うと自分の声なんてどうでもよくなるんです。僕は声オタクなので、手嶌さんのような人間離れした倍音の持ち主に出会えただけで嬉しかったです。

――優しい曲ですが、二人の声が強いですよね。ちなみに声オタクの平井さんが気になる方は、今、他にいらっしゃいますか?

平井 今、ドラマ(『カルテット』)を観ているので、松たか子さん。綺麗だけど強い、本当にいい声ですよね。歌も好きですし、しゃべっている声も好きで、演技も抜群に上手くて、やっぱり役者さんて声が大事だと思います。松さんの声だったら、もう変な話、顔とかどうでも良いというか(笑)。もちろん松さんはかわいらしい方ですが、松さんのあの声があったらどうでもいい(笑)。舞台を観た時も惚れ惚れしてしまいました。ものすごく通る声で、でも押し付けがましくなくて、強い声だなと思いました。

「いい曲を少しでも多く残していく事が、結局は武器になる。アーティストパワーはあてにならない。いい作品を作ることこそが今やるべき事」

――今回のシングルに続いて4月にはスペシャルライヴもありますが、これからやりたい事を教えて下さい

平井 ただただ心身ともに健康であればそれでいいとは思いますが、どうしていきたいかというと、大変な業界、時代で、時代のせいにしてはいけないのですが、もう45歳で、20年以上やっていて、やることはやったという感覚もありますが、新しい野心も野望もないことはなくて、今後やるべきことは、自作でも他作でもいい曲、かっこいいと思う曲を、かっこいいアレンジでとにかく録音して、形にしていく。そんな当たり前の事を、どうやって商業ベースに乗せるかということが大変なんですが、でもその前にそうやって曲を作って、録音していく事が最終的には自分の武器になっていくと思うので、それを続けていけたらなと思っています。

――原点というか、最初に歌を歌いたいと思った時の初期衝動のようなものを、今また感じているという事ですか?

平井 そうですね。まず、歌えるという事がありがたいです。僕も大変ですが、他のミュージシャンもみなさん本当に大変だと思います。でもいい曲を作っていくことしかないですよね。どんなにタイアップが大きくても、曲がよくなければ売れないし、伝わらない。今の時代は、アーティストパワーというものがあんまり通用しないというか、多少は通用するかもしれませんが、やはりひとえにいい曲、作品を頑張って作っていくことこそが、今やるべきことなのかなと。

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<Profile>

1972年生まれ、三重県名張市出身。’95年シングル「Precious Junk」でデビュー。これまでにシングル40作、オリジナルアルバム9作(他にベスト盤、カバーアルバムなどがある)をリリースし、これまでに累計3,000万枚のセールスを記録。歌謡曲は勿論のことR&B、POP、ROCK、HIPHOP、HOUSEなど多種多様なジャンルに傾倒し、数多くのヒット作品を輩出。これまでに4枚のアルバムでミリオンセラーを記録し、男性ソロアーティストでは歴代1位。2015年にデビュー20周年を迎えた。

平井堅オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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