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臆病と傲慢が織りなす安保法制のナゼ

田中良紹ジャーナリスト

安倍総理が念願とする安保法案が15日の衆議院特別委員会で強行採決され参議院に送られる運びとなった。私は5月下旬以来の委員会審議をほぼすべて見てきたが、これほど意味不明の議論をかつて見た事がない。審議時間は100時間を超えたと言うが、いくら聞いても法案の内容を理解することが出来ない。

集団的自衛権の行使容認が目的のはずだが、憲法を変えないでそれをやろうとするため、武力行使は「極めて限定的」というのがふれこみである。ところがどこがどれほど限定されるのか、その肝心な部分が抽象的であいまいなのである。

中谷防衛大臣は「その時にならなければ分からない。政府が総合的に判断する」と言うし、安倍総理は「手の内をさらす海外のリーダーはいない」と曖昧にする。そしてそれが抑止力になると訳の分からない事を言う。

しかし私が1990年から見てきた米国議会の安保論議でこれほど曖昧な事を言う政治家は一人もいなかった。彼らはまず米国の国益を定義し、それがどの程度侵犯されたら武力行使に踏み切るかを具体的に議論する。従って戦争に勝つとしてもそれが国家の損失を招くと考えれば戦争はやらない。メリットがあるかないかを厳密に具体的に議論する。

ところがクリントン大統領の時代に「クリントン・ドクトリン」というのが出た。コソボ紛争に介入する際に唱えられたが、米国の国益ではなく、民族紛争や宗教対立で大量虐殺が起きた時、人道的な見地から米国は武力介入するというのである。これにキッシンジャーらは強く反対したが、クリントンはコソボ空爆に踏み切り、それに欧州諸国が反発して米欧関係は一時冷却した。

次に「ブッシュ・ドクトリン」が出た。9・11のテロ攻撃の後、ブッシュ大統領はテロリストとテロリストをかくまう国家に「先制攻撃」する方針を宣言した。西部劇の決斗では相手に先に拳銃を抜かせた方が称賛される。ブッシュはそれを否定した訳だが、結果は米国がイラクとアフガンで取り返しのつかない泥沼に陥る。何のメリットもなかった。

米議会でこうした議論を見てきた私には、この国会が本気でこの国の安全保障を議論していると思えない。政治家たちはみな「我が国の安保環境は厳しさを増している」とバカの一つ覚えのように言うが、例として挙げるのは北朝鮮のミサイルと核開発、そして中国の軍事的台頭である。それらはいずれも米国が米国製兵器を日本に買わせるために吹き込んだ近隣の「脅威」である。

それを言うなら米国が北朝鮮や中国の軍事力を本当はどう見ているかをさらに詳しく調べた方が良い。間違っても日本に米国製兵器を買わせるためのセールストークを鵜呑みにしてはならない。

この国会審議を見てつくづく感じるのは、昔の自民党と異なり米国の兵器セールスに洗脳された政治家が与野党共に多いという現実、また朝鮮戦争以来の米国の願望である「日本人に血を流させろ」という主張を受け入れないと、日本は生きていけないと考える人たちが集団的自衛権の行使容認を推進しているという事実である。

従って米国の必要からこの安保議論はスタートしている。武力発動の議論が抽象的であいまいになる理由はそこにある。武力発動の条件を日本の国益に沿って厳密に定義すると、米国の要求に臨機応変に対応できなくなるからだ。米国の利益を守る話を日本の利益を守る話にすり替える事が議論を何度聞いても分からなくしている原因である。

そのためか集団的自衛権行使の話が堂々とした憲法改正の話にならず、「解釈改憲」というごまかしの話になる。そしてごまかしの意識があるためか、臆病な人間の常とう手段である姑息な手法が使われる。

昨年7月に何の議論もないまま集団的自衛権の行使容認は閣議決定された。その後の2度の国政選挙ではもっぱら経済を前面に出して安保は争点にならず、そのくせ選挙公約の目立たない所に書き込んで、今頃になって「選挙で国民の支持を得た」と安倍総理は開き直る。

一方で、2度の国政選挙での大勝は臆病な手法の政治家を傲慢にする。大量議席があればまっとうな議論などなくとも数の力で押し切れると考える。日本国の歴史的転換を図る重要法案となれば、予算成立後に速やかに国会に提出するのがルールである。ところが安倍総理はそれをしなかった。米国訪問後に米国の後ろ盾を得て5月末に提出し、わずか1か月で衆議院を通過させようとした。

まっとうな議論をする気がない事は国会審議の冒頭から明らかになる。まともな答弁をしないため審議はしばしば中断し、そして傲慢な態度が質問者に対する野次を生む。そこに憲法学者らの「違憲」発言が飛び出した。1か月で衆議院通過させる傲慢な目論みはこうしてもろくも潰れた。

すると傲慢は一転して臆病になる。国際公約した安保法案を成立させなければ国際的な恥さらしになるとの思いが募り、もうあとさきの事など考えない。参議院で成立しなくとも衆議院で再可決が可能になる95日間という過去最長の会期延長を行い、さらに応援団を使ってマスコミを委縮させ立場を有利にしようとした。その応援団の知能程度に問題がありそれが逆に安保法案の足を引っ張る。

するとまた臆病病が出る。過去最長の会期延長をしたにも関わらず、従って常識的には7月末まで衆議院で審議する時間があるにもかかわらず、少しでも採決を引き延ばせば何が起こるか分からないとの不安におびえる。それが15日の委員会採決という日程を決めさせた。

私は5月のはじめに「安倍総理は地雷原に足を踏み入れた」と書いた。「地雷を避けながら進むのは非常に難しいが、それがうまく出来るなら安倍総理の政治力を評価しても良い」とも書いた。ところが衆議院特別委員会での強行採決で、私の目には安倍総理が目をつむって地雷原を走り出したように見える。もはや政治力ではなく運だけに頼ろうとしているようだ。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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