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裏切りの結末

田中良紹ジャーナリスト

第23回参議院選挙は、選挙をする前から予想されていた通りの結果となった。投票率の低下と与党の圧勝である。昨年末の衆議院選挙とまるで同じ結果だった事は国民の意識が変わっていない事を示している。

メディアの中にはこの選挙を安倍政権の7か月に対する審判と位置付け、選挙で「アベノミクスは支持された」と評する向きもあるが、それはあまりにも短絡的である。アベノミクスは「根拠なき期待感」を国民に抱かせる事には成功したが、実体経済にどのような経済効果をもたらすかはまだ不明である。来年の今頃にならないと国民には実感できないと思う。

大体、政権が交代して新たな政策が打ち出されてもそれが国民生活に影響してくるには時間がかかる。従って政権交代直後に景気が上向いてもそれが新政権の政策によるとは限らない。前の政権の政策効果が現れてきた場合もあれば、海外要因からそうなる場合もある。

安倍総理は「アベノミクスで雇用が60万人増えた」とか「成長率がマイナスからプラスに転じた」と選挙戦で演説していたが、うまい嘘を言うなあと思った。アベノミクスにすぐ反応したのは株と為替の市場である。それは連日数字が出てくるから、経済が上向くように思わせるが、それが雇用や賃金に影響してくるには時間がかかる。株が上がったからと言ってすぐに雇用が増える訳ではない。

そもそもリーマンショックが起きて世界経済が奈落の底に落ち込んだ直後に民主党政権は出来た。アメリカの株の暴落が欧州に飛び火して大恐慌の再来と言われた時代が民主党政権の時代である。欧米に比べ相対的に強い通貨となった日本円が買われて急激な円高が起きた。それは輸出産業には厳しいが国全体としては悪い話ばかりではない。

世界的な経済危機を克服するためアメリカや中国は大胆な金融緩和を行って株価の底上げを図り、その結果ようやくアメリカ経済が回復の兆候を見せ始めた。そうなった時に安倍政権は誕生したのである。60万雇用も成長率もアベノミクス効果というより海外要因によると私は見ている。アベノミクス効果はこれから現れてくる。格差の拡大として現れてくる。それが本当に経済を上向かせるか私は疑問である。

従って選挙結果はアベノミクスが支持された訳ではない。期待感が持続している事を示したに過ぎない。しかも投票率は低下したのだからその程度の期待感である。選挙を左右したのは民主党政権の裏切りに対する国民の拭いきれない憤りである。裏返せば国民はそれほど4年前の政権交代に期待をかけていた。過剰な期待が過剰な失望を生み出し、それが投票率を低下させ民主党を解党状態に追い込んでいる。

過剰な期待は小泉政権の「改革」に対する痛みから生まれた。大企業は優遇されたが中小企業や地方は格差に泣かされ貧富の差も拡大した。そこに6年前「国民の生活が第一」を掲げる小沢民主党が登場して参議院選挙に大勝した。「鳩菅体制」の民主党なら見向きもしなかった自民党支持者が民主党に一票を入れる気になったからである。

09年衆議院選挙の民主党マニフェストは小泉政権のトリクルダウンとは真反対の成長政策を掲げた。上を富ませて下へお金をしたたり落とすのではなく、下にお金をバラまいて消費を刺激し内需を拡大して成長を図ろうとする政策である。財源は予算の組み替えでねん出する。予算の組み替えと簡単に言うが、これは「革命」に匹敵する大事業である。長年官僚が作ってきた国の仕組みを根底から見直す作業が必要になる。霞ヶ関はもちろん業界団体をすべて敵に回す可能性がある。

政治未熟の民主党にはそれができなかった。かつて官房副長官として霞ヶ関をコントロールした小沢一郎氏を閣内に入れなかったのが最大の敗因だと私は思う。官僚に睨みを利かせる政治家がいない中で事業仕訳のパフォーマンスでお茶を濁す事になった。結果、財源は生み出せずマニフェストを次々撤回する事になる。マニフェストを巡る党内対立だけが国民の目に焼き付けられ、消費増税を三党合意で決めてしまった事で、国民の期待は完全に裏切られた。その怒りがいまだに消え去らないのである。

自民党は三党合意とは異次元の方角からアベノミクスを打ち出してきた。アベノミクスには三党合意のごたついた思い出がない。ところが民主党は三党合意の当事者がいまだに辞めずに選挙応援に出てくる。その顔を見ると国民にはとげとげしい党内対立の思い出がよみがえる。菅元総理や岡田元副総理が応援した候補者を当選させられない事はそれを象徴している。

与党の圧勝で野党の存在感は限りなく小さくなった。与野党の「ねじれ」は消え、与党内の「ねじれ」に政治の焦点は移る。自公連立の意義を公明党は「自民党の暴走にブレーキをかける」と言った。違いを強調しないと支持を失うと見ているからだろう。また今回の選挙ではTPP、原発、普天間などで自民党本部と反対の公約を掲げる地方が出てきた。自民党内にも「ねじれ」がある。

そして選挙の勝利は政権の安定を必ずしも意味しない。かつての自民党は野党にしかるべく議席を与え、与野党の役割分担によって狡猾な外交交渉を行った。その結果、日本はアメリカとの経済戦争に勝ち、冷戦に勝ったのは日本だとアメリカの専門家に言わせたほどである。そうした政治技術が今の自民党にはない。安倍政権にはパフォーマンスだけを意識した稚拙な部分がある。

それらのパフォーマンスはすべて参議院選挙に勝利するためだったが、これからしばらくは選挙もない。パフォーマンスのてんこ盛りからギヤを入れ替えないと政権は迷走する可能性がある。消費税、TPP,原発再稼働、普天間、憲法、歴史認識と課題は山積である。それらの課題に取り組む与党に対し、逐条的な問題提起ではなく、少子高齢化と人口減少に直面する日本の将来をトータルに構想できる野党が出て来ないと3年後の選挙は面白くない。20年前の『日本改造計画』に匹敵する構想の登場を私は心待ちにしている。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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