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安倍政権の「一丁目一番地」

田中良紹ジャーナリスト

安倍総理は秋の臨時国会を「アベノミクスを成功させるための成長戦略実行国会にする」と意気込んでいた。再三「アベノミクスの第三の矢は臨時国会で実現する」と言ってきた。国会運営の司令塔である自民党国対委員長も臨時国会の召集にあたり最優先課題は産業力強化法案を早期に成立させる事だと言っていた。安倍政権の「一丁目一番地」はそこにあると思っていた。

ところが国会が始まってみると、成長戦略や産業競争力強化の話より、日本版NSC(国家安全保障会議)を作り「特定秘密保護法案」を成立させる事が優先されている。どこの民主主義国家でも安全保障や国民の権利に関わる法案は、時間をかけて議論するものだが、安倍政権は成立を急いでいる。急がなければならない事情があるようだ。

アメリカの要求があるからである。きのう書いた有料ブログ「中国とアメリカは良く似ている」で引用したケント・カルダーの『新大陸主義』(潮出版)にもこんな記述がある。「日本は、不安定で混乱しがちなユーラシア大陸と海岸線を隔てて近接していることから、首相官邸は国家安全保障の分析と意思決定権限を強化することが求められる。このため官邸には優秀なスタッフを備えた国家安全保障会議を設立すべきだ」。

アメリカの要求に応えるため、安倍政権はアベノミクスの第三の矢より、日本版NSCと特定秘密保護法案の成立を急いでいる。しかしである。拙速に法案を成立させるとアメリカが想定するNSCとは似て非なる体制が出来上がる。省益が国益を上回る日本ではアメリカのNSCと同じにならない。

アメリカは官僚国家ではない。税金で雇われる官僚を政治家がチェックし、官僚機構はそもそも縦割りでない。そうした土台の上にNSCはある。しかし今の日本でNSCを作っても官邸のリーダーシップが官僚の縦割りをやめさせ、情報の一元化を図れる体制になどならない。

官僚にとって情報は命である。彼らは他の省庁に手の内をさらす事など決してしない。それが役所にとって力を維持する唯一の方法だからである。NSCが出来たからと言って明治以来やってきた基本を変えるとは思えない。よほどおいしいエサを与えるか、それとも徹底した弾圧でも加えない限り、アメリカと同じNSCが出来る事はない。そんなことは安倍総理を含め誰でもが分かっている筈だ。

だから日本版NSCはもっぱらアメリカの情報のおこぼれを「共有」する組織になる。そのためにはアメリカに対し「情報漏えいは絶対にさせません」という顔をしなければならない。だから「特定秘密保護法案」を成立させる必要がある。セットで成立させる必要のないものがセットで成立させられるのはそうした理由による。

しかし「特定秘密保護法案」でも日本とアメリカには根本的な違いがある。アメリカは情報を国民のものと考える原理に立つ。従って最終的に秘密情報は国民に公開される。ところが日本の原理では情報は官僚のものである。この全く異なる考えで情報漏えいに対する罰則を強化するとどうなるか。官僚にとって都合の良い方向に利用される。

アメリカにそうした事情を理解する能力はない。また理解する必要もない。かつてGHQは戦後の公職追放で政治家を追放したが官僚はほとんど追放しなかった。アメリカは、主導するのが政治家、官僚はそれに従うと考えるからである。そのため戦時中に反戦を訴えた石橋湛山まで追放された。アメリカは戦前の日本の権力構造など考慮せずに自分たちの理解で事を処理したのである。

今度のNSCと特定秘密保護法案もそうなる。日本にNSCを作れば自分たちと同じように政治主導になるとアメリカは単純思考で考える。しかし現実は官僚の力が強くなり政治主導は弱まる。無論そうなったからと言ってアメリカは痛くもかゆくもない。自分たちが日本を利用できればそれで良いのである。

アメリカの情報の「おこぼれ」に嘘がないとは限らない。それを見破れる情報収集力がなければ「共有」には危険がある。03年にはイラクの大量破壊兵器保有という嘘情報を流してアメリカは戦争に踏み切った。その嘘についてアメリカも含めた各国が問題視し、イラク戦争に協力した政治家たちはみな責任を問われた。ところが日本では誰も責任を問われていない。

国会の委員会で安倍総理は「イラク自身が大量破壊兵器を持っていない事を自ら証明しなかった」という外務省が作った答弁書を読み上げ、イラクに自衛隊を派遣した小泉政権に責任はなかったと強弁したが、これが国民の中で問題にならない感覚が日本は世界と異なるのである。その国民レベルでNSCを作ることはわざわざ世界に「騙され」に行くような話だと私には思える。

日本版NSCがどうやら安倍政権の「一丁目一番地」になってきた。そう思っていたら何のことはない、安倍政権の内閣参与を務める飯島勲元小泉総理秘書官が、それを週刊誌の記事で認めている。しかも飯島参与は「立派な器だけ創っても砂上の楼閣でしかないよ」とか「物乞い情報機関さ」とか辛口の評価を下している。安倍総理は「一丁目一番地」を政権の内側から見透かされている。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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