日本とアメリカのサードプレイスは「朝の4時」~Appleティム・クックCEOも

■AppleのCEOティム・クック

AppleのCEOティム・クックは、早朝から始動しているので有名だ(朝4時、なぜ最も生産的な時間なのか?)。

同記事にもあるように、クックCEOだけではなく、アメリカでは早朝をいかに有意義に使用するかということが、エグゼクティブの証明でもあるようだ。

この引用記事を読むと、アメリカの早朝族は別にジムやジョギングやメールしたいから早起きしているわけではなく、静かに一人で過ごす時間を確保するため目覚めているようだ。

クックCEOも、朝イチでメールほかに臨んでいるようだが、それは部下からの煩雑な相談が提出される前に自分だけの用事を済ませることが目的のようにも思える。

ところで、オルデンバーグ『サードプレイス』(サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」)によると、アメリカと日本では「サードプレイス」が消滅してしまって久しいらしい。

フランスやイタリアやイギリスにはまだ存在しているサードプレイス(フランスのカフェほか)が、アメリカと日本では消滅してしまった。

同書によると、ファーストプレイスは「家庭」、セカンドプレイスは「職場」(あるいは学生にとっての仕事という意味で「学校」)だそうだ。

それ以外の空間が、我々人間には必要なのだと同書は説く。

■サードブレイスなき日本とアメリカ

僕も同書に影響されてサードプレイスを日本で再構築できないかと苦闘してきた。そのひとつが「高校生居場所カフェ」であり、具体的実践が「となりカフェ」であったりする(義務教育に「となりカフェ」を~教育機会確保法が成立)。

が、理論としては十分理解しているものの、実際に日本にこれを再構築する場合の「サードプレイス」の捉え方が思想的に練り込んでいたかどうかはこれまで自信がなかった。

それが、冒頭引用記事を読んで、なんとなくわかり始めた。

サードブレイスなき日本とアメリカに現れた21世紀的サードプレイスとは、「朝」なのではないかということだ。朝、特に早朝の時間、人々がまだ寝静まっている時間、これこそが我々にとってのサードプレイスではないかということだ。

人間には家族も友人も同僚もライバルも必要だが、同時に孤独と瞑想と思索も必要だ。だが、ファーストプレイスとセカンドプレイスではなかなかそれが確保できない。

家では、子どもの喧騒がありパートナーの相談がある。

職場では、部下の相談があり同僚のつぶやきがあり上司の愚痴がある。これらに対応する時、我々の思索は飛躍することはない。

■サードプレイスは、孤独と瞑想と思索を与えてくれる場所

サードプレイスは、孤独と瞑想と思索を与えてくれる場所だ。

僕もここ5~6年は早朝に目覚め、ほかにやることがないためFacebookほかのSNSに記入してきたが(田中俊英Timeline)、めんどくさがり屋の僕がなぜかずっと続いている。

サードプレイスは、ファーストプレイスでもなくセカンドプレイスでもない。

そこはおそらく、孤独と瞑想と思索の場だ。

我々人間には、この孤独と瞑想と思索が必要なのだと思う。

が、銭湯(60年代まで日本に広くあったサードプレイス)もバールもない日本やアメリカでは、ヨーロッパのようなサードプレイス的空間がこれから先も保証できない。

だからこそそれは、「朝」になった。

我々にとってそれは場所ではなく、朝の2時間という「時間」がサードプレイスなのかもしれない。

みなさま、今年もよろしくお願いします!★