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「トランプ砲」の攻撃に短絡的に反応する必要は全くない

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(274)

睦月某日

アメリカのトランプ次期大統領がツイッターを利用して攻撃することを「トランプ砲」と言うそうだ。その「トランプ砲」で攻撃された自動車メーカーは、現在デトロイトで開かれている自動車ショーで自動車の売込みより米国経済への貢献度をアピールすることに力を入れた。

「トランプ砲」の攻撃対象はメキシコに工場を建設しようとする米国の自動車メーカーだったが、次いで日本のトヨタ自動車も対象にされたことから、フーテンの脳裏にはレーガン政権誕生時の日米自動車摩擦の記憶が甦る。

あの時は「日本車の集中豪雨的な輸出」によって米国労働者の雇用が失われ、デトロイトには「反日の火の手が燃えあがっている」と言われた。その選挙区から当選した下院議員は「アメリカが日本を守ってやる必要はない。在日米軍は撤退しろ」と叫び、日本車をハンマーで叩き壊す男の映像がニュースで流れた。

日本政府は「輸出自主規制」を自動車業界に説得していたが、トヨタだけはその方針に不満を表明していた。新聞の経済面には連日「反日の火の手」の記事が掲載され、アメリカ通と言われる日本人から「デトロイトに行けば日本人は石をぶつけられる」と真顔で言われたことがフーテンにデトロイト取材を決断させた。

JETRO(日本貿易振興会)や自動車関係のロビイストから話を聞くため、ニューヨーク経由でワシントン入りすると、就任したばかりのレーガン大統領暗殺未遂事件に遭遇した。そしてテレビでは自由貿易を掲げるレーガン政権が日本の「輸出自主規制」を認めることは公約違反にならないかという論争が連日放送されていた。

フーテンが石をぶつけられることを覚悟してデトロイト空港から外に出ると、なんと日本車がすいすいと走っている。数えてみると街を走る車の1割は日本車だった。「反日の火の手」を取材しようとして来たのに「反日の火の手」がどこにも見えない。それを探すためにデトロイト中を駆け回った。

失業中の自動車労働者に「日本のせいか」と質問するとみな首を振り「アメリカの経営者が無能なのさ」と言う。ハンマーで日本車を壊した男を探し出し質問しようとすると逃げ回る。重い口を開かせると、日本車を壊したことで地元紙に批判され、市民からも嫌われたと言って「もうこりごり」と肩を落とす。

そして「工場閉鎖のため明日から失業だ」という黒人労働者は「日本の車は性能が良いから売れる。アメリカ製だから買うというのは本物のアメリカ人ではない。品質の良いものを買うのが本物のアメリカ人だ。我々は王座に胡坐をかいて油断したから負けた」と淡々としていた。

「反日の火の手」はデトロイトではなくワシントンの政治の世界で燃え上がっていた。 結局、レーガン政権は日本政府の「輸出自主規制」を受け入れ、輸出数量が減った分だけ日本車の価格は値上がりし、日本の自動車メーカーに損はなかった。損をしたのは高い車を買わされたアメリカの消費者であった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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