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「三党合意」のツケ

田中良紹ジャーナリスト

かつてなく印象の薄い第183通常国会が閉幕した。国民の関心がアベノミクスに向けられ、国会より市場の動向が政治のすべてだったからである。

リーマン・ショックによる株価の大暴落以来、アメリカは大胆な金融政策によって株価の押し上げを図り、中国も金融緩和による内需によって世界経済の牽引役を果たそうとしてきた。アベノミクスはアメリカを真似た金融緩和で企業のデフレマインドを変えようとしたが、アメリカ経済が好転の兆しを見せ始めた時期と重なったことが幸いして予想以上に円安・株高が進行した。それをすべてアベノミクス効果と勘違いした国民が安倍内閣の支持率を上昇させた。

しかしアメリカや中国の金融政策は既に出口戦略を模索する段階に来ている。このままいけばバブルが破裂する危険性があるからだ。FRBのバーナンキ議長が出口戦略を口にした途端、一直線であったアベノミクス効果に変調が現れ、アベノミクスは自力ではなく他力本願でしかない事がはっきりした。しかも危ういのは想定を超える長期金利の上昇がみられることである。

アベノミクスを自力でやるにはそのための成長戦略が必要になる。しかし新自由主義的成長戦略は自民党の支持基盤を壊さない限り出来ない。「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉総理は、郵便局長会など自民党の支持基盤を敵に回し、「郵政民営化」を争点に選挙をやり、その勢いで新自由主義的成長戦略を実現した。

新自由主義は金持ちをより金持ちにする事で成長を実現する。小泉構造改革で大企業はかつてないほどに儲け、日本経済は確かに成長を実現した。しかし成長が国民生活を豊かにするとは限らない。儲けは国際競争に備える内部留保に回り、国民には何もしたたり落ちてこなかった。こないどころか格差だけが広がった。

割を食ったのは後継に指名された安倍総理である。07年の参議院選挙でポスターに「成長を実感に」と書き、景気回復を実感させると国民に訴えたが、格差に怒った国民は自民党を惨敗させ、安倍総理は惨めな退陣劇を演じるはめになった。

そのトラウマから安倍総理は大胆な成長戦略を打ち出せない。成長戦略と称して選挙を意識した政策を羅列するだけになった。女性の登用とか農家の所得倍増とか民間活力の爆発とか、すべては選挙用の掛け声で成長戦略でもなんでもない。だから市場は失望した。

昨年末の衆議院選挙は民主党が惨敗しただけで自民党が勝利した訳ではない。自民党の得票数は政権を失った09年の選挙よりも下回った。特に女性票が自民党に冷たかった。だから安倍政権は一生懸命女性に媚を売っている。まず手始めに自民党三役の総務会長と政調会長に女性を登用した。

しかし野田聖子氏も高市早苗氏もお飾りである。野田聖子氏の後ろには第一次安倍政権時の国対委員長二階俊博氏が副会長として、高市早苗氏の後ろには第一次安倍内閣時の官房長官塩崎恭久氏が会長代理として控えている。そのくせ女性の登用を成長戦略と言いくるめて自民党は女性票を狙っている。

農家の所得倍増を言うのもTPPで農村票が逃げるのを阻止したいだけである。農業分野に大企業の参入を認めれば、それは成長戦略と言えるだろうが、農家の所得を倍増させる方法も、それが経済成長につながる理屈もわからない政策では市場は納得しない。安倍政権は成長戦略の柱である法人税減税も、解雇を自由にする労働力の流動化も選挙を恐れて先送りにした。アベノミクスはその程度の話なのである。

この国会が低調に終わったのも選挙を意識した結果と言える。ふつう通常国会では100本程度の法案が成立するが、安倍政権は法案の提出を75本に絞り、そのうち63本が成立した。成立した本数は少ないが成立率は84%になる。そこで低能メディアに成立率だけを報道させこれまでの政権よりましだという印象を与えた。国会最終日のニュースに「84%」という数字だけが躍ったのには呆れた。

国民的議論を巻き起こす課題は国会でほとんど議論されなかった。原発再稼働とエネルギー問題、間もなく交渉に参加するTPP問題、日中韓関係と歴史認識など、議論しなければならない議論は行われず、「0増5減」を巡る党利党略ばかりが目立つ国会になった。

それは参議院の「ねじれ」が続けば政治は機能しないと国民に思わせるための与党の策略である。一方の民主党は「三党合意」に引きずられ、手を組んでしまった自公と渡り合う事が出来ない。TPPも原発も普天間も尖閣も民主党は追及できる立場でなく、「三党合意」とは異なる次元から打ち出されたアベノミクスを批判するだけになった。

しかし国民がアベノミクスの痛みを実感するにはまだ時間がかかる。そして幻影をいくら批判してもそれは幻影にすぎないから国民は実感する事ができない。安倍政権はアベノミクスが幻影であるうちに選挙を行い、「ねじれ」を解消しようとしているが、民主党がアベノミクス批判に終始しているだけでは国会と同様に選挙も低調になる。それもこれも「三党合意」の後遺症と言うべきで、「三党合意」が日本政治に残したツケは大きい。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:4月27日(土)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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