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猛暑だが弛緩する訳にはいかない日本の夏

田中良紹ジャーナリスト

8年前の8月に私は「弛緩国家」と題するブログを書いた。7月29日に行われた参議院選挙で安倍総理率いる自民党が大惨敗を喫した直後の事である。衆参の「ねじれ」が生まれて予算以外の法案は成立が困難となり、安倍政権は致命的打撃を受けたが、しかし安倍総理は続投を表明していた。

続投を表明した以上、最悪の状況を脱するための一手を打たなければならない。それを見守っていると何もなかった。総理の権力行為である党と内閣の改造人事も8月末に先送りされ、安倍総理の存在感は日に日に薄れていった。猛暑の中で日本という国全体が弛緩しているように見えた。

一方で防衛大臣に就任したばかりの小池百合子氏が米国を訪問し、カウンターパートであるゲーツ国防長官のみならず、ライス国務長官やチェイニー副大統領と次々に会談を重ねて存在感を誇示した。まるで次期総理としてのお披露目を行っているかのようであった。

さらに総理退任後はメディアに一切姿を見せなかった小泉純一郎氏が8月15日に靖国神社を参拝し、それをメディアに報道させて参拝を自粛した安倍総理との違いを見せつけた。小池百合子氏の訪米の背後にも小泉氏の影を感じていた私は、安倍総理の能力に見切りをつけた小泉氏が安倍総理と戦いを始めたと思った。

安倍総理は改造人事で麻生太郎氏を自民党幹事長に起用したが、麻生氏は就任に際し「自民党をぶっ壊すという人をみんなで選んでしまった。ぶっ壊れた自民党を再生するのが我々の役目だ」と述べた。麻生氏の発言で私は自分の見方を確信した。

安倍総理は海上自衛隊がインド洋で給油活動を行う「テロ特措法」の延長を米国に約束していたが、「ねじれ」によって特措法は参議院で否決される見通しになる。「60日ルール」によって衆議院で再議決するには、8月中に国会を開き、衆議院から参議院に送る必要があった。ところが二階国対委員長が8月中の国会開会を認めなかった。

「テロ特措法」の期限が切れる11月に安倍総理は海上自衛隊に撤退を命じなければならなくなる。国際公約が守れない事で、国際社会から「うそつき」呼ばわりされる事を怖れて安倍総理は辞任したが、ぶざまな退陣劇を国民の目にさらすことになった。

今年の8月も猛暑の日々が続いている。しかし8年前と違い今年の夏は緊張感が持続している。それは戦後70年を迎える節目の年に安保法案を巡る国会審議が続いているからである。政府の答弁は壊れたレコードのように同じ内容の繰り返しだが、安倍総理の周辺が入れ代わり立ち代わり問題発言を行ってくれるので、国民の興味関心が薄れる事もない。

安倍総理が思い描いていたシナリオは数の力で中央突破を図るやり方だった。戦後日本の「歴史的大転換」と位置付けられる重要法案を国会に提出したのは国会が閉幕するわずか1か月前である。国民の理解を得て法案を通す姿勢は端からなく、米国のお墨付きを得て成立の期限を「この夏」と国際公約する事で、力で押し通そうとしたのである。

6月末に衆議院を通過させ、国民が戦争を思い出す前の8月上旬には成立させるシナリオを描いていた。その姿勢が審議が始まると露骨に現れる。委員会では安倍総理が発言すると自民党若手が応援団さながらに一斉に拍手を送る。委員会は質疑というより独演会の様相で、気持ちの良い安倍総理は若手と一緒に野党議員に野次を飛ばす。それが委員会の中断を招き、シナリオは冒頭から狂い始めた。

そのため大幅な会期延長が必要となる。すると危機感を抱いた応援団が自民党本部でメディアを委縮させる目的の会合を開く。これに露骨に不快感を示したのが二階総務会長だった。会合を主催した青年局長は谷垣幹事長によって更迭される。安倍総理は不満だったが相手が第一次政権で自分の首に鈴をつけた二階氏となれば言う事を聞くしかない。

そして大幅延長をしたにもかかわらず、安倍総理は7月15日に衆議院の委員会で強行採決した。「60日ルール」で再議決が可能な日程である事から、これで法案の成立はほぼ確実となる。しかし強引なやり方は安倍総理の支持率を奪う。それを怖れて安倍総理は国民に評判の悪い新国立競技場の建設計画を白紙撤回して支持率の低下を食い止めようとした。それが裏目に出る。

支持率を低下させれば政府の誤った政策を変えられる現実を国民は知ることになった。安倍総理のやり方が国民に主権者意識を目覚めさせたのである。そこでまた危機感を持った応援団が登場する。礒崎総理補佐官が安保法案を巡り「法的安定性は関係ない」と驚くべき発言を行い、さらに「9月中旬までには成立させたい」と発言した。

礒崎補佐官の発言は衆議院からの独自性を何よりも重視する参議院が最も嫌うセリフである。これで9月中旬の成立はなくなったと私は思った。9月14日を過ぎれば「60日ルール」を適用し衆議院で再議決が可能だが、それには参議院が身を挺して抵抗する事になるだろう。27日の会期末ぎりぎりにならないと成立は難しい情勢になった。

するとまた安倍総理の応援団がツイッターで安保法案に反対の学生たちを「利己的」と批判した。これに二階総務会長が再び不快感を示す。谷垣幹事長も批判する。こうして安倍総理とその周辺を冷ややかに見る自民党議員が増えていく。

二階総務会長と安倍総理の間にはさらに難しい問題がある。9月6日に行われる岩手県知事選挙で二階氏は小沢一郎氏直系の達増拓也知事に対し平野達男参議院議員を擁立しようとしているが、安倍総理はその選挙に負ければその後の政局運営が難しくなるとして二階氏に平野氏を出馬させないよう説得している。二階氏にすれば選挙情勢を厳しくしているのは安倍総理とその周辺だと考えるのではないか。

第一次政権で安倍総理の続投に立ちふさがったもう一人、小泉純一郎氏は原発再稼働に反対して今では公然と安倍総理を批判する立場にいる。その子息である小泉進次郎氏も安倍氏とは距離がある。そして興味深いのは安保法案を審議する特別委員会の委員長は衆参いずれも安倍総理と距離のある人物が務めている事だ。

そうした中で間もなく川内原発の再稼働が始まろうとしている。無類の政局好き人間である小泉純一郎氏は今のところ音なしの構えだが、8年前を考えると自分は表に出なくとも誰かを動かす可能性は無きにしも非ずだ。

私が5月以来「地雷原に踏み込んだ」と見ている安倍総理は安保法案以外にも「70年談話」や「原発再稼働」、「辺野古基地建設」など次々に破裂しそうな地雷を前にしている。「辺野古」では作業を1か月中断するという方針を打ち出し、力で突破する姿勢を変えて見せたが、しかしそれで問題が解決する訳ではまるでない。

この夏は興味ある政治の動きが連続するだけに民主主義を学ぶサマー・セミナーが開催されているようなものだ。猛暑の夏だが弛緩することなく学べる絶好の機会と言うべきかもしれない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:3月31日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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