Yahoo!ニュース

アベノミクスの支離滅裂

田中良紹ジャーナリスト

第二次安倍政権が誕生した時、「ごった煮のような政権」と書いたことがある。考え方の違う人材をあちこちから集め万全の構えを取ったように見せたが、小泉路線と反小泉路線が入り混じる政権の政策は一貫性を欠く。従って参議院選挙を乗り切るまではそれをごまかしていくしかない。そう思って「三本の矢」が出揃うのを見ていた。

5日に本丸と言われる成長戦略が発表されると、アベノミクスが目指す円安・株高が逆の展開となった。成長戦略は選挙用の「目くらまし」を羅列しただけだと市場から見透かされ、株価は成長戦略発表前と比べて6日には800円以上も下落した。一方で為替も99円台となって円高に振れている。これは一時の調整局面というよりアベノミクスに対する海外の失望局面と言うべきである。

アメリカ型の経済成長は金持ちと貧乏人を作り出し、貧乏人の鼻先にニンジンをぶら下げることで達成される。だから時々貧乏人には金持ちになる機会が与えられる。誰もがやらないニッチな事業で成功するとか、法の目を潜り抜けて一攫千金をものにするとか、アメリカン・ドリームはそうして生まれる。

しかし資本主義は放っておくと強い者がより強くなり、弱い者の機会を奪ってニンジンがニンジンでなくなる。それでは資本主義は自滅する。そこで政治の力が必要になる。政治は競争が公正に行われるよう市場を監視し、大きすぎる資本には独占禁止法を適用して市場の競争化を図る。

そのうえで経済成長に必須なのが労働の生産性向上と賃金の抑制である。労働者を目いっぱい働かせ、意欲のある者にはより高い賃金の職に就く機会を与え、意欲のない者は解雇する。これを「労働力の流動性」と言い、終身雇用に慣れた日本とは真逆の考えに立つ。

賃金を上げればコストが上がり国際競争力を弱めて経済成長を阻害する。しかしアメリカには賃金総体が上がらない仕組みがある。移民国家であるアメリカには常に低賃金労働者が流入する。労働者は低賃金移民との競争にさらされ、それが総体として賃金を押し下げる効果を生む。

賃金が下がっても物価を下げれば問題はないとアメリカは考える。だから発展途上国が作る低価格品をどんどん輸入して消費する。モノづくりをやめたアメリカは外国から製品を輸入しても競合の打撃を受けない。「所得倍増計画」を実施して高賃金を実現した日本は同時にコストも上がり物価高の国となったが、それをバカな事だとアメリカは見ている。

そうしたアメリカ的経済成長論からすれば、安倍政権の成長戦略は本当に経済成長を実現させようとしているようには見えない。競争を激しくし、生き残った企業をどんどん儲けさせ、その一方で労働者の賃金を抑制し、労働者の首切り(流動化)を促進する内容でないからだ。法人税を引き下げて企業をより儲けさせ、労働者の首切りを容易にする政策がなかったために株価は急落した。

それは「ごった煮」の結果である。そもそも小泉氏から抜擢されて総理に就任した安倍氏は小泉氏と同じ考えでなかった。郵政民営化に反対して小泉氏が自民党から追放したメンバーを復党させて小泉氏の逆鱗に触れた。しかも小泉構造改革の負の遺産を引き継いだことが07年の参議院選挙での惨敗になったと安倍氏自身は考えている。そのため小泉構造改革と同じことはやりたくない。

第二次安倍政権を作った最大の功労者は麻生副総理だが、麻生副総理も小泉構造改革の新自由主義路線には反対で、竹中平蔵氏とはそりが合わない。それを安倍総理はあれもこれもと集めて「ごった煮」政権を作った。従って安倍政権にはアメリカ流の経済成長路線と旧来の自民党的バラマキ路線とが同居している。水と油が同居できるのは参議院選挙で勝利し安定政権を作るという共通目標があるからだ。従って成長戦略の中身はアメリカ的経済成長路線より選挙を意識した内容になった。

成長戦略の第一弾で女性重視を打ち出し、第二弾では農家の所得倍増をアピールしたが、いずれも成長戦略とは関係のない集票目当ての政策である。そして第三弾も「民間活力の爆発」などとキャッチコピーがあるだけで具体的中身はなかった。「国民総所得を10年で150万円増やす」と愚民を騙す魂胆が見え見えの発言まであった。こうなると成長戦略は経済政策と言うより選挙公約と呼ぶべきである。

フランスの経済学者ロベール・ボワイエは「アメリカの経済成長のような金融資本主義を真似できるのはイギリスだけで、ドイツ、フランス、日本の経済成長は付加価値を創造する産業資本主義の論理で行うべきだ。アメリカの成長論を導入すると企業も労働者も不安定化する」と述べている。

しかしアメリカを真似して「大胆な金融緩和」から始まったアベノミクスは、アメリカ的経済成長戦略を志向すると思われながら、重心はあくまでも選挙にあった。日本の国情を考えなければならない選挙を意識した途端、国民に痛みを強いるアメリカ的論理を貫徹することは難しい。一方でアベノミクスは株式市場に命運を握られてしまっている。この板挟みをどう潜り抜けるのか。ごった煮政権のアベノミクスによって日本経済は不安定な道筋をたどることになる。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

田中良紹の最近の記事