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国会中継が生み出すポピュリズムの不毛

田中良紹ジャーナリスト

女性閣僚のダブル辞任後に開かれた衆議院予算委員会の集中審議は後味の悪いものであった。集中審議のテーマは経済・財政・TPP・地方創生とされたが、現在は「政治とカネ」の問題が次々に明るみに出ているため野党はそれを追及する構えでいた。なぜテーマにない問題を追及するかと言えばテレビで中継されるからである。

NHKの国会中継は国会で行われている審議のごく一部を中継しているに過ぎない。主に総理が出席する本会議と委員会の一部である。国会には衆参それぞれ20以上の委員会があるがそのほとんどがテレビ中継されない。

「政治とカネ」の問題を追及する委員会として「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」があるが、野党はそれよりもテレビ中継される予算委員会で追及する方が国民に注目されると考え、昔から予算委員会でのスキャンダル追及に力を入れてきた。

そして昔は政府側が答弁に詰まると、審議を拒否し、国会を機能麻痺状態に追い込んだ。3月末までに予算が成立しないと予算の執行は出来なくなり国家機能は混乱する。それを狙ったスキャンダル追及は内閣を総辞職に追い込む戦術でもあった。

これは国民受けを狙ったポピュリズムの政治である。予算の中身を吟味して問題点を洗い出し、予算の不備を理由に執行させないのではなく、スキャンダル追及をテレビで国民に見せ、審議を拒否して政府を追い詰める戦術だからである。

しかし昔の社会党の戦術は国民の批判を浴びるようになり、さすがに審議拒否は少なくなった。しかし現在でも政府のイメージダウンを狙うスキャンダル追及は予算委員会を舞台に行われている。政府に対する国民の支持を失わせるためである。それが第一次安倍政権を追い詰め、参議院選挙での民主党大勝の一因となった。

民主党政権が誕生すると、今度は自民党が昔の社会党さながらにスキャンダル追及に力を入れた。その結果5人の閣僚が辞任に追い込まれた。そして第二次安倍政権が誕生すると、1年9か月間は何事もなかったが、長期政権を目的とした内閣改造で、目玉の女性閣僚に不祥事が発覚し、小渕経済産業大臣と松島法務大臣の二人が辞任した。

「一強」と言われた安倍自民党政権にとって最大の危機が訪れた。政権がこれにどう対処するかを見ていると、まず国民の目が辞任大臣だけに注目されないよう、政治資金に関わる身内の「記載漏れ」を発表させて問題の分散化を図り、同時に民主党議員の政治資金報告書に問題がないかを徹底して洗い出した。

「政治とカネ」の問題をあちらにもこちらにもある話にし、特に民主党の枝野幸男幹事長の収支報告書にミスがあった事を認めさせ、安倍総理は予算委員会の集中審議を前に「誹謗中傷合戦はやめるべき」と発言をして任命責任を追及されないよう牽制した。

そうして行われた集中審議で民主党の枝野幹事長が追及に立つと、安倍総理はテレビを意識したのだろう猛然と反撃に出たのである。その日の新聞各紙が安倍総理の「撃ち方やめ」という発言を報道した事に対し、「朝日新聞のねつ造だ」と朝日批判にすり替えた。

「撃ち方やめ」は総理側近が報道各社に説明した際の表現で、本人は発言していなかったようだ。しかしメディアが総理に直接取材する機会は少なく、総理と会談した人間から話を聞いて報道する方が多い。それを安倍総理は朝日新聞の「ねつ造」と断定した。またそれを従軍慰安婦問題と結び付け「朝日新聞は安倍政権を敵視している」との批判を展開した。

「水に落ちた犬は打て」ということなのだろう。従軍慰安婦問題で記事の取り消し謝罪をした朝日新聞を徹底批判し、叩けるうちは叩く姿勢を見せた。さらに安倍総理は枝野幹事長がJR総連から献金を受けた事について、「殺人や強盗や窃盗や盗聴を行った革マル派活動家が影響力を及ぼしている」と、一語一語区切るように発言し、枝野幹事長と過激派がダブるイメージをテレビの向こうの国民に植え付けた。

「攻撃は最大の防御」と言う。攻撃が激しいのは追い込まれた危機感が大きい事を証明しているのかもしれない。「誹謗中傷合戦はやめよう」と言いながら安倍総理が最も誹謗中傷に走っているようにも見える。国会でのこのやり取りを見て正直ため息が出た。攻める方も守る方も国民受けを狙うあまりに激しくなるという気がしてならない。

国民の意思を尊重するのは民主主義の基本である。しかし同時に国民の熱狂ほど怖いものはない。それは歴史が証明している。最も民主主義的と言われたワイマール共和国がヒトラーを生み出した。国民の感情に取り入る事に専念するポピュリズム政治が民主主義の中から民主主義を破壊するのである。

そのため欧米では議会のテレビ中継に慎重で、ポピュリズムを生み出さないようにする工夫がある。私がかつて提携したアメリカの議会中継専門局C-SPANは、本会議での各議員の意見表明は放送するが、委員会で政党同士がやり合う議論はほとんど放送しない。政党の対立を見せる事が民主主義にプラスになるとは考えないからだ。むしろ有識者と議員が議論する公聴会の放送に力を入れる。

イギリスの議会中継では毎週30分間行われる「クエスチョンタイム」で首相と野党党首が丁々発止やり合うが、それは基本的な政策課題についてであり、誹謗中傷のスキャンダル追及ではない。そして本会議では法案の修正のための議論を国民に見せる。

かつてアメリカもイギリスも議会のテレビ中継を禁じてきた。テレビがポピュリズムを生み出すと懸念されていたためだ。その頃の英米の議員は日本のNHKの国会中継を批判していた。民主主義にとって好ましくないという理由である。その後、両国ともテレビ中継を認めたが、ポピュリズムに陥らせない事が放送の条件となっている。

その感覚が日本には乏しいというか全くないような気がする。昔は野党がポピュリズムの手法で政府を追及し、現在では政府側もポピュリズムの手法で反撃する。それもこれもテレビを意識して議論する国会中継という仕組みにある。日本の国会中継は世界の常識ではない事を国民は知るべきだと思う。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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